- 政策と支持層の逆転現象
自民党の総裁選は、麻生氏の事前の予想を上回る圧勝に終わった。雪崩れ的勝利である。それにしても自民党は勝ち馬に乗るという雰囲気が強くなっている。ほんの数年前まで構造改革派の天下であり、自民党の政治家は改革派の小泉首相になびいていた。ところが今度は「景気対策が最優先課題」と主張する麻生氏が大勝するというのだから、自民党は節操のない政党になったものである。
麻生氏の総理・総裁就任によって、自民党は昔の路線に多少戻ったという印象を持つ。それにしても本来保守政党のはずの自民党なのに、つい最近まで異常な意見がまかり通っていた。例えば上げ潮(構造改革)派の中川秀直氏などからは「1,000万人の移民政策を推進せよ」という妄言が飛出していた。このような意見が出ること自体、もはや自民党は保守政党とは言えない。
小選挙区制の元では自然と二大政党になる。そして二大政党制が長く続くと政策が似通ってくる傾向があり、そしてある日突然、二大政党の政策や主張が逆転することがある。この場合には支持層も逆転する。米国の例が典型である。本来、南北戦争時代から米国の民主党は保守的な南部を基盤にし、一方共和党は北部を拠点にしていた。ところが今日、共和党は南部の保守層を支持基盤とし、民主党は北部や大都会(ニューヨークやカルフォニアの大都市など)のリベラル層の支持を受けている。まさに大逆転状態である。
日本も小選挙区制導入によって、これに近いことが起っている。以前、革新政党である民主党は都市部で強く地方で弱かった。保守政党の自民党はその逆であった。しかしこれは過去の話である。今日、民主党が地方で強くなり、むしろ逆に自民党の方が都市部を基盤にする議員が増えている。
このような傾向が強くなった背景に両党の変質がある。まず自民党は「均衡のある国土の発展」という従来の大方針を完全に放棄した。端的に言えば地方の切捨てである。特に小泉政権になってからこの傾向が強くなった。例えば三位一体と称して、地方への予算配分を大幅に削減した。
自民党は構造改革の一環で規制緩和を推進し、この結果価格競争が激しくなった。公共事業の入札方法もより競争的になった。また経済のグローバル化が一層この価格競争に拍車を掛けている。このため国内物価は上がらなくなった。
この点がよく誤解されるが、地方の方がより競争に晒されやすい産業が配置されている(むしろ大都会ほど規制に守られている産業が多い)。例えば農業や漁業は完全競争に近く、最近ではこの競争がさらにグローバル化している。また地方に配置されている工場は競争がグローバル化し、コスト競争に付いていけなくなるとこれらは簡単に海外に移転してしまう。
このように構造改革派が実権を占めてからの自民党は、地方経済に打撃となることをやり、地方経済の疲弊を見過ごしてきた。また地方から選出されたと言え、自民党の若手の多くは都会育ちの二世・三世議員であり、地方の実情に疎い者が多い。さらに連立している公明党の票に頼れば都会の選挙区で優位に立てるため、一層地方はないがしろにされている。
また郵政改革選挙の時には自民党の立候補者が、郵政票を取るか公明票を取るかの選択に迫られた。多くが公明票を選び、郵政票、つまり地方を捨てたのである。ところがこの間に民主党は地方重視に方針を転換した。この結果、先の参議院選挙で自民党は大敗北を喫した。特に地方区では悲惨であった。このように日本でも二大政党の政策と支持層の逆転現象が起っている。しかしこの流れを阻止しようという自民党の勢力が麻生氏圧勝を演出したのである。
- 上げ潮派への衣替え
上げ潮派(構造改革派)についてもっと述べるつもりでいたが、自民党の総裁選での上げ潮派のみじめな敗北を見ていると筆者の意欲も失せる思いである。まさに07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」である。小泉元首相の引退もこれを象徴する出来事の一つにすぎない。
おそらく次の総選挙で上げ潮派の国会議員も大量に落選すると思われる。自民党で大きな勢力を誇った構造改革派も15年くらいで誰にも相手にされない存在になったのである。今後、自民党は保守色を強めると思われる。
構造改革派が自民党内で力を持ったのは、橋本政権で財政均衡派(財政再建派)と結び付いてからである。この時には財政再建派の方も構造改革派のインチキ経済理論を借用している。この話は本誌で何回も取上げているが、当時財政再建派で官房副長官の与謝野馨氏は「景気が急激に冷え込んでいる。財政支出による景気対策が必要。」という自民党内の財政出動の要請を、「それなら規制緩和で景気を良くしたらいいじゃないか」と構造改革派のインチキ経済理論を使って突っぱねた。山一などの大手金融機関の破綻が起る直前の頃の話である。この後、金融不安と景気悪化によって、自民党は参議院選で大敗し橋本首相は失脚した。
驚くことに今回の自民党の総裁選で、上げ潮派(構造改革派)の主張を、その与謝野馨氏が「経済成長を実現するような規制緩和はもうない」と切捨てた。財源確保には増税しかないと言いたいのである。まさに上げ潮派(構造改革派)と財政均衡派(財政再建派)の決別宣言である。ちなみに「規制緩和で経済が成長する」という経済理論をインチキと本誌が指摘したのが04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」である。これは論理学的にも無茶苦茶な経済理論である。
自民党の構造改革派を急に「上げ潮派」と称するようになったことを取上げる。どうもノーベル経済学賞受賞者のペンシルベニア大学のクライン博士を中心に多数の経済学者で著した著書「The Rising Tide」から取ったものらしい。この本は90年代初頭の低迷する米国経済を活性化させるための方策をまとめた論文集である。クライン博士は米国経済の強化には理科系の教育の充実が必要と主張していた。
この計量経済学が専門のクライン博士に、自民党の構造改革派が日本経済の分析を依頼したらしいのである。どうも一年ほど前のことである。博士から日本経済の潜在成長率は3%であり、まだ経済成長が可能という回答を得たのである。
つまりまだまだ日本経済は成長する余地があると彼等は確信したと言える。当時、構造改革派は財政再建派と増税を巡って確執があり、このクライン博士の分析結果は財政再建派を倒す一つの武器になると考えた。ただ問題はどうやって経済成長を実現するかである。
小さな政府を指向している構造改革派にとって経済成長の手段は限られている。規制緩和と金融緩和(これについては来週取上げる)くらいしかない。しかしいくら間抜けな構造改革派も、規制緩和で経済が成長するという話が眉唾ものと分かってきた。むしろ規制緩和が、トラブルの元になったり、所得の格差を大きくするいった社会問題を引き起している。マスコミもこれを取上げるようになり、マスコミの動向に人一倍敏感な構造改革派は規制緩和路線を封印する他はなかった。
この窮地に飛出したのが高橋洋一東洋大学教授の霞ヶ関埋蔵金である。彼等はこの金を使えば、経済成長と財政再建が同時に実現できると勢い付いた。この頃から自民党の構造改革派を上げ潮派と呼ぶようなったと筆者は感じている。しかしこの変節は墓穴を掘ることになろう。
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