- 共生派と構造改革派
先週は財界の変質について述べた。財界の変質を簡単に説明すれば、「反共の砦」であった財界の構造改革派への転換である。これに伴い財界の政府の経済政策への注文は、国家経済の全体的な成長から、企業減税や規制緩和になった。ただし規制緩和とは、政府の経済への関与を小さくするという意味での規制緩和である。これは「企業の活動に政府は口を出すな」という風に捉えて良い。
企業経営者は国全体の経済のパイの拡大に昔ほど関心がなくなった。経済全体への関心が低下する一方、自分の会社の存続のみ(極端には経営者個人の存続)に興味が移った。ともすれば生き残るためには手段を選ばないという風潮が、企業、特に大企業経営者に生まれている。
考えてみればこのような方向こそが、本来の資本主義経済・自由主義経済における企業の在り方と言える。ある意味では昔の日本の企業の経営の方が奇妙だったのかもしれない(昔と言っても正確には昭和恐慌後の労資協調路線が定着した以降)。従来の企業経営は、一口で言えば日本的会社経営と言われるものである。
ここで筆者が理解している日本的会社経営というものを簡単に述べる。外部に対しては系列の重視である。販売会社なら代理店、特約店、販売店などの系列店との依存関係の強化であり、製造会社なら下請企業との協力関係の強化である。会社内部に対しては、従業員の終身雇用と年功序列賃金の維持である。
会社が長期に成長して行くなら、日本的経営は決して間違っていないと筆者は考える。むしろ日本の経済が拡大して行くなら、優秀な系列販売網や系列下請会社そして会社に忠誠心の高い従業員を確保しておくことが必要であり、このような日本的経営の方が適切であったと言える。しかしこのような日本的経営には甘えが生じることが有りうる。企業が、それほど優秀ではない販売会社・下請会社・従業員を抱え込むハメに陥るのである。
ちょっとした会社なら昔から系列企業や社員との関係を重視する勢力と、反対に厳しく対処すべきと主張する勢力があった。筆者は、前者を「共生派」、後者を「競争派」もしくは「構造改革派」と呼びたい。両者は会社内部で対立していた。
たしかに昔から共生派色が強い会社と構造改革派色が強い会社があった。前者は温情主義の会社、後者は経営に厳しい会社と評された。一般的に昔は共生派色の会社が多かったと言える。経営者も口先では構造改革派的な事を言っていても、やっていることは温情主義的という具合である。また株式を関係企業と互い持合い、株主構成も安定していた。経営危機にでもならなければ、人員整理なんてどの企業も行わなかった。
しかしいつの時代からかはっきりしないが、どの会社でも構造改革派の勢力が段々と強くなった。構造改革派サラリーマンの得意なセリフは「これから流れの早い川を一緒に渡る。これに着いて来れない者が振り落とされ、流されてしまっても止むを得ない。」などである。つまり系列でも合理化できないところは切捨てるという意味になる。社員にも厳しく成果を求めるようになった。
日本の高度経済成長が終わった頃から構造改革派は強くなり、バブル経済崩壊後、これが決定的になった。今日では「構造改革派であらずば人にあらず」という雰囲気である。しかし日本の会社から日本的経営というものが完全に消えたという訳ではない。日本的経営の名残りみたいなものは残っている。
- 財界人の成功体験
会社経営における構造改革は、国家経済における構造改革に通じる。競争を通じて企業経営の合理化を達成するのが企業の構造改革である。国家経済の運営にもこの手法を適用すべきと主張するのがみの構造改革派である。たしかに企業経営において構造改革は成果を納めた。むしろ今日存続している大企業で構造改革を経験していないところは皆無といえる。バブル経済崩壊後はどんなに温情主義の会社でも、構造改革は避けて通れなかったのである。
大企業の構造改革を通じ、効率の悪い下請は切られ、余剰な正社員は整理された。むしろ構造改革が遅れた温情主義の会社は倒産や解体の憂き目に会っている。構造改革派の完全勝利である。
しかし考えて見れば、バブル崩壊がなくとも企業の構造改革は必須であった。団塊の世代の大量採用でどの企業も人員構成はいびつになっており、どこかの時点で大きなリストラが必要と誰もが漠然と思っていた。バフル崩壊はそのきっかけになったと言える。世間体を気にする大企業でも、他がやるならうちもやるという雰囲気になったのである。時流に乗ることが得意といった構造改革派サラリーマン経営者の特徴がいかんなく発揮され、リストラは加速された。
バブル崩壊後の構造改革の影響は一企業内に留まらなかった。例えば日産自動車の経営改革が、資材納入業界にも波及し、鉄鋼メーカの合理化と再編を促した。このような経過を辿り、日本のあらゆるところで合理化が進んだ。
企業の構造改革ムードが高まるにつれ、企業のトップの資質も変わった。共生派の温情主義的な会社経営者は消え去り、合理的な構造改革派のサラリーマン達が出世して、会社のトップを占めるようになった。当然、この流れは財界にも波及し、財界は構造改革派の牙城に変身した。先週号から財界の変質について述べているが、財界を構成する大企業経営者陣の資質の変化もこれに大きく影響している。
今日の財界人は変な自信に溢れている。この背景に自分達の成功体験がある。構造改革によってバブル崩壊後の経営危機を乗切り、かなりの大企業は今日最高の利益を上げている。彼等の認識では、構造改革はやはり正しかったということになる。
構造改革派に席巻された財界は、自信を持って国にも構造改革を要求する。自分達の成功体験が元になっているから強い。そして日本経済の低迷も国の構造改革が不十分だからと主張する。国も構造改革を行えば、日本経済は停滞から脱却できると考える。一企業で正しいことは、国全体でも正しいと無邪気に信じ込んでいるのである。
例えば日本の大企業は構造改革によって過剰債務を解消してきたのだから、国も財政赤字を解消すべきと考える。またリストラで小さな本社機能を実現したのだから、国も小さな政府を目指すべきと主張する。成功体験が背景にあるため彼等は頑固である。
今日、構造改革派に変質した財界のターゲットとなっているのが国の行政機構である。民間がリストラでスリムになったのだから、官も合理化すべきというのである。公共投資などの財政支出を削減し、政府が行う事業にも民間手法を取入れるべきと主張する。いわゆる小さな政府の実現である。
たしかにこれらの主張は大衆の賛同するところである。しかしこれらが実現したとしても、本当に日本経済が浮上し国民が幸福になるのかが問題である。もちろん構造改革派の財界人は、これによって日本経済は良くなると固く信じている(信じたがっている)。
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