平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




07/2/26(471号)
為替動向を占うポイント

  • 政府の動き
    経常収支が黒字なのだから本来は円高で推移すべきであるが、逆に円安が続いている。先週号では、経済成長が期待できない日本からの資本(資金)流出が、この円安の要因と説明した(経常収支の黒字額以上の資本(資金)流出)。資本(資金)流出は構造的なものになりつつある。したがって多少金利が上昇しても、当分この流れは変わらないと予想した。実際、先週日銀は0.25%の利上げを行ったが、むしろ円相場は材料出尽くしと円安に振れている。

    ところで利上げは日本経済に多少なりともマイナス要因と成りうるのだから、ますます資本(資金)流出を招くという事態も有りうる。つまり利上げが円高要因にならないどころか円安を助長する面がある。したがって利下げが円安要因である一方、利上げも円安要因という、おかしな状況に日本経済は置かれていると筆者は考える。


    まず経常収支が大幅黒字を続けている日本の円が、逆に安くなっていることは矛盾を大きくしている。したがってどこかの時点で円高、それも超円高に転換しても不思議はない。しかし04/4/5(第339号)「円高は構造的」で述べたように、日本には円について「自虐的な為替観」というものがある。一旦円安が続くと日本からの資本(資金)流出がどこまでも続く傾向が強い。

    橋本政権の時にもよく似た事が起っていた。経常収支が大きな黒字を続けているのに円安が長く続いた。原因は外債投資(主に米国債)の増加であった。この時は最終的に円高になったが、そのきっかけは政府・日銀による円買い・米ドル売りという為替介入であった。為替介入と言えば、円高阻止のための米ドル買いが普通であったが、この時には逆の介入を行った。


    当時、米国はGDP比2.5%という大きな経常赤字を記録しており(それでも今日の経常赤字比率よりずっと小さいが)、日本への是正要求を強めていた。この解決策が日米による円買いという奇手的な為替介入であった。それ以降、米国の経常赤字のGDP比2.5%は、危険水域という認識ができた。ところが今日の米国の経常赤字のGDP比は2.5%をはるかに超えている。

    円安が問題としてクローズアップされたのは、この橋本政権の時と85年のプラザ合意前である。もし今日の日本の円安が問題になるとしたなら、三度目ということになる。前回までの円安是正(円高への調整)は、いずれも政府主導で行われた。これは市場の調整機能(経常収支が黒字になれば円高になり、その次には円高によって経常収支の黒字が小さくなるという市場の調整機能)が弱く、為替相場の矛盾を解決するには、どうしても政府や中央銀行の介入が「きっかけ」として必要なことを示している。


    つまり為替相場の転換には、政府など外部からの刺激が必要という話になる。今日、円が安すぎるという認識は各国にある。ところがそれが円高転換に作用するほど強いものになっていない。先のG7においても、円安は問題になったが、具体的な対策は示されなかった。したがって今日の円安は当分続く可能性が強い。ただ一旦円高に転換した場合、矛盾の蓄積が大きいだけに、円高への調整はかなり大きなものになると考える。


  • 人民元の動き
    資本取引が大きい今日の為替市場においては、必ずしも経常収支に応じて為替相場は動かない。つまり為替の変動による経常収支の調整機能がうまく働かないのである。最後には、政府などによって恣意的な為替調整が行われることになる。このように為替の変動は一種の政治マターになっている。

    今日、円安は問題になっているが、それほど切羽つまった問題になっていないことを前段で述べた。たしかに欧州ユーロは対円でかなり高くなっている。しかしユーロは対米ドルでも高くなっている。したがって欧州の円安批難は大きいが、米国の円安批難はそれほどでもない。そして今回の日銀の利上げで、欧米の批難をかわしたという形になっている。


    米国は、経常収支の赤字よりもイラクの問題で頭が一杯である。米国が同盟国として米国寄りのスタンスをとる日本に、あえて不利な要求を突き付ける状況にない。概ね今日の日米関係は良好である。もしクリントン時代のように日米関係がギクシャクしていたら、対日要求も違っていたかもしれない。

    欧米は日本の経済がずっと低調なことを知っている。また日本が財政再建に迫られていることも認識しており(それが正しい認識がどうかを別にして)、日本が採れる経済政策が限られていると思い込んでいる。この状況では、急激な円高によって日本をさらに窮地に追込むことまでは考えていないようだ。そして日本以上に問題の国が現れたのである。中国である。中国の問題を考えると、日本の円安などは霞んでしまう。


    中国は巨額の貿易黒字を稼ぎ、なおかつ黒字幅が年々大きくなっている。外資導入によって製造業の競争力が飛躍的に高まったからである。しかしその背景に自国通貨である人民元を不当に安くしていることが挙げられる。これについては本誌で何回も取上げ、05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」で総括した。

    人民元を不当に安くしているため、中国の人件費はタダ同然となっており、これが魅力となって外資が中国にどんどん進出し生産拠点を設けた。この外資系製造業が中国の輸出の半分を占めている。中国は人民元を過去に何回も切下げ、為替の優位性を実現してきた。


    これまで中国は厳しく人民元を管理し、対ドルにリンク(ペッグ)させていた。しかし貿易黒字額が膨大になり、先進各国から批難を浴びることになった。これに対して中国は、2年前、人民元を3%弱切上げると同時に為替管理を多少緩めた。対米ドルの変動幅を少し広げたのである。

    対米ドルで8.3元であったものが、今日7.8元まで人民元は高くなっている。しかし元は高くなったと言われるがわずか6%である。これを今日の日本に当て嵌めるなら、120円の為替レートが113円になる程度である。プラザ合意後、円レートは240円から120円まで急激に円高になったことと比べようがないほど、今日の人民元高は緩慢なものである。


    もちろん各国は、人民元の管理をもっと緩め、変動幅をもっと大胆に大きくすべきと主張している(極論としては変動幅自体をなくし為替レートの決定を自由市場に委ねる)。しかしこのような要求を中国は飲む気はないと考えられる。実際、今日程度の人民元高でも、既に競争力を失っている分野が出ているのである。円レートの動向を占う上で、この中国人民元の行末も一つのポイントになる。



来週は今後の為替動向のまとめである。



07/2/19(第470号)「今日の円安を考える」
07/2/12(第469号)「「女性は子供を産む機械」発言」」
07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
07/1/22(第466号)「日本の財界の変質」
07/1/15(第465号)「日本の財界」
07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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