- 中国政府の為替政策
先週、為替の動向が円高に転換するためのカギは、中国人民元の動向であると指摘した。先進国の通貨は基本的にフロート制を採用しており、原則的として政府は為替市場に介入しない(ただし日本は3年前に常軌を逸した円売・米ドル買介入を行っているが)。しかし中国人民元は依然厳しく管理されている。ところが人民元の管理は緩められ、市場の動向で決まるようになったと誤解している人が多い。
人民元については、中国人民銀行(中央銀行)が基準値を決め、一日の変動幅を0.3%(0.0234元)に制限している。これを円の変動幅に置き換えるとわずか0.35円ということになる。しかも基準値は中国人民銀行が恣意的に決める。つまりこの方法で人民元は米ドルとの連動性をほぼ維持しているのである(香港ドルは依然として米ドルに完全にペッグ)。
人民元はフロート制を一部取り入れたと言われているが、実質的に米ドルにペッグしているのと同じである。実際、人民元は2年間でわずか6%高くなったに過ぎない。05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」で述べたように、人民元の歴史は大幅な切下げの連続であった。ところが巨額の貿易黒字国となっても、この極めて不当な為替水準を米ドルに連動させることによって維持しているのである。
不当な為替水準が外資系企業を呼込み、中国は一大輸出基地になった。またわずか数年のうちに中国の外貨準備高は世界一になった。ところが中国は人民元の大幅な切上げを拒否している。中国の首脳は、人民元が安いことを認識しているが、簡単には切上に応じない。プラザ合意後の超円高で日本経済が混乱したことを教訓にしているのである。
しかし中国政府の為替政策に対する先進各国からの批難は確実に大きくなっている。特にユーロに対して米ドルが安くなっており、これに連動して人民元も安くなっている。欧州の我慢も限界に達していると思われる。中国がなんらかの措置を講ずるのは時間の問題と考える。
筆者は、人民元の切上げの可能性は小さいと見ている。おそらくその代わり変動幅を大きくして批難をかわすつもりと考えている。これなら人民元の上昇スピードを緩めることができるのである。また為替市場の自由化という欧米の要求にも一歩近づくことになる。
中国は欧米の要求である為替市場の完全フロート制導入を強く拒否している。また変動幅を即座に大きくすることにも応じない。理由として中国の金融市場がまだ整備されていない(金利は自由化されておらず、また先物市場が事実上ないなど)ことを挙げている。為替市場だけを自由化した場合、国内の金融市場が大混乱するというのである。たしかにその可能性はある。
しかし事実上固定相場を維持していることによって、中国経済に弊害が生まれている。大きな貿易黒字によって、外貨がどんどん入って来る。これを放っておけば人民元はどこまでも高くなるので、中国人民銀行はこの外貨を買い上げ、人民元の高騰を抑えている。しかしこれによって中国国内には人民元が溢れることになっている。いわゆる過剰流動性の発生である。この過剰流動性の一部は不動産投機に向かい、一部は株式市場に向かっている。
米ドルとの連動性を維持する為替政策によって、不動産と株価の高騰を生んでいるのである。先日の中国株価の下落は、短期間のうちに上がり過ぎた中国株価の調整である。為替政策を変えない状態では、中国政府の過剰流動性対策は輸出奨励制度の撤廃くらいしかないのである。
- 次の円高場面で起ること
どのような政策(筆者の予想では変動幅の拡大)が採られるか不明であるが、人民元の高くなるスピードが今より速まると考える。また時期は不明であるが、そんなに遠くはないと思われる。しかし中国政府がどの程度の人民元高を容認するのかが分からない。筆者は先進各国との協調関係を最低限維持できる程度と踏んでいる。もちろん皆が期待しているような数十パーセントの人民元高はとうてい無理である。せいぜい10%くらいのものであろう。
しかし人民元の変動こそが円に大きな影響を与えると筆者は見ている。円安が是正され円高に向かうとしても円だけが高くなることは、円と人民元との間の矛盾を拡大することになる。日本としてはとても容認できることではない。
実際、経常収支黒字国である日本と中国であっても、両国への風当たりはかなり違う。やはり最大の問題は人民元である。したがって人民元の行方がはっきりしない限り、円高圧力も大きくならないと思われる。しかし逆に言えば、人民元高の道筋が見えてきたなら、円も高くなる可能性が極めて強い。つまり円の行方は、人民元しだいということになる。
これまでの円高転換(プラザ合意後、橋本政権下)では、政府・日銀の円買・米ドル売が行われた(日米欧の協調介入という形になっているが、主体は日本の介入)。しかし次の円高転換では、政府・日銀が介入する可能性は低いと筆者は考える。一つは中国人民元の調整があまり大きくないと思われるからである。人民元以上に円が高くなる事態は、円と人民元の矛盾を拡大することになり、日本としては飲めないことである。
しかしこれは中長期的な見方であり、円が高くなり始めれば、一時的には相当の円高になる可能性がある。両方の通貨が高くなるとしても、人民元の方は中国政府によって管理されており、急騰ということは避けられると思われる。一方、円は自由市場で取引されており、大きな変動に見舞われる可能性が強い。特に投機目的の資金の流入が大きければ、思い掛けないような円高も有りうる。
筆者は、次の円高局面では、キャリー取引の動きに注目している。円高が確実となれば、外資系ファンドは一斉にキャリー取引の解消(巻き戻し)に向かうと思われる。金額が数兆円でも、短期間に巻き戻しが起れば、かなり大きな影響を円相場に与えそうである。もちろんこれに投機が加われば、円の変動幅はさらに大きくなる。
外資系ファンドにとって日本経済なんてどうでも良い存在である。人民元高が見えてきて、円高の条件が揃えば、我勝ちにキャリー取引の解消に向かうものと考えられる。先週号で指摘したように日本経済はとんだ爆弾を抱え込んだものである。これもキャリー取引の増加が円安要因に働き、日本経済にとって(日本政府にとっても)ここち良かったからである。
筆者は、為替水準の大きな変動はやはり政府の意思が働くものと筆者は考えている。今回は日米欧だけでなく、これに中国が加わったのである。それぞれの政府の思惑が為替相場を動かすことになる。
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