平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




07/4/2(476号)
構造改革派の生態

  • 構造改革という社会改革運動
    本誌はずっと構造改革派を批難してきた。ただ一口に構造改革派といっても定義がはっきりしない。まず筆者は構造改革派を古典派経済学の信奉者と見なしている。しかしこれだけでは古典派経済学の学者や研究者が全て構造改革派になると誤解されるかもしれない。構造改革派を、古典派経済理論を真理と捉えるに止まらず、古典派経済学のメカニズムが機能するような経済構造を実現しようという、社会改革運動の実践者と筆者は考えている。


    古典派経済学の理論は極めて単純であり、誰でも簡単に理解できる。古典派経済学の世界では、まず価格が伸縮自在に動くので、物の売残りというものがない(セイの法則)。賃金率も変動するので失業もない。さらに金利も自由に変動するので、貯蓄・投資が常に一致し、有効需要の過不足は生じない。構造改革派は、経済に不都合や問題が生じるのは、経済が持っているこのような自律調整メカニズムの働きを阻害する要因が現実の経済に存在するからと決めつける。

    一つの具体的な阻害要因は建築・土木業界の談合に見られるような競争に係わる問題(不完全競争)である。また賃金率の自由な変動を阻害する労働組合の活動や最低賃金制度の存在を彼等は批難する。金利の規制に反対し、金利(金融)の自由化を主張する(郵貯は民営化どころか廃止せよと言っている)。一見、彼等はあらゆる分野での競争政策の推進を唱えているように見える(来週述べるがここにとんでもない誤魔化しがある)。


    構造改革派の主張をまとめると、各種の規制や公共投資に見られるような経済への政府の介入をなくすことである。そのためには規制の撤廃(緩和といった生易しいものではない)や財政支出の大幅な削減(裏返しの話としては大幅な減税)、そして金融の自由化(政府系金融機関は廃止)が必要と説く。まさに小さな政府の実現である。

    構造改革派は同時にグローバルリズムの信奉者でもある。この社会改革運動自体が、一国に止まらず世界に広がる性質を持っている。また彼等も世界的に社会改革運動を進めた方が、改革の果実も大きいと考えている。したがって構造改革派は自由貿易と国際的な金融の自由化を主張する。さらに物や金に止まらず、人の移動も自由化すべきと主張する。移民の自由な受入も彼等の主張の一つである。


    このように見てくると、日本でもここ20年くらいの間に、構造改革派の主張する政策がかなり取入れられてきたことが分かる。中途半端ではあるが、構造改革派の社会改革運動が成果を収めてきたのである。少なくとも今日まで、構造改革派は「我が世の春」を謳歌していた。

    一頃は構造改革派の主張(一時的な痛みを堪えれば、バラ色の未来が開かれる)が一世を風靡した。それこそ政治家や官僚だけでなく、マスコミや一般国民も構造改革に賛同した。小泉氏も構造改革派の首相として熱狂的な支持を集めた。しかし構造改革が進んでも平均的な人々の暮らし向きが良くなったとは思えない。むしろ今日の日本人の多くは、将来に対して暗い見通しを持っているのである。


  • 構造改革派の共通点
    構造改革派の主張は論理的ではない。構造改革派の教典は古典派経済学である。しかし古典派経済学に基ずくレッセフェール(自由放任主義)経済は、06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」で述べたように歴史的に破綻している。現実の経済は古典派理論のようには動かなかったのである。

    ところが構造改革派の人々は、なんと経済が古典派理論通りうまく動くように、今度は現実の社会の構造の方を変えようというのである。倒錯した感覚である。ハルマゲドンを予言した新興宗教団体が、実際にハルマゲドンを起こそうとしたのと非常に似ている。たしかに構造改革派は新興宗教的な体質を持っている。社会改革運動とは実に胡散臭い動きである。


    構造改革派の論客にはいくつかの共通点がある。一つは自説を唱えるばかりで、相手の話を全く聞かないことである。先週号で取上げた政府税制調査会の前会長本間正明氏もそうであった。テレビ番組でシナリオに沿って司会者を相手に話をする場合はごく普通に話をする。

    しかし討論形式のテレビ番組に出ると態度が一変する。もっとも構造改革派の論客は討論形式の番組(論敵、つまり反対意見を持っている者が出ている)にはまず出ない。筆者は珍しく本間氏が討論形式の番組に出ているのを一度だけ見たことがある。しかし驚いたことに本間氏は、彼の発言に対する他の出演者からの反論や疑問点に一切答えない。ただひたすら何度も自説を繰返すだけなのである。構造改革派の本質を見たという感じである。


    しかしよく考えてみれば、あれだけテレビに登場しながら、竹中平蔵氏が討論形式(論敵のいる)の番組に出たところを見たことがない。田原総一郎氏のような司会者を相手に台本通りのやり取りに終始している。質問する周りのコメンテータは全て茶坊主である。

    竹中氏などは「IT革命で500万人の雇用が日本に生まれる。それを阻害しているのがNTTだ。」といった発言に対して、「根拠を示せ」とか「いい加減なことを言うな」と言い出しそうな者がいる番組には一切出ない。また討論形式の番組に頻繁に出ていた論客も、構造改革派の色が濃くなると、途端に討論形式の番組に出なくなる(いつの間にか政府関連機関の役職に就いているケースが多い)。


    構造改革派の論客のもう一つの共通点に「虚言・妄言」発言がある。「IT革命で500万人の雇用が日本に生まれる」だけでない。「ケアハウス建設で500万人の雇用が生まれる」や「生産性の低い企業や産業を潰せば経済成長率が大きくなる」というデマ話もあった。極め付けは「規制緩和で経済成長率が高くなる」であろう。これについて本誌は04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」で反論した。構造改革派は次が次と奇想天外な「虚言・妄言」を繰出す。時間が経ち「その話はおかしい」と知れ渡ると、次の「虚言・妄言」が飛出すといった具合である。

    彼等の「虚言・妄言」発言の常套手段は、前提条件を明らかにしないことである。例えば財政破綻の定義である。借金が大きくなること以外、財政破綻の定義を決して明らかにしない。財政破綻を起こしたどの国でも、政府が発行する債券(国債)が買われなくなり、国債価格が暴落し、金利がとんでもなく上昇している。ところが財政破綻が心配されている日本では全く逆の現象が起っている。しかし卑怯者の構造改革派は、このことには決して触れないまま、「借金時計」で人々を脅し続けているのである。



筆者は、構造改革派に対してカルトではあるが、何か純粋なものをわずかに感じていた。しかし構造改革派も一様ではなく、かなり胡散臭い人々が混じっていると思われるのである。来週はこの辺りを取上げてみようと思う。



07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
07/2/19(第470号)「今日の円安を考える」
07/2/12(第469号)「「女性は子供を産む機械」発言」」
07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
07/1/22(第466号)「日本の財界の変質」
07/1/15(第465号)「日本の財界」
07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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