平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


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97/12/22(第47号)
  • 先週は注目される政府の動きが二つあった。一つは「所得税の2兆円減税」である。「減税」については本誌で繰り返して言っているように、ほとんど効果は期待できない。問題は政府の「財政再建路線」に変更があったかである。貯蓄過多の日本にとってこの「財政再建路線」と言うものは全く有害のものであるが、政府がこの路線を放棄したのかはっきりわからない。景気を回復させるにはまずこの路線の放棄が必要である。世間では「小さい政府」が良いことで正しいと言う主張がなされている。しかし、国債の金利動向を見ればわかるように、市場は、政府が国債を発行して、その資金で政府支出を増やすことを要請していることがはっきりしている。「小さい政府」が良いと言う考えは日本においては「迷信」である。この考えに変更がない限り景気回復は無理である。これについては来年早々に述べたい。
    もう一つは政府日銀の為替の介入の実施である。130円あたりでの介入であり、今後はこれから大きくはなれた「円安」はないと考える。その理由は3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」を参照願いたい。ここで大切なことは、今後は輸出がどんどん伸ばせる状況ではないと言うことである。つまりこれから日本が直面するであろう不況の回復に、これ以上の外需には頼れないと言うことを意味している。はたして政府が、この事態をどう考えるか注目される。


需要不足の日本経済を考える
  • 日本経済の慢性的な需要不足
    日本の経済は、ほっておくと需要不足になる体質を持っている。この需要不足を補うため輸出を行なう。そしてこの輸出が増え、各国との摩擦が大きくなり、たいていの場合はその時為替が「円高」となり、政府による「内需拡大策」が行なわれ事態を収拾してきた。これがここ25年くらいのパターンである。この結果、今日問題となっている巨額の「国と地方の累積債務」を生むこととなった。生産を行なった場合、これによって所得が発生することになる。この所得が全て消費されるか、あるいは消費されずに貯蓄された金額に相当する投資がおこなわれたなら、余剰の生産物が輸出される必要はない。また、財政を赤字にしてまでも公共事業を増やす必要はなく、今日の財政再建問題などなかったはずである。問題は、生産したものより過小の消費しか行なわない行動であり、結果として投資額より大きい貯蓄を行なう日本人の行動である。
    財政が慢性的に赤字の日本においても、過去に赤字の抑制政策を行なったことがある。この時は「消費税」の導入を意図していた。大型の間接税の導入は国民とマスコミからの反対に会っていた。政府は「増税なき財政再建」と言う路線を採って非難をかわし、「消費税導入」の地ならしを行なっていた。その具体的な政策が「中曽根内閣の行政改革」と「財政支出の削減、つまり一般歳出のゼロシーリング」であった。筆者は「行政改革」や「極めて低率のままの消費税」には決して反対ではないが、財政支出の単純な削減には反対であった。
    特に82年頃からの一般歳出と公共投資の抑制は5年間ほど続いた。このため不足する需要を求め輸出が大きく伸びた。また本来なら輸出の増加に伴い為替は「円高」になるべきところが、レーガン政権の「高金利政策」により、また日本国内に投資機会が少ないため、資金が日本から米国に流出し、為替はむしろ「円安」で推移した。この結果、経常収支の黒字は巨額となり、ピークの86年にはGDPの4.2パーセントに達した。反対に米国の経常赤字は巨額になり、日本への風当りも強くなった。この結果85年末の「プラザ合意」がなされ「為替調整」が行なわれることになった。240円まで円安となっていた為替は120円までの円高になった。これに続く日本経済は「円高不況」とそれに対応した結果のバブル景気であった。
    今年の始めからの為替の動きや政府の財政再建路線そして消費税のアップなど状況は80年代の前半と酷似しているのである。日本経済は貯蓄が過多のため政府の支出を抑えるとすぐ、輸出増加に続く一連の動きが続くのである。高度成長期には高い貯蓄率は成長率を高める働きを行なったが、経済も成熟してくると、この大きな貯蓄が問題となってくるのである。筆者は、貯蓄が大きいこと自体が問題と言うよりそれが投資として使われないことが問題と考えている。世界には、タイのように貯蓄率が大きいが、投資がさらにそれを上回っているためアンバランスとなっている国の方むしろ多い。米国や韓国もそうであり、日本のような国はむしろ例外である。その投資不足の日本で緊縮財政を行なうことがいかに危険か、80年代の前半の政策で証明済みのはずである。他の国とは体質が異なる日本で、他の国の政策を真似し、財政赤字を削減すれば、経済がおかしくなるのは当り前である。
    話はこれにちょっと関連するが、80年代の一般歳出のゼロシーリング政策により公共投資が抑制されたため、社会資本の充実がそれだけ遅れた。特に都市部の社会資本の整備が遅れたのである。この結果、バブル期の都市部への過剰な民間投資は広がりを持たず、バブルをさらに助長することになった。民間投資を生かすためにはバランスのとれた社会資本の充実が必要なのである。

  • なぜ日本は貯蓄率が大きいのか
    先進国の中で日本は貯蓄率が大きい国である。なぜ貯蓄率が大きいのか、色々仮説はあるが、これと言う定説はない。代表的なものは次の通りである。
    1. 社会保障が十分でないことが、個人の貯蓄を大きくしている
      この説は昔から言われており、かなり説得力がある。ほとんどの人は今でもこれを信じているのではないかと思われる。しかし、今日の日本の社会保障のレベルはそんなに低くはない。たしかに日本より高い国もあるが、米国などと比べてもそんなに低いものではない。健康保険にしても建て前では、「皆保険」の日本に対して、米国はこれから「皆保険」を導入しようと苦労しているくらいである。その米国の貯蓄率は日本よりずっと小さい。つまり社会保障のレベルだけでは貯蓄率の大小の説明にはならないと言うことである。
    2. 日本人は元々貯蓄が好きである
      この説も疑わしい。海外に出かけた日本人の買い物の仕方を見ても、日本人が消費より貯蓄を好むと言う性質があるとは思えない。明治の時代、郵便局ができた時、誰も貯金するものがいなかったと言う話を聞いたことがある。やはり日本人にも「宵越しの金は持たぬ」と言う人々も多いのではないかと筆者は考えている。
    3. 地域コミュニティの崩壊
      戦後、日本では人口の移動が大規模に行なわれた。つまり農村から都市への人の移動である。発展途上国でも現在この動きが起こっている。しかし、その比率と時間の短さにおいては日本以上の国はないくらいであろう。これに伴い個人の地域社会との隔絶が大きくなった。つまり、いざと言う時に隣人の助けが期待できなくなったのであり、このための備えが必要なったのである。特にこれからの高齢化社会を考えると貯蓄を行ない、これに備えると言う行動は納得できる。しかし、これだけで日本の貯蓄率が大きいことを説明するには無理がある。
    続いて、次は筆者の仮説である。
    1. 住宅価格が高いことと住宅の耐久年数が短い
      日本の住宅は高い。年収の5倍から6倍と言ったところが一般的であろう。このために貯蓄を多くする必要がある。ただ、住宅が購入する際にはこれが全て使われるので長期的には貯蓄率の大きいことを全て説明するには無理がある。同様に日本の住宅の耐久年数が短いことにより、立て替えに備えた貯蓄を必要とする。これについては9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」で述べたように、米国では住宅そのものが資産となるため、貯蓄率を高める必要性が小さいことが考えられる。逆に日本は住宅を建てた時から、立て替えのための引当が必要になるのである。これらの住宅事情の違いが、ある程度の貯蓄率の差異を説明していると考えられる。
    2. 土地代金が貯蓄として残っている
      日本の土地は高い。したがって土地の売却代金が預貯金として残っている。消費は所得に比例して行なわれる性質があるが、土地の売却代は地主にとって一時的な所得である。この金額のかなりの部分が消費されず、金融機関に預貯金として残っているのである。特に農協の貯金の多くはこの土地売却代と考えられる。
    3. 金融機関の営業努力
      もちろん個人が自分の判断で貯蓄を行なっているケースもあるが、日本では金融機関の営業活動が異常に活発なことも否定できない。生命保険の外交員が職場にも入ってきて営業を行なっているような国は他にないであろう。銀行の営業もきめ細かい。損害保険会社さえも貯蓄性の高い「積立ファンド」の販売を行なっている。つまり日本では厚生年金の天引きだけではなく、各種の貯蓄性の保険などにより、可処分所得分所得がそれだけ小さくなっているのである。つまり日本においては自主的と言うより、半強制的色彩の強い貯蓄も大きいのである。
    このように日本における貯蓄率が大きい理由は色々考えられるが、筆者は、案外「金融機関の営業努力」が大きいのではないかと考えている。

  • 「アリ」の問題点
    貯蓄率が大きいことそれだけで問題となるのではなく、それに応じた大きさの「投資」が行なわれないことが問題なのである。このため経済では需給ギャップが生じることになり、これが輸出ドライブとなるのである。そして為替が「円高」となれば輸出が減少し、国内は不況となる。これらが日本のパターンであり、この構造は変わっていない。これに投資不足に対応するため、政府は国債を発行し、その資金で公共事業を行なってこれまではバランスを保っていた。ところがその政府が財政再建のため、支出を抑えれば、このバランスが崩れるのである。今後、輸出が減少する事態になれば、経済は大変なことになる。経常収支も既にGDPの2.5パーセントの危険水域に入っており、これ以上輸出を増やせる状況にないのである。
    「アリとキリギリス」の話は誰でも知っている寓話である。「アリ」は将来に備えてせつせっと貯蓄している日本である。またこれまで「アリ」であることは美徳であり、奨励されてきた。しかし、世界中が全員「アリ」となったらどうであろうか。つまり所得の一部を消費や投資に回さないのである。この場合には生産物が売れ残り、結果的には所得が減少することでバランスを保つことになるのである。現在、日本が「アリ」でいることができるのも、他の国が日本の製品を借金しても買ってくれているからである。
    日本は世界に先駆けて「高齢化」が進んでいる国である。そのため「アリ」となってせっせっと貯蓄する動機が強くなっている。このため金利も低くなっており、物価も上昇しない状態となっている。他の先進国も、日本と同様にこれから「高齢化」が現実化するのである。このためこれらの国でもこれから日本と同様に、これに備え貯蓄率が上昇する可能性がある。つまり世界中「アリ」だらけになるのである。当然、日本一国だけが輸出を伸ばすことはできなくなるのである。米国の経済にもこの兆候である「貯蓄率の上昇」「金利の低下」の傾向が見られるのである。したがって米国でも今後は、需要不足の経済にぶつかる可能性があることを筆者は考えている。
    日本においては貯蓄率の低下が期待できず、輸出のこれ以上の増加ができないのであるから、民間投資が不足する分は政府が補わなければならない。具体的には公共事業の増加である。しかし、筆者は「未来永劫公共事業を行なえ」と言っているのではない。貯蓄額が投資額を上回る状況が続いている時に限ってこれを行なうのである。筆者はこの状況は今後15年くらい続くと予想している。これは団塊の世代が引退し、年金の受給を開始するまでである。逆にこのころには財政支出のかなりの部分を年金に回す必要になるであろう。また、それまでには社会資本も整っており、公共事業を行なう必要がない状態になっているのが理想である。それまでの15年間は低い金利を利用して公共事業を行なうべきである。元々公共事業と言うものは、ニーズはあるが民間が行なうにはリスクが大きく、収益を生むのに時間のかかるものがほとんどである。むしろ採算が良い事業は民間が行なうべきであり、公共事業に採算性を強く求めることは間違っている。また、15年と言うスパンを考えると必要となる事業としては「生活関連整備」に加え、「新幹線の整備」「都市部の交通整備」「都市部の慢性的な水不足対策」など色々挙げられる。むしろこの種の投資機会しかないと言える。また15年も経つと、金利も上昇し、このような事業はやりたくてもできなくなるのである。
    今年度から「財政構造改革」が行なわれようとしているが、筆者に言わせれば15年も早すぎるのである。この「財政構造改革」によりマクロ経済の受給ギャップが生じ、経済が不況に向かうことになる。国民が「アリ」になっているのだから、政府も「アリ」になろうとしたら経済はおかしくなるのである。

今週号は今年の最後である。2週間休刊し、次回号は1月12日に予定している。



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97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」