平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


毎週、経済などをテーマに独特の切り口で論評。最新号はトップページ。

98/2/23(第54号)


日経新聞と経済を考えるーーその1
  • 公共投資の経済効果
    2月16日に実に奇妙な特集が日経新聞の別紙「マンデー日経」に載った。この特集はサーベイとして景気対策の効果を検証するものであった。そして特集の結論は「公共投資では景気を下支えまでであり、民需を増やすには減税が有効」と言うものであった。これはあきらかに景気対策として「公共投資を行なわず、所得減税を行なえ」と言う主張である。そしてこの結論は本誌の主張と真っ向に対立するものである。特集では、その根拠としている各種の計量モデルやシュミレーションを使って説明していた。しかし、その一つは本誌では、公共投資の方が減税より経済効果が大きいことの説明に使用していたのであるから、驚きである。同じ数字を使っても結論が正反対なのである。
    問題は、この読者がこの特集を読めば、99パーセントの者が、同紙の結論である「公共投資では景気を下支えまでであり、民需を増やすには減税が有効」に賛成しかねないような構成になっていることである。景気対策の具体的方法は重要である。残念ながら、世間では筆者のように「公共投資」による景気対策を主張する者は少数派である。大勢は同紙の主張と同様の減税派である。しかし、世論が同紙を代表とするマスコミの主張の影響を多大に受けており、その根拠がこの特集のようなインチキであれば、これは由々しき問題である。
    この特集のポイントの一つに「国内民間最終需要」を増やすには、「減税」と「公共投資」のどちらの方が良いかと言うことであった。これには大和総研の試算、つまりそれぞれ5兆円を行なった場合のシュミレーションをもとに時系列のグラフで説明していた。その試算では、「5兆の減税」を行なった場合の方が「5兆円の公共投資」を行なった場合より、わずかであるが「国内民間最終需要」を大きくする効果があることになっていた。これからこの特集は「景気対策としては公共投資より減税の方が優れている」と言う結論を導いていたのである。
    筆者も最初は、この特集を見た時、多少なりとも混乱した。つまりこれまでの筆者の理解と全く正反対の結論となっていたからである。しかし、しばらくグラフを見ているうちにこの説明のインチキに気が付いた。グラフの縦軸は金額であるが、97年度の金額が約380兆円になっていた。日本の国内の総需要はGDP、つまり国内総生産とほぼ一致するはずである。ところがGDPは約500兆円であり、380兆円との差額が120兆円もあるのである。つまり日本の国内の総需要は「国内民間最終需要」に輸出と政府の需要、つまり官需を加えたものであり、これらについては触れられていないのである。たしかに「減税」の場合は「国内民間最終需要」だけが増えることになる。しかし、「公共投資」の場合は、「官需」としてまず5兆円の需要が発生し、この5兆円の需要が波及し、第二次以降の需要を生むのである。そしてこの第二次以降の需要がさらに「国内民間最終需要」を増やすことになる。理論上は5兆円の公共投資を行なった場合の第二次以降の需要の増加額と5兆円の減税を行なった場合の需要の増加額は一致する。筆者は、仮に両者に差異があるとしても微々たるものと考える。むしろ景気対策を問題にしている時に両者の差異を分析しても、その分析自体が意味がないと考える。両者の違いは「公共投資」の場合はまず5兆円の官需が発生し、これに対応する所得が生まれることであり、この分の効果が「所得減税」の場合にはないものである。これを数値で説明する。5兆円の公共投資はまず5兆円の所得を生む。次にこの所得の5兆円は貯蓄率が15パーセントとすれば、残り85パーセントである4兆2,500億円の消費需要を生み、同額の所得増を発生させる。さらにこの4兆2,500億円の所得増加が次の消費増と所得増を次々生むことになる。一方、5兆円の減税の場合は、5兆円の所得が発生するところがスタートとなる。それ以降の効果は公共投資の場合と同じである。つまり両者の違いは、公共投資の方が最初の5兆円の官需の増加分だけ大きく国内最終需要を増加させることになる。
    しかし、これは理論上の話である。現実はもっと複雑である。公共投資の場合、5兆円の政府支出が5兆円の所得をまず発生させるが、このかなりの部分は建設業者の所得である。建設業者の所得が増えるが、それによって設備投資を行なうか、あるいは増加させる場合、その程度によって国内最終需要の大きさに差異が生じる。公共投資の増加が一時的なものであったり、金額が小さい場合には、公共投資の増加に伴う新規の設備投資は小さいものになろう。逆の場合は建設業界の新規投資が期待され、国内最終需要の増加額も大きくなるはずである。
    さらに公共投資の経済効果を考える場合、建設される公共物によって新規の誘発投資が行なわれる可能性が高い。道路が建設されることによって土地が造成され、そこに家屋が建設されたり、橋が建設されたことによってそこに工場が誘致される場合など、色々なケースが考えられる。この効果は大きいと思われるが、これを事前に試算することは難しい。たしかに公共物の建設に伴う誘発投資の場合には、本来建設がされる場所が変わるだけと言う場合も考えられる。国民経済的にはこれらのプラスとマイナスの効果を合計する必要がある。しかし、筆者は公共物の建設による最終的な効果は、通常プラスになると思われる。
    一方公共投資の場合、工事自体が順調に進まないケースもある。土地の買収に手間取ったり、地域住民の反対により工事が進まないケースである。また、公共投資のかなりの部分が用地の取得に使われる場合である。この場合には土地代の大半が預金されることが考えられ、さらに問題は複雑になる。預金の増加は金利を低くし、投資を増加させることも考えられるが、今日の状況のように金利が低くなっても投資が増えないなら、経済効果はここで跡絶えることになる。しかし一方預金が増えることにより資金が海外に流出すれば、為替が円安となり、輸出が増えることが考えられる。この場合には輸出増によって経済効果が続くことになるのである。
    公共投資の経済効果を考えるなら、最低これらのことを考慮すべきである。つまり公共投資の経済効果はその投資の内容と額によって大きく異なってくる。このように公共投資の経済効果を正しく試算することは極めて難しい。大和総研の試算は、この点で極めて幼稚なものである。そしてさらにこれを引用している日経の特集は、「官需」による所得を無視するなど、全く話にならないものである。目的のためには手段を選ばないと言うことであろうか。

  • 公共投資の波及効果の推移
    日経の特集にはこれ以上のインチキが含まれている。「公共投資の波及効果の推移」と言う時系列のグラフである。このもととなっているデータは経済企画庁の計量モデルである。この数字自体は1/19(第49号)本誌「「小さな政府」を考えるーーその2」で使用しており、本誌ではこの数字を使って「公共投資」の方が「所得減税」より景気浮揚効果が大きいと言う結論に達していた。この時には「2兆円の対策」と言う具体的な数字を使って説明した。この日経の特集では、公共投資の波及効果が年を追うごとに小さくなっていることだけ示し、これによって公共投資の景気対策は効果が小さいと言う結論に繋げている。しかし、この特集の主旨は「所得減税」と「公共投資」の景気対策としての効果の比較のはずである。ところがこの特集では「所得減税」の波及効果の推移の方は省略されているのである。参考までに「所得減税」の波及効果を含めた経済企画庁の計量モデルの最新の両者の数字は次の通りである。
    名目GDP押し上げ効果
    所得減税公共投資
    1年目0.461.32
    2年目0.911.75
    3年目1.262.13
    この表からわかるように「所得減税」の効果は「公共投資」の概ね半分以下である。このようにもし「公共投資の波及効果の推移」だけでなく「所得減税の波及効果の推移」を併せて載せれば、結論は全く逆になることは誰にも分かることになる。「公共投資の波及効果の推移」だけを載せ、「所得減税の波及効果の推移」には触れないと言うこの特集が、いかにインチキなものか理解できるものと思われる。実際、経済企画庁がこの数字を示したのも、景気対策には「公共投資」の方が効果があることをアナウンスしたかったからと考えられる。ところが日経の特集はこの数字を使い全く逆の結論に導いているのだから驚きである。

  • 最近の日経新聞の論調
    この特集は、公共投資の官需による所得増が無視されていたり、所得減税の波及効果については何も触れられていなかったり、「所得減税」と「公共投資」の景気対策としての効果の比較と言うテーマを考えると、全く話にならない物である。これは単なるミスと考えられるが、ちょっと考えられないことである。これだけ重要な問題で重大な間違いをいくつもおかすとは、経済を専門に扱っている同紙にとって恥ずかしいことである。このような状態なら、筆者には、「日本経済新聞」と言う名前から「経済」の2文字をはずすべきとまで考えられるのである。
    実際、筆者は、むしろこれらが意識的に行なわれていると考えている。最近の日経新聞が「小さな政府」を指向していることは理解している。始めから結論ははっきりしているのである。この特集は「小さな政府」を実現するにはなにがなんでも「所得減税」なのである。この結論に向かって、適当な数値を組み合わせているに過ぎない。それらの数値の使い方が正しいかどうかは、問題ではないらしい。特集の結びの印象では、「景気対策として何が有効か」と言うテーマではあるが、公共投資の増大による政府支出が大きくなることに反対することが主旨と読み取れる。しかし、「所得減税」に景気浮揚効果があるか確信が持てないないため、減税の効果については巧みに避けていると考えている。
    しかし読者はこのような特集をいつもじっくり読んでいるとは考えられない。そしてほとんどのこの特集を読んだ者は、「公共投資」より「所得減税」の方が景気浮揚効果があると誤解すると思われる。ところが1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」で述べたように、姉妹紙である「日経流通新聞」12月23日の緊急アンケートでは「2兆円減税」によって「消費を増やす」と答えた人は10パーセントにも満たないと言うことだから皮肉である。この状態でどうして「所得減税に大きな景気浮揚効果が期待できる」と言うのか信じられない。「恒久減税にしろ」とか「額をもっと大きくしろ」と言う意見はよく聞くが、それによっても効果が何倍にも増えるとはとても考えられない。
    日本の需要不足額は大きく、ちょっとした景気対策で埋められるものではない。また「公共投資」の経済効果が小さくなって来ていることは筆者も承知している。したがって景気浮揚効果を大きくするためには、同じ「公共投資」でもやり方に工夫が必要と考えている。しかし、「所得減税」の方が景気浮揚効果を大きいとはとても考えられない
    それにしても最近の日経が「小さな政府」指向が強いことが気になる。「小さな政府」が実現すれば、全ての問題が解決すると言わんばかりなのである。その目的のためには手段も選ばないと言う雰囲気である。経済を語るには「科学」的であることが必要である。ところが今週号で取り上げた特集のように、話の進め方が全く科学的ではないのである。そして、またどうして「小さな政府」が良いのか、筆者は理解できない。筆者は「政府は効率的であるべきであるが、財政はその国の発展段階によって適当な大きさがある」と考えている。むしろ今後の日本は大きな財政にならざぬを得ないと考えている。世間では「小さな政府」の方が良いと考える人の方が多いと考えられるが、なぜそれが良いのか納得する説明を聞いたことがない。「小さな政府」の例として米国がよく取り上げられるが、30年くらいの長いスパンで見れば、為替レート一つとっても「円」の方が3倍になっているのである。一人当りの所得も日本の方がずっと大きくなった。このように「小さな政府」がすべての問題を解決するとはとても思われない。
    最近の日本経済新聞の「小さな政府」指向の論調には一種の宗教的雰囲気がただよっている。今週号で取り上げた特集のような記事がとても目立つのである。反対にそれに反するデータなどは目立たないような取り上げ方をしている。実際今週号で取り上げた「所得減税の経済効果が公共投資よりかなり小さい」と言う経済企画庁の計量モデルの記事はとても小さいものであった。そしてこのようにして今日の日本の世論は、日経新聞を始めとしたマスコミによって操作されているとも考えられるのである。




98/2/16(第53号)「貸し渋りと景気を考える」
98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
98/1/26(第50号)「「小さな政府」を考えるーーその3」
98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
98/1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」
97/12/22(第47号)「需要不足の日本経済を考える」
97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」

日頃忙しいビジネスマンへのオンラインマガジン