- 究極の選択
日本の株価のどん底は、りそな銀行の破綻懸念が浮上した03年の4月から5月にかけてである。しかし逆に「今が底」だと確認されることによって、その後株価は上昇に転じた。つまりそのきっかけになった「りそな銀行救済」こそが株式市場を助けたと言える。「りそな銀行が救済されるなら、それより大きなメガバンクが破綻し銀行株が紙屑になることはない」ということに皆気付いたのである。
株式が紙屑になるのではないかと危惧され、額面50円株に換算して額面程度まで叩き売られていたメガバンクの株価が、破綻は起らないと解り急速に回復した。いくらなんでも50円とは異常な安値であった。そして銀行株につられ他の企業の株価も上昇した。
日経平均株価はとりあえず小泉政権がスタートした当時の11,000円前後まで回復した。しかし日本市場全体の株価が上昇したことは、大変意義があった。これによって銀行所有の株式の評価益が増え(中には評価損から評価益に変わったところもある)、自動的に資本増強が実現した。つまり日本の金融不安が大きく後退したのである。
大手メガバンクは、りそな銀行の危機が起る直前に、相次いで資本増強を行った。三井住友はゴールドマン・サックスから資本を受入れ、みずほは優先株1兆円発行による大増資を行った。しかしこれだけでは破綻懸念が払拭されなかった。ところがりそな銀行に公的資金が投入されるやいなや、市場のメガバンクに対する見方が一変したのである。
企業と銀行は株式を持合っている(時価会計導入によりある程度持合いは解消されていたが)ことから、銀行の株価の上昇はその株を所有する企業にとっても利益になった。さらに銀行の信用不安の後退と銀行株価上昇が全体の株価を押上げたのである。なにしろタダ同然まで銀行株は売込まれたいたのだから、りそな銀行救済による銀行株の上昇はまさに逆転満塁ホームランに匹敵するくらいの価値はあった。
しかしりそな銀行の処置に関して、当局がここまでの効果を予想していたとは筆者は考えない。従来通り、りそな銀行を破綻させた後に国有化という選択もあったはずである。大半の市場参加者もそれを予想して、他のメガバンクの株を叩き売っていた。特に木村剛氏などで構成される「金融分野緊急対応戦略プロジェクトチーム」メンバーの発言は、りそな銀行の破綻処理を強く示唆していた。
りそな銀行救済は究極の選択であった考える。従来路線を踏襲し破綻処理を行えば、信用不安が一気に増し他のメガバンクの株価はさらに下落する。さらにこれがまた株式市場全体に悪影響を及ぼすことは必至であり、7,000円台まで下落している平均株価がどこまで下がるか分らない状況にあった。つまり当局は、資本投入によるりそな銀行救済しかないところまで追い詰められていたと見られる。とにかく当局は市場のパニックを避けたい一心であったと筆者は考えている。
りそな銀行救済は、当局が予期していた以上の良い効果を生み出した。そこで当局は、りそな銀行救済のスキームを手本にした「金融機能強化法」を策定した。これは地銀、第二地銀を対象にして、預金保険機構からの予防的資本投入を可能にするものであり、翌04年8月に成立した。これはペイオフ実施を睨んだものでもあった。そして残る最大の謎は、一体誰がりそな銀行救済のスキームを作成したかである。
- 自民党総裁選
筆者は、りそな銀行救済は日本経済の危機を救ったものと評価している。しかしりそな銀行救済のスキームを作成した者は特定されていない。結論から申せば、筆者は官僚が「これしかない」と作ったものと考える。
これだけの成果があった対策だけに、「俺がやった」と名乗り出る者が出てきても不思議はない。しかしそのような者が出てこない。それを見ると官僚こそが組織的にりそな銀行への公的資金投入スキームを策定したと考えられるのである。
たしかにりそな銀行救済については不透明な部分がある。まず繰延法人税の計上を3年分としたため、りそな銀行は債務超過をかろうじて免れ、預金保険機構からの出資が受けられた。しかしこれについては2年分しか認めないという強行な意見があり、もしこの意見が通っておれば債務超過となり、りそな銀行は破綻処理されていた。つまりかなり微妙な政治的判断がなされたのである。さらに他にも様々な話がある。こういった事情があってか関係者の口が重いと感じられるのである。
小泉政権下で金融機関の不良債権処理が進んだのは事実であるが、小泉・竹中コンビによってこれがなされたのではない。むしろ08/4/7(第522号)「小泉的なもの」から説明しているように、「小泉的なるもの」、つまり構造改革派の観念論者によって無駄に不良債権が膨らみ、さらに解決までに膨大な時間を要することになった。
特に竹中氏は、金融相に就任してから、金融機関の不良債権が増やすような発言を続けていた。これによって日本の土地や株といった資産は最低値をつけることになった。日本人の資産が最低の値段で売り出され、これを買ったのが外資とすれば、彼はまさに日本の裏切り者と言える。
筆者はりそな銀行救済スキームの策定に小泉首相はほとんどタッチしていないと見る。小泉首相は、衆院予算委員会で野党のりそな銀行に関する質問に「金融問題については私は浅学非才(せんがくひさい)。いちいち個別の問題は発言を控える」と発言している。またりそな銀行の救済策が決まった日には小泉首相は沖縄にいて、電話で連絡を受けただけであった。おそらく途中経過はほとんど伝えられていなかったと推測する。実際、郵政関連を除けば、小泉政権下の重要な政策決定はほとんど官僚主導で行われた。本当に、この人物は郵政民営化と政局にしか興味がなかったのである。
りそな銀行の救済策の策定には、竹中金融相もほとんど影響力がなかったと筆者は考える。さらに竹中金融相の意を受けた木村剛氏や奥山章雄氏のような「金融分野緊急対応戦略プロジェクトチーム」の強行派の意見は通らなかったと見る。
ところがこれに対して穿った見方がある。竹中・木村・奥山氏はわざとりそな銀行を追詰める言動を行い、公的資金投入を実現したというのである。つまり彼等は大変な役者ということである。しかし筆者は全く違うと考える。筆者は元々竹中・木村・奥山氏達は、政策決定にほとんど力がなかったと見ている。
もしりそな銀行救済に深く関わっていたなら、彼等は時代のヒーローであり、日本の政策決定に大きな影響力を持つ実力者ということになる。しかし彼等のその後の厳しい状況を見るとそのようなことはないと見る。木村剛氏の日本振興銀行はトラブル続きで、金融庁の検査も受けている。奥山章雄氏は、カネボウ粉飾決算の責任を問われ、中央青山監査法人(後のみすず監査法人)の理事長や日本会計士協会会長の辞任に追込まれている。さらに竹中氏は参議院議員を辞職している。もし彼等が大きな影響力のある本当の実力者なら、今日でも日本の政策決定に深く関与するポストを占めていたはずである。
筆者の見方を踏襲すれば、小泉首相は、構造改革派である直系の竹中・木村・奥山氏達を見捨てて、官僚の作ったりそな銀行救済策に乗ったことになる。しかしこれは真実からそう遠くはないであろう。つまり小泉首相は簡単に改革派を裏切ったのである。そこで官邸サイドが、官僚の作ったスキームを容認した背景を考える。
筆者は、ズバリそれは数カ月先に迫った自民党総裁選を睨んだものと考える。「りそな銀行を破綻処理すれば、さらに市場のパニックが酷くなりますよ」という官僚の説明によって、りそな銀行救済策を首相はしぶしぶ受入れたと筆者は見ている。もしりそな銀行を破綻処理して、市場が混乱しこれが経済にも悪影響を及していたなら、小泉再選は絶対になかったのである。
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