- 財界の説明
日本の財界を取上げる。取上げることは、財界の主張や財界人の論調、そして政治と財界の関係ということになる。財界は文字通り会社経営者の集まりであるが、経営する会社の規模や形態は異なっており、それに応じて所属する経済団体も異なる。正確にはこれらの経済団体の活動に大きな影響持つ幹部の集まりが、通称の財界ということになる。
経団連(日本経済団体連合会)は大企業が中心である。大企業を対象にした経済団体にはもう一つ経済同友会というものがある。経団連が各々の大手の会社を代表して経営者が参加している形になっているのに対して、一方の経済同友会は経営者が個人的に参加している色彩が強い。
経済団体にはもう一つ商工会議所がある。こちらは会社の規模を問わないため、中小企業が中心となっている。商工会議所が他の経済団体と大きく異なる点は、商工会議所法という法律に基づいて設立されていることである。管轄は経済産業省であり、中小企業の経営支援目的になっており、制度融資の窓口などになっている。
ただ商工会議所の代表(会頭)は地元の大企業の代表が就いている。商工会議所は全国をブロックに別け、日本商工会議所(日商)がこれらを統括している。慣例で東京商工会議所の会頭が日本商工会議所の会頭を兼ねることになっている。
さらに小規模・零細の企業(従業員が20名以下)を対象にした商工会というものがある。商工会は商工会法という法律に基づき町村毎(市の場合もある)に設立され、商工会議所と同様の機能を持つ。都道府県毎に商工会の連合会があり、全国的には全国商工会連合会というものがある。しかし商工会の幹部は財界という位置付けになっていない。
昔は日経連(日本経営者連合会)というものがもう一つあった。別名、財界労務部と呼ばれ、労働組合に対抗するという位置付けであった。そして経団連、経済同友会、日本商工会議所にこの日経連を加え、経済四団体と呼ばれていたものが財界と称されるものであった。しかし財界も合理化が叫ばれ、2002年に日経連は経団連に吸収された。したがって残った経済三団体の幹部が今日の財界ということになる。
経済コラムマガジンで財界を取上げるのは、この財界が日本政府の経済政策に何らかの影響力を持っていると感じるからである。ただ財界の政治に及ぼす力というものがどれ程のものなのかもう一つはっきりしない。以前は経団連が企業の政治献金を取りまとめていた関係から、財界が政治に一定の影響力を持っていたと言える。
しかし企業献金が世間で問題視され、経団連は政治献金の斡旋を取り止めた。これによってたしかに財界の政治に及ぼす影響力はかなり低下した。しかし最近、経団連は、政治献金の斡旋を再開すると同時に、国政選挙にも力を入れ始めた。財界の政治への接近が近頃目立つようになった。したがって日本政府の経済政策の決定にも、財界の意向が反映される可能性が大きくなった。日本の経済政策を考える上で財界の存在を無視する訳に行かなくなったのである。
財界の顔と言えば経団連となるが、経済同友会も軽視できない。日銀の総裁は二代続けて代表幹事など経済同友会の幹部の経験者が就いており、日銀の審議委員にも経済同友会の出身者が多い。経済同友会は元々経営者個人の同好会的要素が強く、考え方も先鋭的であった。しかし最近では、比較的穏当だったはずの経団連が、だんだん経済同友会に近い考えに変質したと感じられるのである。
財界の中にあって、日本商工会議所の主張は以前とあまり変わらない。これも商工会議所が中小企業で構成されているからと思われる。経団連と経済同友会が構造改革派であり、小さな政府を指向しているのに対して、商工会議所は中小企業対策など経済に対する政府の関与を依然として求めている。
- 経団連の小さな政府指向
財界の考え方が大きく変質している。経済同友会は昔から構造改革派であったから、財界の変質と言えば財界のリーダ格存在である経団連の主張が変わったことを指す。経団連は昔から減税を主張していた。しかし以前は、景気が落込むと減税に加え、財政支出の増大による需要拡大を強く求めた。
ところが最近は、依然減税を主張するが、財政支出増大には慎重というか、むしろ反対の立場に変わった。まさに小さな政府指向への転換であり、これは構造改革派の考えそのものである。変質の芽は03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」で取上げたように、80年代前半の土光臨調あたりからあった。中曽根内閣の「増税なき財政再建」路線の推進である。今日では経団連は経済同友会と変わりのない主張を行っている。
バブル崩壊後の経済の大きな落込みに対しては、経団連も土光臨調路線を封印し、政府に大きな財政支出の増大を求めた。しかしここ6,7年は財政再建の主張が強まり、財政支出に拒否反応を示すようになった。もっとも10年前の橋本行革の時にも財界は、財政支出の削減を主張していた。
また小泉政権の表面的な緊縮財政政策(年金財政がそれまでの大幅黒字からトントンになったことを見れば分かるように、特別会計を含めた財政の実態は実質的に需要拡大政策を続けていた)が成功したと世間で誤解されていることが、財界人にも影響している。財界人も一般会計しか見ていないのである。さらに円高阻止に35兆円もの資金が使われたことも忘れている。
経団連の幹部は、小さな政府政策で日本経済が持ち直したと完全に誤解しているのである。そもそも日本経済は持ち直していない。2006年度の名目経済成長率は見通しは1.5%ということになっているが、原油やその他の一次産品の輸入価格の高騰といった外部要因を除けば、名目経済成長率は依然マイナスと見られる(デフレ気味の日本経済においては、技術進歩を加味した実質経済成長率は景気動向を見る上で参考にならない。名目経済成長率が高くならなかった原因が、原油代が思ったほど上がらなかったからという太田弘子経済財政担当大臣のばかげた説明には筆者も唖然としている)。
しかし財政支出を増大しなくとも経済は成長できるのだというこのようなデマ(だいたい先進国の中で名目GDPがずっとマイナスを続けている国など日本を除いてない)に、日本の財界人はすがりついているのである。財界が政治に影響をほとんど持っていなかった時代はこれでもかまわなかった。しかし今日の経団連が政治を動かそうと動き出しているから問題なのである。筆者は「構造改革派は一種の新興宗教」と主張しているが、まさに今日の経団連はこの新興宗教にとりつかれている。経済同友会は昔からこの宗教に入れ込んでいるが、もう少し常識があると思われる経団連までがこれに取込まれたのである。しかし財界の幹部がこのような邪教に取込まれた要因は、これ以外にもあると筆者は思われる。筆者は今日の財界の幹部達の強烈な成功体験が元となっていると考えるのである。
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