- 減税の経済効果
名目GDP押し上げ効果ー単位は兆円
| 所得減税 | 公共投資 |
| 1年目 | 0.92 | 2.64 |
| 2年目 | 1.82 | 3.50 |
| 3年目 | 2.52 | 4.26 |
先週号1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」では理論的に「減税」が「公共投資」に比べ景気浮揚力が格段に劣ることを説明した。上の表は財政政策として「2兆円の所得減税」を行なった場合と「2兆円の公共投資の追加」を行なった場合のGDPの押し上げ効果を比較したものである。この数字は経済企画庁の試算であり、企画庁のこれを公表した意図と言うものは多少感じられるが、筆者には納得できるものである。所得減税の2,3年目の数字が多少大きくなっているが、これは所得減税を恒久減税とした場合の消費者心理の好転を前提にしている。 表を見れば歴然としているが、「公共投資」の方が「所得減税」より断然景気対策として効果がある。特に1年目における差は大きい。つまり即効性の面でも「公共投資」の方が優れていることが理解できる。この数字は12月に公表されたものであるが、同様の数字はこれに先だって大蔵省から公表されている。そちらは「所得減税」と「公共投資」を同額行なった場合の経済効果による税収の増加額を比較する試算であった。これも「公共投資」の方が将来より多くの税収の増加が期待される結果になっていた。まさしく理論と経済モデルによる試算の結果が一致するのである。問題は、世間で言われていることがこれらと正反対であり、「景気回復には、公共投資は効果がなく、所得減税を行なえ」と言うことである。 政府がこの時期、このような数字をなぜ公表したのか、その意図はある程度わかる。財政の再建を考えると、景気対策として効果のない「所得減税」はやりたくない。本音は、どうしても対策が必要なら「公共投資」の方を行ないたいと言うことである。しかし、世論は「公共投資」に対して極めて冷たいのである。 少なくとも「景気回復には、公共投資は効果がなく、所得減税を行なえ」と言っている方々の考えには根拠はないのである。もしそれが理論として正しいのなら、正反対の結果を示すこれらの官庁の発表する数字に反論すべきである。筆者もこれらのエコノミスト達が理論的にどうしてそうなるのか説明したものに出会ったことががない。むしろ考えが間違っているのだから、説明が無理と筆者は理解している。しかし、このような間違った考えが世間に流布し、政府の経済政策にも影響を与えていることが問題なのである。
- 公共事業の経済効果
政府が公共事業を増やした場合の経済効果が以前に比べ小さくなっていることには、筆者も承知できる。しかし、公共事業が効果がなくなったとか、「所得減税」より効果が小さいと言うことではない。公共事業の経済効果が小さくなっていることの理由には、色々仮説がある。一つには海外への需要の流出である。これは貿易の自由化とアジア近隣諸国の生産能力増強により、景気対策により需要が増えても、建設資材などの輸入が増えることにより、国内の需要が以前のように増えない現象が起こることである。つまり景気対策の一部が海外製品の購入に回るからである。もう一つは公共事業による投資の誘発効果が小さくなっていることである。これは資本の蓄積が大きな国では仕方がないことである。これを簡単に説明する。 ある建設資材を運ぶ運送会社があり、その会社は10台のトラックを保有していたとする。ところが不景気でそのうち稼働しているのが7台だけとすれば、残りの3台は遊休の状態である。そこで公共事業が行なわれ、資材運送の仕事が増え、遊休状態のトラックが稼働すれば、これによって経済効果は発生するのである。つまり失業者もこれによってトラック運転手としての職を得られるし、トラック燃料の消費も増えるのである。これは一次的な効果であるが、失業者が新たな所得を得たり、燃料の売上が増えることによって、消費や需要がさらに増えることになる。この二次的な消費の増加が次の三次的な消費や需要を発生させる。この波及効果がずっと続くのである。これが本来の「乗数効果」である。ところで、その国が経済が発展段階なら、このような公共事業により需要が増えれば、企業家もそれに応じ、設備投資を増やす可能性が強い。運送会社の場合なら新たなトラックを購入するとか駐車場の拡張工事を行なうことも考えられる。これが生産能力自体の増強を意図した誘発投資である。ところで日本の官庁が言う「乗数効果」とは「本来の乗数効果にこの誘発投資効果をプラスしたもの」と考えられる。もっとも統計実務上これらを区別して把握することは困難であり、これらを合計して把握してもそれほど不合理ではない。しかし、日本の「乗数効果が小さくなっている」と言った場合はこれらを分けて考えるべきと思われる。たしかに日本のような資本蓄積が進んだ国では誘発投資は小さくなっている。今後の需要増加が増える見込みがない場合には、少しくらい需要が増えても、新規の投資は簡単には行なわないのである。運送会社の例なら、一時的な需要増に対してはトラックのレンタルで対処することもできるのである。このように、日本ではこの誘発投資が極めて小さくなっているのである。しかし、一方、本来の乗数効果はそんなに小さくなってはいない。たしかに「雇用保険」などの制度の整備で、失業中の所得がある程度保障されており、雇用されたからと言って消費が目立って増えると言うわけではなく、この効果は多少小さくなっていると考えられるが、依然としてある程度の数値は維持しているはずである。 日本における公共事業の経済効果の減少は、景気対策を行なう場合、その公共事業の内容が問題となってくる。公共事業に景気対策としての大きな効果を期待するなら、以前のように何でもかまわないと言うわけにはいかないことを意味する。そして本来の乗数効果を動かせないとしたら、なるべく「誘発投資」を生むような公共事業を選択して行なわれるべきであるが、日本ではそうなっていないことが問題である。現状では景気対策として短期的な効果を重視されるため、工事が進捗しやすい事業が中心となるのである。したがってこのような事業では誘発投資が発生しにくい。もっともこのような事業でも経済効果の点では「所得減税」よりましであるが、もったいない話である。「誘発投資」を生むような公共事業を行なうにはもっと中長期的な観点で行なわれるべきなのである。しかし、むしろこの様な事業は目立つせいか、マスコミからは「税金の無駄使い」と非難の対象になりやすのである。需要不足に陥りやすい日本経済も、逆にこのような事業が普段から継続的に行なわれて来たなら、現在のような深刻な状況に直面することもなかったと筆者は考える。
- マスコミと「小さな政府」
筆者は、日本における「小さな政府」論をリードしているのはマスコミと考えている。マスコミに登場し、意見を述べたり、解説しているエコノミスト達も結局マスコミを意識して行動しているに過ぎないと思う。マスコミ、特にテレビの場合には、一定のシナリオのもとに番組は構成される。これらの人々はこのシナリオに応じた意見を述べているにすぎない。これに反する意見を述べる場合にはマスコミによってカットされるか、次からお呼びでなくなるのである。 本誌9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」で、あるニュース番組で立花隆氏が佐藤孝行氏の入閣問題にコメントしていることを述べた。筆者は、立花隆氏がどのようなことを話すか注目していた。ところが立花氏はロッキード事件に触れず、これに答えていた。これはマスコミの意図に反するコメントと考えられる。これについては後日週刊誌で、このことについて述べている。それによると「テレビ局からコメントを求められたが、その意図が分かっていたので、あえてロッキード事件に触れずにコメントした」と言うことであった。このような自分の意見をマスコミでストレートに述べることができる評論家はほとんどいないのである。立花氏がこれをできるのも氏に実力があるからである。他の分野に比べ、こと経済については意見のばらつきが小さい。他の分野では、有力な意見があり、各々に支持者がいるのが普通である。しかし、経済の分野だけは異なるのである。例えば景気対策にしても、ほとんどの論者は「公共事業は効果がないから、もっと減税額を増やすべき」と主張している。マスコミに登場し、公共事業を増やすことを一貫して主張しているのはリチャードクー氏くらいのものである。また「減税」に一言付け加えるなら、筆者は、減税で景気対策を行なう場合、一番効果があるのは「消費税」の減税と考えている。しかし、「所得税」や「法人税」の減税を主張する論者は実に多いが、「消費税」の減税を唱える者がほとんどいないのが不思議でならない。 マスコミ各社は「政官財の癒着構造」を問題にすると言う基本スタンスがある。このため「役人の天下り」「企業の政治献金」「各種の規制」そして「公共事業を通じた政治家と土建業者との癒着」などが非難の対象となっている。そしてこれを解決する一番良い方法が「小さな政府」の実現であると考えているらしい。これは「単純でわかりやすい」。具体的には徹底した「規制緩和」と徹底した財政支出の削減による「小さな政府」の実現である。景気対策もこの思想の延長線上にある。自然とこの考えに同調するエコノミストがマスコミに多く登場することになる。つまり「政治家や官僚は経済にタッチしない方が経済はうまく動く」と言う思想がマスコミを支配しているのである。「単純でわかりやすい」と言うことは現代のメディアの特徴であるが、これには落し穴がある。これについては別の機会に述べたい。 筆者の認識では、マスコミ各社には経済部と言う部署があり、ここが経済を主に扱っている。しかし、経済部といえど全社的な流れであるこの「小さな政府の実現」に反する見解を持つことはできない。また、マスコミの経済部が主に扱っているのは、個々の企業や産業界であり、マクロ経済が得意分野とは思われない。このようなマスコミ動きを見ていると、最近の日本はマスコミによる「一種の言論統制」状態にあるのではないかと感じられるくらいである。 マスコミは政治にも影響を与える。特に橋本総理のように党内にしっかりとした基盤をもたない総理の場合は、政権維持のため国民の支持が必要となる。そのため政策がマスコミの動向に左右されやすい。現在はマスコミの「景気対策としての減税」と言うスローガンに直面しているのである。まさにマスコミ主導の経済対策である。 最後に「小さい政府」が本当に良いのかどうか、筆者の見解を述べたい。筆者は、政府の大小よりも、政府の効率性を問題にしたい。今後も公的ニーズと言うものが必ずあるわけであるから、政府はそれを効率的に提供できることが必要である。そのためには組織が柔軟性に富む必要がある。しかし、これについても後日詳しく述べたい。 そして政府の適正な財政規模は、その国の経済の体質や発展段階で決まると筆者は考えている。どのような国にも「小さい政府」が良いと言うわけではないと考える。むしろ、金利水準の動きなどを見ると、日本は今後も「より大きい政府」の方向に動かざるをえないのではないかと、筆者は最近考えているくらいである。そしてこれが筆者の結論であり、来週号でこれを説明したい。
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