- 「えらいこと」が起る可能性
本誌で為替動向を二週取上げたが、ちょうど思い掛けなく為替が円高に動いた。筆者の見通しは、ジリジリと進む円安か、あるいは当分考えられないが反対に大きな円高である。何事もなかったらこれまでの延長線での極めて緩慢な円安の進行と考えていた。一方、円高になるとしたならこれまでの矛盾の蓄積(経常収支の黒字をずっと続けている国の通貨が安くなるという矛盾の蓄積)が大きいだけに、超円高ということになる。
しかしもし後者、つまり超円高が実際に起れば「えらいこと」である。日本政府は内需の不振を放置したまま、外需に頼る経済政策を続けてきた。したがって超円高は、外需依存の企業や外貨建金融資産を増やしてきた富裕層にとって大きな打撃になる。そこでこの「えらいこと」が起る可能性を今週と来週で検討してみる。
120円前後で推移してきた円が117円台になっている。きっかけは中国株の下落に始まる世界同時株安である。もっとも世界的な株安の原因は中国株価急落だけではない。米国の経済成長率の下方修正が同じ日に公表されたり、原油が値上げに転じている。さらにイラン情勢の緊迫と日銀の利上げを指摘する声もある。しかし筆者はこれら二点については疑問に思う。中国は日銀の利上げのせいにしているが、中国全人大での株譲渡益に対する課税強化法案の成立懸念が直接的な原因と見られている。
さらにNY株式市場で指数取引が停止されたため(売買が急増したことが原因でシステムが対応できなかったから)、原物株の投売りを誘い、株価急落に拍車をかけたという話も出ている。しかし中国など新興国の株価がかなり高くなっていたことが、今回の世界同時株安の背景にあったことは否めない。ところで今回の株価の下落が、為替相場の円高要因になっていることに筆者は注目している。
次に今日の情勢変化を踏まえて、今後の為替の動向を予測してみる。本誌は先々週号で今日の円安の原因を日本からの資本(資金)流出と指摘した。経常収支の黒字額以上に資本(資金)流出が常に起っているのである。さらに為替予約の減少など輸出企業の財務戦略の変化がこれに加わり、今日まで円安が続いた。これらの円安要因がどうように変化するかを予測することが、今後の為替動向を見通す上で重要である。
比較的予測が簡単なのが輸出企業の財務戦略である。これまでずっと円安が継続しており、輸出企業は為替予約を小さくしたり控えていた。さらに円安を見越し、外貨建の輸出代金の円転を止めていた企業もある。しかし目先、これ以上の円安がないとしたなら、企業は財務戦略を変えてくると思われる。
特に3月は輸出企業が来期の予算を作成する時期である。大きく円相場が動けば輸出の採算に大きな影響が出る。この為替変動リスクを避けるため、輸出企業は為替予約を付ける割合を大きくすると考えられる。そして輸出代金に為替予約を付けること自体が円高要因になる。また為替変動リスクを回避するため、手持ちの外貨の円転を急げば、これも円高の要因になる。つまりこれ以上の円安がないという認識が広まることが、円高に作用するのである。
- 株価と為替
資本(資金)流出で注目されるのは、機関投資家や個人の外貨建金融資産の購入(資本(資金)流出には金融資産購入以外に外国への直接投資があるがここでは割愛する)と外資系ファンドのキャリー取引である。まず前者は主に外債、特に米国国債の購入である。しかし最近では個人の投信を通じた新興国の株式の購入も増えている。
円安にある程度歯止めがかかったという認識が広まれば、外貨建金融資産の購入ペースは落ちるものと考える。特に外国株式については、株価下落に加え為替変動といった二重のリスクを抱えることになる。さすがにしばらくは新興国株式の投資は下火になると思われる。さらに保有している新興国株式の売却も考えられる。
しかし04/4/5(第339号)「円高は構造的」で述べたように、日本人の円に対する「自虐的な為替観」というものがある限り、外債購入の方は大幅に減るという事態はないと思われる。円の動きが落着けば、再び外債の購入が増えるものと考える。この点が株式と違う点である。
キャリー取引の主体は欧米の外資系ファンドであり、これにについてはもう一つ分からない所がある。世界的な株価の下落が始まり、たしかに一部のファンドは株式を売却し、手仕舞をしている。手仕舞に伴い、ファンドはキャリー取引によって低金利で調達した資金を日本の金融機関に返済している。これを「キャリー取引の巻き戻し」と呼び、返済のため円を調達することになる。つまり「キャリー取引の巻き戻し」は円高要因になる。
株価の下落によって、資金が株式市場から米国の債券市場に逃げている。これによって米国の長期金利は低下し、日米の金利差は縮小しており、たしかにキャリー取引の誘因は小さくなっている。金利差の縮小を日銀の利上げと指摘する声もあるが、日本の長期金利は日銀の利上げ後もほとんど変動していない(短期金利は若干上昇したが、むしろ長期金利は低下気味)。つまりもしキャリー取引の縮小があったとしても、その原因は日銀の利上げではなく、米国の長期金利の低下であり、その要因は世界的な株価下落と考えるべきである。
今回の円高の原因を探ってみると、中国などの新興国の株価下落ということになる。このように為替相場が株価動向、特に中国などの新興国の株価動向に影響を受けている。これまで無かった事態である。それだけ中国を始め、新興国の経済の存在が大きくなっているということになる。
このように株価の動向が為替相場にも影響しているのだから、今後の為替相場を占う場合、株式市場も考慮する必要があるということになる。また株価の下落を「調整」「大きな調整」「暴落」「大暴落」と四段階に分けると、今回の世界の株価の下落はやや大きい調整といった程度であろう。日本の株価も平均的な下落をしている。このやや大きい調整が暴落や大暴落のきっかけになるかどうかが注目点である。しかし筆者は今回の株価の調整は近く終息すると見ている。
今回の円相場や日本の株式市場の変動は、日中の経済が貿易だけでなく株式投資やキャリー取引といった金融の面でも繋がっていることを示している。これも世界的な金融取引が大きくなって、余剰資金が世界中を駆け巡っているからである。難しい時代になったのである。
|