平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




08/5/19(527号)
ばかげた経済政策の連続

  • レッドカーペット
    日本のバブル崩壊の開始は、90年から91年にかけてである。まず90年の正月明けから株価が暴落し始めた。地価は90年に首都圏が下落を始めたが、関西圏や地方都市の下落は1年くらい遅くなった。株価の底は13年後の03年である。一方、首都圏の一等地の地価が底をつけたのはこれより若干早い時期だと筆者は見ている。

    筆者が問題にするのは「資産価格が底を打つのに13年という異常に長い時間がかかったこと」と「底を打った時点の資産価格が明らかに適正価格を大きく下回ったこと」である。それにしてもあまりにも長い間資産価格の下落が続いたものである。しかもその後もデフレ経済をさらに引きずっているのである。


    日本の最大の不運は、バブル崩壊後というこの大事な時期に「構造改革派(財政再建論者と小さな政府論者)」 が跋扈し、経済政策を撹乱したことである。いわゆる「小泉的なもの」の登場である。久々に96年は日本の経済成長率が先進国では一番大きく、ずっと筆者が主張していたように、97年頃に一瞬地価が下げ止まりの気配を見せた。しかしこの流れを打ち壊したのが橋本行財政改革であった。

    しかしその前の93年、細川政権誕生という政権交代が政治的混乱を招き、日本の 経済政策がぶれたことも痛手であった。基本的には細川政権は構造改革派であった。なんとこの政権の目玉政策が規制緩和による「地ビールの解禁」であった。当時は世間もマスコミもこれをもてはやしていた。財政支出を削減しても規制緩和を行えば経済は成長するといった間抜けな「迷信」がこの頃からあったのである。


    日銀の金融政策も酷かった。まずバブルが既に崩壊しているのに、三重野日銀総裁は91年7月まで引締め政策を続けた。なんと日銀にはバブルの崩壊が経済に与える影響は軽微という認識があったのである。一方米国FRBは、サブプライム問題が発覚した昨年7月にはまず公定歩合を引下げ、9月からFFレートの引下げを開始している。バブル崩壊後、金利を急速に引下げることは日本の失敗から学んだ教訓であろう。

    98年3月に日銀の総裁に就いた速水氏は最悪であった。彼は円高主義者であり、シュムペータの「創造的破壊」の信奉者であった。デフレ経済進行中の日本経済にとって最悪の日銀総裁であった。橋本政権を継いだ小渕政権は、景気回復に努めたが、これに度々水を差したのが速水日銀の金融政策であった。

    小渕首相は「自分が任命した日銀総裁ではない(橋本政権が任命)」と半分諦めていた。日銀は大事な時に「インフレが恐い」と金融引締めを行ったり、支離滅裂な金融政策を続けていた。最終的に速水日銀はとうとうゼロ金利政策に追込まれている。三重野総裁や速水総裁に比べれば、福井氏はまともな日銀総裁であった。


    フジテレビ系に「レッドカーペット」というお笑い番組がある。お笑い芸人が次々に登場し1分間のネタを披露する。ゲスト審査員がこれらに「満点・大笑い」「大笑い」「中笑い」と採点を下す。バブル崩壊後の経済政策はまさに「満点・大笑い」の連続であった。

    もしまともな政策だけが行われていたなら、数年で日本経済は回復しており、山一証券、長銀、拓銀の経営破綻は避けられていたと筆者は思っている。銀行に公的資金を投入したから、銀行が立直り、経済も回復したという話はデマである。「満点・大笑い」政策の連続が、日本の金融機関を公的資金投入まで追詰めたのである。そして最後に登場したのが自称構造改革派の小泉・竹中という「満点・大笑い」芸人であった。


  • 構造改革の受益者
    筆者は、バブル崩壊後これだけ当局のばかげた政策が長く続いたのに、長銀・拓銀を除き、よく日本の銀行は耐えたと感心している。これも銀行の貯えがぶ厚かったからと考える。日本の銀行はずっと競争が制限されていたので、毎年大きな利益を上げていた。この一部は銀行員の高い給料となったが、残りは内部に蓄積された。銀行の設備投資は厳しく制限されており(支店の開設はほとんど認められなかった)、利益がそのまま残っていたのである。

    米国では、簡単にベア・スターンズが破綻し、シティーなどのメガバンクが外国の政府系ファンドに大きな出資を仰いでいる。それに比べ、バブル崩壊後、10年間以上も、日本の銀行が耐えられたことは驚異である。しかしこれだけ体力があった銀行を決定的に追詰めたのは、97年の橋本政権と01年に登場した小泉政権のデフレ政策であった。


    銀行への公的資金投入が日本経済を回復させた(筆者はいまだに回復しているとは全く思わないが)と言っているのは、主に構造改革派である。実態は、ばかげた構造改革政策で銀行を追込んでしまい、最後に公的資金を投入せざるを得なくなったのである。まさに構造改革派こそ「マッチポンプ(災いを作った本人がそれを解決する)」であった。

    そして公的資金が投入された時期に資産価格がちょうど底を打ったのである。株価の底は前々回号で述べたようにりそな銀行救済策で底を打った。また都心の一等地の地価に限ってはその前に底を打ったと筆者は見ている。これは政策によって底打ちしたのではなく、あまりにも下げ過ぎたから自然に底を打ったのである。

    筆者は02年に02/10/7(第269号)「銀座のデモ隊」で取上げた日本橋のビルのオーナから、都心の地価の下落の凄まじさを聞いている。自分の日本橋のビルの価格下落も酷いが、知人の銀座のビルはなんとピーク時の10分の1になったと話しておられた。たしかにバブル期の地価も異常であったが、都心の一等地の底値も異常であった。

    しかし筆者は、03年にある中堅の不動産会社のオーナ社長にお会いして、この会社が数年前から都心の一等地を買い始めたという話を伺った。この会社は、80年代のバブル期の末期に所有土地を全て売却し、現金に換えていたという話である。しかしあまりにも地価が下がったので、今度は土地を買いこれを証券化し、さらにこの資金を有望な土地に再投資しているという話であった。


    この話から99/5/3(第113号)「地価動向と景気回復」で取上げた「収益還元法」で利益の出る地価水準に既に到達した土地が都心に現れたことが分る。しかし「収益還元法」による地価評価は、経済の活動水準が影響することから、小泉政権誕生によるデフレ政策で一時的に冷や水をかぶされたと思われる。

    ばかげた経済政策の連続で日本の資産は暴落したが、一方暴落したこれらを買った人々は大儲けしたことになる。反対に本来の価値を大きく下回る価格で売らざるを得なくなった人々は、結果的に大損した。筆者は、ばかげた経済政策によって大損させられた人々は、政府に損害賠償を求めても良いくらいと思っている。


    もちろん底値で資産を買った日本の資本はある。しかしやはり目がつくのは外資である。デフレ政策や株式の持合いの解消によって株価は暴落したが、それを買ったのが外資である。今日では東証の売買高は6〜7割が外資である。まさに異常な状態である。

    また外資は一等地をかなり法外の安値で買っている。ティファニーは03年に銀座の一角に165億円の投資をして店を構えた。しかしその後銀座の地価が高騰したので、07年3月にその店を380億円で売却し、さっさと撤退した。わずか4年間で215億円の利益である。このような事を見てくると、意図していたかどうかを別にして、構造改革派の人々が一体誰の利益のために動いているのか透けて見える。 



来週は、地球温暖化を取上げる。



08/5/12(第526号)「日米のバブル崩壊」
08/4/28(第525号)「救済劇の背景」
08/4/21(第524号)「りそな銀行の救済劇」
08/4/14(第523号)「日米の中央銀行総裁」
08/4/7(第522号)「小泉的なもの」
08/3/31(第521号)「超長期の為替変動」
08/3/24(第520号)「市場の最近の動き」
08/3/17(第519号)「積極財政への障害」
08/3/10(第518号)「構造改革派の言動」
08/3/3(第517号)「米国経済の行方」
08/2/25(第516号)「虚言・妄言を見破る方法」
08/2/18(第515号)「またもや虚言・妄言・・その3」
08/2/11(第514号)「またもや虚言・妄言・・その2」
08/2/4(第513号)「またもや虚言・妄言・・その1」
08/1/28(第512号)「戦争をしている国」
08/1/21(第511号)「サブプライム問題の本質」
08/1/14(第510号)「08年今年の景気」
07/12/17(第509号)「サブプライム問題の根源」
07/12/10(第508号)「「金余り」と日本政府」
07/12/3(第507号)「「金余り」と商品相場」
07/11/26(第506号)「原油価格に見るバブル」
07/11/19(第505号)「金融当局の敗北」
07/11/12(第504号)「「金余り」の徒花」
07/11/5(第503号)「米国のサブプライム問題」
07/10/29(第502号)「日本再生会議の話」
07/10/22(第501号)「増税派と成長派」
07/10/15(第500号)「プライマリーバランスの話」
07/10/8(第499号)「不況下の物価上昇」
07/10/1(第498号)「新総理総裁の誕生」
07/9/24(第497号)「GDP統計の読み方」
07/9/17(第496号)「安倍首相の辞任劇」
07/9/10(第495号)「経済数字の実感との乖離」
07/9/3(第494号)「内閣改造に対する感想」
07/8/6(第493号)「自民党の自殺」
07/7/31(第492号)「07年参議院選挙の結果」
07/7/23(第491号)「参議員選の注目点」
07/7/16(第490号)「またもやデマ選挙か」
07/7/9(第489号)「参議院選挙の比例区」
07/7/2(第488号)「ポンカス政党」
07/6/25(第487号)「歴史の教訓」
07/6/18(第486号)「歴史教科書の上での抹殺」
07/6/11(第485号)「老舗に伝わる歴史」
07/6/4(第484号)「金・銀の産出量と経済」
07/5/28(第483号)「荻原重秀と新井白石」
07/5/21(第482号)「インフレと歴史教科書」
07/5/14(第481号)「インフレへの警戒感」
07/5/7(第480号)「日本の公務員」
07/4/23(第479号)「米国の構造改革派」
07/4/16(第478号)「構造改革派の正体」
07/4/9(第477号)「構造改革派とカルテル」
07/4/2(第476号)「構造改革派の生態」
07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
07/2/19(第470号)「今日の円安を考える」
07/2/12(第469号)「「女性は子供を産む機械」発言」」
07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
07/1/22(第466号)「日本の財界の変質」
07/1/15(第465号)「日本の財界」
07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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