- 高速増殖炉開発の意欲の萎え
高速増殖炉の話をもう少し続ける。我が国のマスコミや識者と言われる人々の平均的な論調は「どの国も高速増殖炉を止めている」「日本を除いて高速増殖炉開発に積極的な国は皆無」というものである。どの国がやってもうまく行かないのだから、大きな金を使って高速増殖炉の開発を続けることは無駄だという話である。もちろん原子力エネルギーの全てに反対する反核グループの反対もある。しかしそれを別にしても、高速増殖炉の開発に異議を唱える人々が多いのは事実である。
たしかに高速増殖炉「もんじゅ」の事故は、そのような人々の危惧を実証した形になった。また先進各国が高速増殖炉の開発に消極的になっているのも事実である。このような雰囲気が日本の高速増殖炉開発の大きな逆風になっている。
話を進めるため高速増殖炉の開発段階をまず説明する。大きく分け高速増殖炉開発には実験炉、原型炉、実証炉の3段階のステップがある。「もんじゅ」は2番目の原型炉である。実証炉で成功した例はまだない。フランスは実証炉スーパーフェニックスを稼動させたが、あまりにも事故が多いので閉鎖してしまった。
米国は実験炉7基を閉鎖し、原型炉を開発中止にしている。英国は実験炉、原型炉とも閉鎖した。ドイツは実験炉を閉鎖し、原型炉を開発中止にしている。このように見てくると各国とも相当苦戦しており、高速増殖炉発電というものが元々無謀な技術と人々が思い込んでも無理はない。
しかし高速増殖炉開発に対する意欲が醒めた事情は、個々の国によって多少異なるようである。ドイツは反核運動が盛んになって、通常の原子力発電でさえも将来廃止する方向で進んでいる。英国は北海油田の開発で当座のエネルギーは確保された。米国は元々エネルギーに鈍感な国である。このような国々で危険極まりない高速増殖炉の開発に熱が入らなくなったのも不思議ではない。
しかし高速増殖炉開発の熱意は各国で微妙に異なる。一つのバロメータとしては、原子力エネルギー全般に対する各国の対応の違いが反映されている。例えばフランスは、原子力発電が最も盛んな国であり、少なくともこれまで高速増殖炉の開発にも一番積極的であった。つまり原子力発電に積極的な国ほど高速増殖炉の開発にも熱心と言える。
原子力発電の総発電量に占める比率は先進各国の間でも大きく異なる。フランスが突出して大きく(77%)、日本もけっこう大きい(34%)。一方、米国(22%)、イギリス、ドイツは小さい。ところで原子力発電所の建設がスムーズに行われるかについては、政府の力というものが重要という話がある。
中央政府に権力が集中している国ほど、原子力発電所の建設が活発ということである。反対に市民レベルの力が大きい国、つまり政府が世論を気にする国ほど原子力発電に消極的というのである。たしかにフランスは政府の力がけっこう強い中央集権の国のようである。日本は昔の方が国の力が強かったが、今日はそれほどでもないと言える。米国は市民レベルの力が強く、スリーマイル島の原発事故以降、原子力発電は停滞している。ドイツと英国も市民の力がやはり強いようである。
しかし先進各国で原子力発電建設や高速増殖炉開発の意欲が萎えたもう一つの原因は、石油価格の長期低迷と筆者は考える。安価な原油が容易に入手できるのだから、危険で市民から歓迎されない原子力エネルギーの開発に各国の政府の力が入らないのも無理はない。
ところがここに来て状況が大きく変わったのである。原油の高騰である。また二酸化炭素排出といった環境問題のクローズアップも見逃せない。各国の原子力発電に対する対応にも変化の兆しが見える。もっとも価格は上昇しているがウランの供給にそれほど問題がない現状では、高速増殖炉の開発まで、もう一歩踏み出す機運が先進各国にないのも事実である。
- 他国依存のエネルギー事情の改善
ここまでの話では、冒頭で紹介したマスコミや識者と言われる人々の意見が正しかったということになるかもしれない。日本ではほとんどの人々が高速増殖炉のことを「技術的に難しく危険で、各国も失敗し撤退している。日本だけがまだ執着している。」と思い込んでいる。しかしこれが事実とちょっと違うのである。
たしかに欧米の先進国は高速増殖炉に半分見切りをつけている。ところが先進国とは言えない国々、例えばロシア、インドそして中国が高速増殖炉の開発に意外と熱心なのである。ロシアは実証炉を建設中(実験炉と原型炉は稼働中)、インドが原型炉を建設中(実験炉は稼働中)そして中国も実験炉を建設中である。
注目すべき点は、ロシア、中国といった国々が中央集権型の国ということである。市民レベルの原発や高速増殖炉に対する拒否反応を押さえ付けるような体制の国である。ちょっとした事故でも公表する必要のある日本などとは雲泥の差がある。
欧米の先進各国と違って、ロシア、インド、中国など市民の力が弱い国では、原子力開発をどんどん進めることができる。事故が起っても、どれだけ公表されているのか不明である。しかしこと原子力発電所(高速増殖炉を含む)に関しては、事故の影響が他国に及ぶことを考える必要がある。技術的に未熟な国が高速増殖炉の開発に邁進することは、隣国にとって迷惑な話にさえなる。少なくとも日本は、他国に迷惑をかけるような安全を軽視した開発はやるべきではない。
高速増殖炉の全てが失敗したという話も事実ではない。世界では実験炉、原型炉レベルのもので稼動しているものがある。日本でも高速増殖炉の実験炉の「常陽」が順調に稼動している。この「常陽」は特に優秀で、77年の稼動開始以来これまでの約30年間、事故らしい事故を起こしたことがない。
つまり高速増殖炉イコール事故とは必ずしも言えないのである。ただ実験炉から原型炉、原型炉から実証炉といったステップアップに大きな困難が伴うようである。各国で事故が続いているのだから、高速増殖炉は決して簡単なものではないことは事実である。しかし筆者は、このような案件だからこそ日本は力を入れるべきと考える。他の国が失敗しているのだから、日本も手を引けと言うのはまさに敗北主義である。
高速増殖炉「もんじゅ」の事故の原因については色々なことが言われている。事故の原因は温度計を差込んだ所からナトリウムが漏れたことにある。単純なミスのようで、根が深いような気がする。
一口に技術者と言っても、原子炉を運用する者と原子炉を建設・補修する者に別れる。それぞれがグループを形作る光景がよく見られる。そして両者の間が必ずしもうまく行っていないことが考えられ、このことが事故の遠因になっている可能性がある。部外者ではあるが筆者の観測では、はたして両者の間の信頼関係やコミュニケーションに問題はなかったかということである。しかしこのような関係や問題は日本の生産現場ではよく見られることである。つまり「もんじゅ」の事故原因を究明することは、日本の生産現場の問題解決に繋がるような気がする。
さらに高速増殖炉は核兵器開発でも注目される。高速増殖炉は原爆の原料となるプルトニウムを生産する。軽水炉型原発でもプルトニウムが生産されるが、濃度が66%と低く、原子爆弾の原料にはならない。ところが高速増殖炉でできるプルトニウムの濃度は96%もあり、十分原爆の原料になる。
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」で、核融合の研究が原子爆弾の開発と隣り合せであることを話した。高速増殖炉についても同様の話になる。したがって日本の核兵器開発を気にする国は、日本の核融合や高速増殖炉の研究に神経を尖らせていると推測される。つまり我々が純粋なエネルギー開発と考えていても、他国はそのようには見ない可能性があり、様々なチェックをして来ると覚悟すべきである。
これまで述べてきたように、エネルギー問題は、単に日常生活で消費するエネルギー一般の話に留まらない。例えば国際政治の駆引きに使われたり、さらに環境問題にも影響する。さらにエネルギー開発が核兵器開発にも繋がり、各国の干渉を受けやすい。しかし日本の真の独立というものを大事と考えるなら、まず今日のような他国依存のエネルギー事情の改善が是非とも必要であることははっきりしている。
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