- 裏方財界の説明
財界の変質について語るには昔の財界に言及する必要がある。経団連が財界のリーダ格的存在であり、この経団連の会長が財界の顔ということになる。以前は経団連の会長の在任期間は長かった。特に二代目会長の石坂泰三氏(東芝社長)は12年間と突出している。初代(石川一郎・日産化学社長)から三代目(植村甲午郎・経団連事務局)までが8年から12年、四代目(土光敏夫・東芝会長)と五代目(稲山嘉寛・新日本製鐵会長)が6年、六代目(斎藤英四郎・新日本製鐵会長)以降が4年といった具合に、段々と会長の在任期間が短くなっている。
筆者などは、経団連の会長と言えば、二代目会長の石坂泰三氏というイメージが強い。石坂氏が経団連の会長であった時代は、日本が高度経済成長期であり、東京オリンピックが開催され、日本の経済的台頭が世界から注目されていた。経団連の会長は財界の顔であると同時に「経済大国日本」の顔でもあった。
しかし経団連の会長はあくまでも財界の表側の顔であった。経団連、経済同友会、日経連、日商といった財界には、表にはあまり出ない裏方の実力者というものがいた。例えば財界四天王と呼ばれていた人々が財界人として有名である。
四天王とは小林中氏(日本開発銀行元総裁・アラビア石油元社長)、水野成男氏(経済同友会元幹事・産経新聞、フジテレビ元社長)、永野重雄氏(日商元会頭・富士製鉄元社長)、櫻田武氏(日経連元会長、日清紡元社長)の4氏を指す。この他にも中山素平氏(経済同友会元代表幹事、日本興業銀行元頭取)や五島昇氏(日商元会頭、東急元社長)なども財界の裏方として活躍した。
これらの財界人は経団連の会長には就任していないが、ある意味では財界を代表する人々であり、実力者達であった。たしかに昔から財界を代表する顔は石坂泰三氏などの経団連の会長であった。しかし具体的な財界の活動を仕切っていたのは、これらの実力者である裏方である。この裏方財界人は経団連などの経済団体の幹部人事にも深く関与していたと見られる。
昔の財界は、大企業の経営者の親睦的な集いというより、もっと重要な政治的使命を帯びていた。戦後日本の共産化(赤化)の阻止である。当時はインテリと言えば左翼かがかった人々であり、主だったマスコミも共産主義・社会主義に好意的であった。労働組合も先鋭的であり、いつ日本が共産化(赤化)しても不思議ではない状況にあった。実際、都会や大都市の首長のほとんどは自民党系から革新系に変わった。財界が危機感を持つのも当然であった。
強力な労働組合が革新政党を支持するのに対抗すべく、財界は自民党を支援(金銭面を含め)した。この自民党とのパイプ役が裏方財界人である。例えば財界四天王の一人である水野成男氏が中心になり、財界がバックアップして設立したのがフジテレビである。つまりフジテレビは、革新的な朝日新聞系や毎日新聞系のテレビ局に対抗して誕生したと言える。少なくとも裏方財界人は日本という国の行末というものに関心があった。今日の財界人のような減税、年金や規制緩和といったケチな要求にはほとんど興味がなかった。
- 財界人の質の変化
しかしこれらの裏方財界人は次々に引退したり故人となり、やがて裏方組の影響力が徐々になくなった。この時期がソ連の崩壊と一致することが面白い。また偶然にもちょうどこの頃に四代目土光会長が第二臨調の会長として、行革を推進し、国民的な人気を博した。この土光会長の登場が財界の変質を決定付けた。
筆者は、ソ連崩壊に代表される世界的な共産イデオロギーの凋落が、回り回って日本の財界にも影響を与えたと考える。日本でも労働組合活動がソ連崩壊と軌を一にして下火となった。左翼・共産化(赤化)勢力も力を失うと同時に、対抗勢力であった裏方財界の存在意義もなくなったのである。反共の砦であった日経連が経団連に吸収され消滅したのも、この象徴的な出来事である。
反共という財界にとって一番重要な行動目標がなくなることによって、財界人の主張も揺れるようになった。例えば共産国家である中国への対応も割れた。財界には、財界が池田勇人元首相をバックアップしていた関係で、宏池会と関係が深かい人が多い。この宏池会が親中になった(大平外相が日中国交回復の当事者)関係で財界人にも親中派が多くなった。もっとも財界の親中派が日中国交回復を推進したという面もある。
また先週号で述べたように自民党との関係が癒着(政界と財界の癒着)と世間やマスコミに非難されたため、経団連は自民党への政治献金の斡旋を取り止めた。これにはロッキード事件とリクルート事件が大きな契機になった。しかしこれによって財界と自民党の関係がなくなったという意味ではない。以前より関係が薄くなったという程度である。例えば財界は有望な自民党の若手国会議員を厳選し、定期的な交流会をずっと続けている。もちろん安倍総理もその交流会出身の一人であった。
財界の変質には、ソ連崩壊といった外部要因だけでなく、財界人の質の変化も影響している。昔の財界人は、オーナ経営者の流れの人とか、オーナ経営者でなくとも自分達が中心になって会社を大きくした人々であった。しかし最近の財界人のほとんどは、既に大きくなった一流会社に入社し、出世競争を勝ち抜いてきた人々である。
今日の財界人はほとんどがサラリーマン出身である。ある意味では、財界人は「サラリーマンの成れのはて」ということになる。たしかに出世競争に勝ち抜くには、本人の素質に加え、実力や努力が必要である。しかしこれらに加え、さらに重要なことは「時流」に乗るということである。グローバル化と言えばいち早く海外に目を向け、リストラが必要と言われれば、リストラを主張するといった具合である。
土光臨調が行革で人気を博したら、財界人はこぞって行革や小さな政府を主張するようになった。マスコミと財界人の論調が変わらなくなった。昔の裏方財界人が、左翼マスコミの攻撃の的になる場合が多かったのとは好対照である。ちょうど日本のマスコミの論調が左翼から新自由主義に変わるタイミングで、財界も構造改革派に衣替えをしたのである。
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