- 不毛な量的緩和政策
通貨の流通速度が一定なら、経済が成長する(経済活動が活発化する)には通貨の供給量(マネーサプライ)が増える必要がある。これを荻原重秀は小判の改鋳で行い、由利公正は太政官札の発行で行った。これらはまさに本誌が長年主張している「セイニアーリッジ」政策であった。
両方ともデフレ経済の下で行われた。荻原重秀の小判改鋳は既存の金鉱山からの金の採掘が限界に達していた頃に行われ、また由利公正の太政官札発行は幕末の混乱で日本の経済活動が低迷していた頃に行われた。いわゆるデフレギャップが存在していた時代に両方の通貨増発政策が実行されたのである。
筆者は、両方とも大成功の政策であったと評価している。荻原重秀の小判改鋳は、幕府に莫大な収益をもたらしただけでなく、日本の経済を活発化させ、結果的に元禄文化を育んだと思っている。また由利公正の太政官札発行は、明治維新政府に莫大な財源をもたらしただけでなく、この財源よって殖産新興が行われ、このことが後の経済発展の礎になった。つまり筆者は、日本の欧米列強へのキャッチアップがこの太政官札(政府紙幣)発行によってスタートしたとまで思っている。
ところが歴史教科書の記述や歴史家の評価は全く逆である。また03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」で述べたように、日経新聞も太政官札発行に否定的である。つまり日経新聞は歴史教科書と歩調を合わしていると言える。
話は変わるが、平成不況下での経済対策がどのように実行されたかを振返ってみる。一応、通貨の供給量(マネーサプライ)を増やす必要があるという点では、政治家だけでなく各マスコミやエコノミスト達の意見は一致していた(構造改革で経済は成長するといった間抜けた意見も強かったが)。しかしこれは暗黙の裡に荻原重秀や由利公正の政策が正しかったと言っているようなものである。
ところがマネーサプライを増やすと言っても、今日の日本においては政策手段が限られている。財政再建ムードが強く財政支出の増大を避けるとすれば、日銀の金融緩和くらいしかないのである。しかし短期金利は既にゼロ近辺であり、これ以上引下げる余地はなかった。それでも「さらなる金融緩和を行え(量的緩和)」ということになった。当初、日銀はこの効果について懐疑的であった。
ところが政治家の日銀に対する圧力は相当なものであり、日銀はさらなる量的緩和に突き進む他はなくなった。日銀は、市中銀行から債券や手形を買入れ、資金の供給量をどんどん増やした。ベース・マネー(日銀の当座預金残高)は4兆円から、ピーク時35兆円程度まで増えた。
しかしこの量的緩和政策の効果がはっきりあったと言う人は少数派である。そして極端な量的緩和政策は昨年終わり、逆に量的緩和政策を段階的に解除しているが、目立った悪影響も出ていない。筆者は、この量的緩和政策については、「やらないよりやった方がまし」と言った程度にしか期待は持っていなかった。実際のところ03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」で述べたように、日銀が量的緩和を行ってもマネーサプライの伸びは極めて低い。予想通りの結果と言えるだろう。
そもそも今日の日本経済においては、マネーサプライが増えても、経済活動が活発になるという話にはならない。平成デフレ経済が、マネーサプライの不足、つまり日銀が金融を引締めていることが原因で起っているのなら、量的緩和は有効な政策である。しかしそうではないのである。
- 所得が発生するようなマネーサプライの増加
今日の日本経済の不調は、マネーサプライが不足しているから起っているのではない。むしろ今日の日本はマネーサプライがだぶついている。マネーサプライを名目GDPで除した数値がマーシャルのkである。今日の日本のマーシャルのkは1.4くらいと推定する(5年前が1.3であり、年々大きくなっている)。しかし先進各国のマーシャルのkは0.5程度である。
つまりGDPの半分程度のマネーサプライがあれば、十分経済が循環するのである。これは日本に経済活動に必要な金額をはるかに超えたマネーサプライが存在することを意味する。しかもこの日本のマネーサプライには郵便貯金などが含まれていない。もしこれらをマネーサプライ統計に加えれば、マーシャルのkは2.0を超えるようなとんでもない数値になる。
これだけ巨大なマネーサプライが有りながら、日本の経済はデフレ体質に陥っている。いや、むしろマネーサプライが大き過ぎることがデフレ体質の原因になっていると考えられるのである。金があっても使わない人が多いのである。本誌はこの様子と原因を04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」から04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」で分析した。
つまりマネーサプライは巨大であるが、そのほとんどは凍り付いているのである。そして日本の公的債務が大きいのもその裏返しである。巨額のマネーサプライがほとんど消費や投資に回らないから、国や地方がそれを借りて使わざるを得ないのである(マネーサプライが順調に循環していれば景気対策などは不要であったはず)。
この凍り付いたマネーサプライを溶かし、デフレ体質からの脱却を意図する試みはいくつもあった(消費を喚起するイベントの開催や投資を促進する税制改正など)。しかしどれも効果を上げていない。筆者は、この凍り付いたマネーサプライを溶かすことは困難と判断している。むしろ経済を循環するような新たなマネーサプライを増加させる施策が現実的と考える。所得が発生するようなマネーサプライの増加である。具体的には政府支出の増加しか思い付かない。
政府支出増大の財源は政府紙幣の発行でも、国債の日銀引受けでも良いと考えている。しかしこの政策が正しいとしても、「財政再建」という呪縛に囚われている今日の日本ではかなり無理であると承知している。もし「所得が発生するようなマネーサプライの増加」がなされるなら、日本の経済は蘇ると確信するがまことに残念である。また日本経済が活性化すれば、凍り付いたマネーサプライの一部が溶け出すものと考えている。
そしてまさに所得が発生するようなマネーサプライの増加政策を行ったのが、荻原重秀と由利公正である。小判の改鋳益は幕府が使い、太政官札の造幣益は明治維新政府が使った。これによって当時の日本経済は活性化した。つまりデフレ経済の下では、所得が発生するようなマネーサプライの増加策が有効であることを証明したと筆者は考える。これこそ歴史の教訓である。
たしかに金の使い方に問題がなかった訳ではない。特に江戸幕府の改鋳益は、将軍や大奥によって散財されたきらいがある。しかしその散財が日本経済に活気をもたらしたのも事実である。
|