平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




07/4/16(478号)
構造改革派の正体

  • 構造改革派と変動相場制
    古典派経済学と自由主義経済の信奉者と思われている構造改革派が、今日世界に広がる国際的カルテルに対して全く批難的な発言をしないことを先週号でお話した。もっぱらこの構造改革派と呼ばれる人々の攻撃対象は、元々競争的な業界である。小さく弱い業者が多数存在し、互いに激しく価格競争を行っているところである。このような業界が共倒れを回避するため競争制限的な動きをすると、とたんに構造改革派の攻撃の的になる。

    小さく弱く多数存在すると言えば、労働力を提供する個人もそうである。構造改革派は、個人をもっと競争させれば、世の中がうまく行くと主張する。狂信的な構造改革派は、医者を始め全ての専門職も派遣社員にせよと主張している。まるで世界中のあらゆるものが古典派経済学のために存在しているかのような錯覚を持っている。ところが彼等は国際的な巨大資本には、まるで「御主人様」と思っているのか何一つ文句を言わない。それどころか「法人税を減税しろとか、税金を安くしないと企業は他の国に行ってしまう」と巨大資本に「ごま」をする。


    話はちょっと変わるが、昨年の11月にシカゴ学派の重鎮であったミルトン・フリードマン氏が逝った。フリードマン氏は構造改革派にとってはある意味で教祖である。彼はマネタリストと呼ばれ、経済への政府の介入を徹底して否定した。またレーガンやサッチャーの経済政策の理論的バックポーンと言われた。さらに最近日本で話題になっている「教育バウチャー制度」の発案者でもある。

    ところで筆者が重要と考えるフリードマンの提案は、為替の変動相場制である。貿易収支の不均衡を是正するために、為替の変動相場制の採用をフリードマンは主張した。これは古典派経済学の信奉者らしい提案の一つである。世界中の通貨が米ドルにペッグしていた固定相場制が、米国の慢性的な貿易赤字で立ち行かなくなった時代にこの提案がなされた。


    筆者も、貿易収支不均衡の是正に為替の変動が役立つことを認める。それぞれの国の経済状況が異なり、経済の動向も違うとしたなら、為替だけを固定しておくことに無理がある。もっとも為替が変動すれば、国際的な取引をする者に為替リスクが生じる。しかし為替変動に対しては先物を利用することによって、このリスクはある程度回避することができる。

    ところが近年、為替の変動による貿易収支を均衡させる機能が低下している。原因は主に二つあり、一つは国際間の資本の移動が活発になっていることである。日本のように常に大きな貿易黒字を続けても、資本の流出が大きいため、なかなか円が高くならない。日本からの資本の流出の原因は、日本政府の経済政策が間違っている(資本が国内で活用されない政策を続けている)からと筆者は考えるが、これについてはここではこれ以上触れない。


    為替(変動)の均衡機能低下のもう一つの原因は、政府(中央銀行)の為替介入である。日本も大きな為替介入を行ったことがあるが、何と言っても中国の為替介入が大問題である。中国は人民元を異常な安さに維持することによって、毎年巨額の貿易黒字を稼いでいる。とうとう中国の外貨準備高は、日本を抜いて世界一になったほどである。

    ところが中国は一向にこのような為替介入を止める気配がない。国際的に人民元が安いことが問題になると、ほんの少しだけ人民元高を演出し、これを誤魔化している。しかし不思議なことにこのような中国の為替操作に対して、構造改革派は頑に沈黙を守っている。構造改革派と目される人々の中で、この中国の為替政策を痛烈に批難しているのはエコノミストの中前忠氏くらいのものである。


  • 構造改革派と完全情報
    構造改革派の教典である古典派経済学の教科書では、価格が自由に動くことが極めて重要な前提条件になっている。この場合の価格とは、単に物の価格だけでなく、資金の価格である金利であったり、労働の価格である賃金である。さらに前段で取上げた為替も通貨間の価格ということになる。そして価格が適正に動く条件の一つが市場が「完全競争」であるということになる。

    古典派経済学のもう一つの重要な前提条件は「完全情報」である。人が合理的に行動するには、誰もが正しい情報を持っていることになっている。例えば物の価値についての正しい情報が行き渡っていなければ、市場では適正な価格で物の取引がなされないことになる。労働者についても同じことが言える(一人一人の能力や働き具合について正しい情報が行き渡っていなければ適正な賃金は決まらない)。


    ところで完全情報という前提条件が一番問題になるのは金融の世界である。特に金融の世界では、情報に非対称性があることはよく知られている(市場は完全情報にほど遠い)。金融の世界で一番利益を得るのは、一番正しい情報を持つものである。したがって人々は、正しい情報を得ようと必死になる。

    例えば株式市場においては、正しい情報を持つ者が常に利益を得る(たしかに完全に正しい情報を得ることは難しいので、より正しい情報を持つ者が勝利者となるという言い方ぐらいが適当かもしれない)。情報の非対称性で一番問題になるのがインサイダー情報である。しかし一応、インサイダー情報による株式の売買は法律で禁じられている。

    金融機関はインサイダー情報ではなく、通常は主に企業の公開情報を使い、色々な分析を行っている。金融機関はこれによって得られた情報やデータを使って株式の売買を行っている。しかしこれが全てとはとても思われない。


    グレーゾーンの情報というものがある。インサイダー情報とまでは言わないが、金融機関としての立場で知りうる情報が数多くある。インサイダー情報ではないが、一般の投資家が知り得ない情報を金融機関は沢山持っているのである。

    また金融機関自体が企業に関する情報を発信するケースがある。例えば投資先としての企業の格付を金融機関(主に証券会社)が勝手に行っている。そしてこの格付の変更が公表されると、対象となった企業の株価は通常変動する。時には暴騰したり暴落する。投資家も証券会社の格付の変更が株価の変動に繋がることをよく知っており、格付の変更に注目している。しかしこの格付変更の情報を発信する立場の証券会社がこれを使って株式の売買を行えば、常に利益を得たり損失を回避することができる。


    このように金融市場においては、金融機関は情報の点で圧倒的に優位な立場にいる。特に日本においては、情報の非対称性を使って外資系の証券会社やファンドは大きな利益をあげている。このことは05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」で客観的な数字を用いて説明した通りである。ところがこのように完全情報からかけ離れた金融市場の現状を構造改革派は一切批難しない。


    先々週号で「構造改革派は、古典派経済理論を真理と捉えるに止まらず、古典派経済学のメカニズムが機能するような経済構造を実現しようという、社会改革運動の実践者」と定義した。しかし「完全競争」や「完全情報」に関する構造改革派の態度を見ていると、彼等はとても牧歌的な古典派経済学の信奉者とは思われない(例外は中前忠氏くらいのものである)。

    日本に来ている外資系金融機関の顧問になっているエコノミストがかなりいることが、ライブドア事件で明るみになった。日頃構造改革派的発言をするエコノミスト達である。また構造改革派は、国際的な大企業の再編や中国に進出している大手企業に好意的な発言をする。

    このように構造改革派は、とても古典派経済学と自由主義経済の信奉者とは思えない存在である。むしろ筆者は、構造改革派の正体は国際的カルテル企業と外資系金融機関の「ポチ」と見ている。そう言えば構造改革派と目される自民党の若手国会議員が外資系金融機関が主催するセミナーに出席し、嬉々としてパーティーに参加している様子を伝える記事を見たことがある。



来週は、筆者が経済学に対して日頃漠然と思っていることを話したい。



07/4/9(第477号)「構造改革派とカルテル」
07/4/2(第476号)「構造改革派の生態」
07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
07/2/19(第470号)「今日の円安を考える」
07/2/12(第469号)「「女性は子供を産む機械」発言」」
07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
07/1/22(第466号)「日本の財界の変質」
07/1/15(第465号)「日本の財界」
07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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