- 世界経済の先行きを予想
サブプライムローン問題を発端にして、あらゆる市場で発生していたバブルが次々と崩壊している。前から筆者が申しているように、バブル崩壊というものは一つの市場に止まることはない。あらゆる市場のバブルが崩壊しなければ、バフル崩壊は終結に向かわない。
ここまで人々の関心が集まっていたのは主に金融である。リーマン・ブラザースのような大手の投資銀行があっけなく破綻した。欧米に限らず世界中の金融機関で経営危機が起っている。バブルと縁が薄いと思われていた日本の金融機関の貸し渋りが問題になっている。
しかし筆者は金融危機についてはやや楽観視している。根拠は各国の政府と中央銀行が本気になって対策を打っていることである。もし政策の効果が不足ということになれば、対策が追加されるものと考える。
問題は実物経済の方である。08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」で「循環的な経済不調なら、在庫調整や過剰設備の調整が終われば再び経済が上向く可能性がある。しかしバブル崩壊の場合には、誰かに大きな債務が発生している。この調整に長い時間が必要となる。おそらく各国政府は、財政政策などを積極化させ景気を浮揚させようとするであろう。しかしバブル崩壊の場合、財政支出の割には経済は簡単には上向かない。」と述べたように、筆者は短期間での世界経済の回復は困難と思っている。
ここで今後の世界経済の先行きを予想する。筆者は深刻な世界的なデフレ経済が到来すると思っている。一部の国では30年代の世界恐慌に近い経済の落込みを経験することになると見ている。特に先進国はかなり長期の経済の落込みを覚悟すべきと思っている。
当然、各国政府は財政による景気刺激、つまり需要創出政策を採ると思われる。EUも各国の財政赤字のGDP比率の縛りを解除した。しかし各国の政府が、金融危機に対して行っているような本腰を入れたデフレ対策を行うとは思えない。せいぜいマイナス成長をプラスに持ってゆく程度であろう。当初は急激な経済の落込みを見て相当の対策が行われても、それが持続しないのである。
これは財政政策による財政赤字を問題にする人々が必ず現れ、彼等の意見が人々の支持を集めるからである。デフレ経済を克服するには、何年も積極財政を続ける必要がある。しかしこれによる財政赤字の累積が批難の的になるのである。また財政支出の割には経済が上向かないので、そのうち「財政政策は効果がない」「規制緩和による構造改革が必要」といった妄言・虚言がはびこることも有りうる。これがデフレ対策を進める上で大きな障害になる。まさに土地バブル崩壊後、日本が経験したことである。
筆者が言いたいことは、景気循環による経済の不調とバブル崩壊による不況は大きく異なるということである。しかし世間には後者を景気循環の中でも大きな落込みといった程度の認識しかない。この辺については再来週取上げる。
- インフレとデフレ
再来週デフレ経済を取上げるにあたり、インフレとかデフレといった言葉の使い方について述べる。前から言っているように、インフレとデフレの言葉使いがデタラメである。テレビに登場するエコノミストや経済紙もいい加減にこれらの言葉を使っている。
筆者の理解では、インフレは通貨の膨張などによって需要が大きくなる現象である。問題はインフレと物価上昇の関係である。たしかに需要増は物価上昇の要因になりうる。しかし現実の物価上昇の要因は複雑である。
需要増がなくとも価格が上昇するケースがある。例えば市場の寡占化が進めば、大企業による価格操作が行われ易い。寡占による価格操作は国内に留まらず世界的になっている。例えばOPECのように価格操作を公然と目指す組織もある。鉄鉱石も僅か3社で世界の生産量の四分の三を占めている。ここ数年、鉄鉱石が急騰したが、これは新興国の需要増という要素だけでなく、市場の寡占化の影響が大きい。
反対に競争的な市場では、需要増があってもなかなか価格が上昇しない。このようなことは市場参加企業の数が多く、技術革新の激しい市場でよく見られる。半導体などはこの典型であろう。
標準的な経済学の教科書では、物の価格は需要と供給で決まることになっている。たしかにミクロで見れば生鮮の農産物や魚などの価格は、需要と供給で決まる要素が強い。右肩下がりの需要曲線と右肩上がりの供給曲線の交差するところで、売買の数量と価格が決定されると言って良い。
ところが卵のように、需要の増減があってもここ数十年ほとんど値段が変わらないものがある。つまり卵の供給曲線は右肩上がりではなく、ほぼフラットトと考えられる。したがって需要の増減があって需要曲線がシフトしても、価格はほとんど変わらないということになる。
さらに中長期的に見れば、需要が増えればむしろ価格が下がるものがある。この場合、供給曲線は右肩上がりどころか右肩下がりということになる。携帯電話やテレビ、そしてパソコンなど実におびただしい商品が需要増に伴い価格が低下している。これは需要増によって、新しくより効率的な生産設備が増強されたり、生産物一単位当たりの固定費が低減するからである。
また通信のように需要増があっても、追加的な経費がほとんどかからないものもある。06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」で取上げた光ファイバーWDM(光波長分割多重伝送)装置は、たった2億円であるが光ファイバーの通信能力を40倍にする。このような技術革新によって通信の価格は年々下がっている。
そして人々の消費構造で、需要増に伴い価格が逓減する物の割合が大きくなっている。逆に需給量で価格が決まる生鮮食料品などの消費比率は小さくなっている。また食料品全体で言っても、冷凍技術や生産技術の向上によってほぼ一定の価格で商品が供給されている物が多くなっているのが現実である。
ここまでの話をまとめれば、総供給曲線は標準的な経済学の教科書で想定しているような右肩上がりではなく、少なくとも先進国においてはほとんどフラットに近いと考えられる。実際、近年石油や穀物などの一次産品の価格が急騰したが、先進国における消費者物価指数の上昇はわずか数パーセントに収まっている。
新古典派の経済学者や構造改革派はインフレ=物価上昇という構図にこだわっている。これは財政支出増によって需要創出するというケインズ政策を否定したいためである。政府が財政支出で需要を創出しても、一方で物価が上昇するため実質GDPは伸びず、無駄と言いたいのである。04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」で紹介したA教授のシミュレーションプログラムの、わずか1兆円の財政支出の増加でハイパーインフレーションが起るというたわごともこの延長線上の話である。
彼等はインフレと物価上昇をどうしても結び付けたいのである。だから物価上昇率のことをインフレ率と呼んだりする。また需要不足による設備の遊休や失業というものは発生しないものと想定している(遊休の設備は陳腐化しており、失業者は使い物にならない人々と見なしている)。
またデフレはインフレの反対の概念である。通常は需要不足によって価格が下がる現象である。しかしミクロで見れば、必ずしも需要減が価格低下に結び付かないケースも多い。寡占市場でよく見られる現象である。
さらに市場の競争状態の変化や海外要因(一次産品の価格急騰など)によっては、逆にデフレ下において価格上昇が現実に有りうることである。しかしインフレ=物価上昇、デフレ=物価下落という図式にこだわる新古典派の経済学者や構造改革派にとって、これは説明できない現象である。窮地に立った彼等はこれをスタグフレーションという意味不明の言葉でごまかしている。デフレ下において彼等の言うところのインフレが起っているのである。しかしこれはデフレであり、デフレとインフレが同時に起るといったばかげたことは絶対にない。
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