平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




07/6/4(484号)
金・銀の産出量と経済

  • 金本位制の終焉
    日本で金や銀などの貴金属を、市場に流通する貨幣(通貨)に初めて使ったのは武田信玄と言われている。甲州では金が産出し、信玄はこの金を小判型に加工し、これに貨幣価値を刻印して流通させた。これが甲州金と呼ばれるもので、信玄はこれを使って鉄砲などの武器を購入した。徳川家康は、この甲州金を真似て慶長小判を造った。金の含有率や両という貨幣の単位も甲州金を踏襲した。

    先週号06/5/28(第483号)「荻原重秀と新井白石」で注目していただきたいのは、徳川幕府は全国の金山を支配下に置いたが、幕府開びゃく100年くらいでこれらの金山の金を掘り尽したことである。金・銀などの貴金属を貨幣(通貨)に使っている経済では、これは通貨の供給量が増えないことを意味する。この結果、元禄の前の時代から日本経済は長期不況に陥っており、デフレ経済が進行していた。


    金や銀が通貨発行の基準(金本位制、銀本位制)となっている国では、ベースマネーとなっている金や銀の産出量の増減がストレートに経済の活動に影響を与える。これらの貴金属の産出量が増えると通貨の流通量が増え、景気が良くなる。反対に金や銀の産出量が頭打ちになると、デフレ経済に陥る。通貨供給量が増えなくなるからである。

    もちろん日本だけでなく、金本位制、銀本位制の国では金・銀の産出量の増減が経済活動に大きな影響を与えた。英国は1873年から1896年の23年間の長期に渡り経済は不調であった。もっと正確に言えば英国だけでなく、世界中の金本位制の国々の経済が低迷した。これは米国や豪州のゴールドラッシュが終わり、世界の金の産出量が減少したからである(その他にスエズ運河の完成による安い農産物の流入などが要因として考えられる)。金本位制の国々の経済が回復するには、南アフリカの金が本格的に採掘されるまで待たなければならなかったのである。

    1873年から1896年の間、英国だけでなく世界的不況という様相であったが、主に不況に陥ったのは金本位制の国であった。06/5/21(第482号)「インフレと歴史教科書」で述べたように、日本は金本位制が建前であったが、実質は銀本位制であった。日本はいわゆるデュアルカレンシーの国であった。これは日本の主な貿易相手国(中国・清)が銀本位制であったからである。幸い金とは違い、銀の産出は順調に増え続けた(メキシコ銀)ため、日本は世界不況の影響を最小限に食い止められたのである。


    マクロ経済の成長が金や銀の産出量に制約されるという事態が、ばかばかしいことは今日なら誰でも知っている。しかしこのばかばかしいことが、つい最近まで続いていたのである。それを考えると明治初期の政府紙幣発行や荻原重秀の改鋳は、先進的で開明的な通貨政策であった。

    1929年の世界恐慌で金本位制は揺らぎ、第二次世界大戦後、各国は管理通貨制度に移行した。たしかに長い間貿易の決済には貴金属が使われていた。しかし貿易決済に英ポンドや米ドルといった主要国の通貨が使われるようになって、貴金属を貨幣に使う必要性は低下した。ただしばらくは金を外貨準備に用いることが続いた。しかしニクソン米国大統領が1971年8月米ドルと金の交換を停止し(いわゆるニクソンショック・・ただ同年7月の電撃訪中をニクソンショックと呼ぶ場合もある)、金本位制は止めを刺された。


  • 歴史教科書の問題
    ところが今日でも金本位制や管理通貨制度について正しく理解されていないのか、時々大バカ者の経済専門家の発言が見受けられる。なんと松方政義が金本位制への移行にこだわっていたことを評価しているのである。政府紙幣の回収や日銀の創立もこの準備であった。日銀の創立は明治15年(1882年)であり、南アフリカで金が発見される4年前である。しかし前段で説明したように金本位制の国々が、まさに長い不況のどん底にあった頃の話である。

    日本は実質銀本位制であったからこそ、金本位制の国々からの不況の連鎖が断たれ助かっていたのである。もし松方の主張通り強引に金本位制に移行していたら、明治の日本の経済的発展はなかったと思われる。日清・日露の戦争の勝敗の行方もどうなっていたか分からない。

    さらに1886年にたまたま南アフリカで金が発見されたため、金本位制の国々の経済も1896年頃から回復できたのである。もし日本が早期に金本位制に移行し、南アフリカで金が発見されることがなかったら、明治の日本経済は壊滅状態になっていた可能性が強い。しかし日本の歴史教科書にはそのような解説は皆無である。


    歴史教科書は、むしろ金本位制への移行によって、まともな金融制度が確立したような印象を与えている。反対に政府紙幣の発行が異常な出来事という捉え方である(政府紙幣の流通量をコントロールさえすれば十分機能したはず)。さらにたまたま日本が実質銀本位制だったから助かったとは、教科書に一言もないのである。

    歴史教科書の執筆者や文部官僚が経済オンチと言えばそれまでである。しかし日本のインテリの常識が、このどうしようもないこの歴史教科書の記述で形成されているとすれば事は重大である。今日の政府の経済政策が迷走するのも当り前である。


    正しく公平な歴史教科書の記述というものは難しい。どうしてもその時の為政者の思惑というものが教科書に反映されるからである。特に政権が変わった場合には、前政権時代のことを良くは書かない。今日ならどうしても大戦前の日本の政治や社会は否定的な記述になる。おそらく明治時代の教科書では、江戸時代は暗黒の時代であり、幕府の役人は無能者という記述がなされていたと思われる。

    しかしこと経済の歴史については、イデオロギーと離れて公平な記述というものが必要である。しかし筆者は意図的に全くこれがなされていないと考える。これではデフレ経済が続いていた元禄時代に、突然華やかな元禄文化の花が咲いた背景がぜんぜん分からない。また税制が確立されておらず金もなかったはずの明治新政府が、なぜ治安を維持したり、鉄道を敷くなど次々と近代社会のインフラを整えて行くことができたのか誰も答えられないではないか。



来週はシリーズのまとめとして歴史教科書を取上げる。



07/5/28(第483号)「荻原重秀と新井白石」
07/5/21(第482号)「インフレと歴史教科書」
07/5/14(第481号)「インフレへの警戒感」
07/5/7(第480号)「日本の公務員」
07/4/23(第479号)「米国の構造改革派」
07/4/16(第478号)「構造改革派の正体」
07/4/9(第477号)「構造改革派とカルテル」
07/4/2(第476号)「構造改革派の生態」
07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
07/2/19(第470号)「今日の円安を考える」
07/2/12(第469号)「「女性は子供を産む機械」発言」」
07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
07/1/22(第466号)「日本の財界の変質」
07/1/15(第465号)「日本の財界」
07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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