- 生産性アップで経済成長?
安倍新政権では「再チャレンジ政策」だけが話題になっており、他の経済政策はあまり取上げられていない。ただし経済の成長が必要という認識は新政権にもあるようだ。問題はその経済成長を実現するための方策である。
筆者なら、財政支出を拡大し、そのために必要な新規発行の国債を日銀がどんどん買入れれば良いと考える。もっともこのような政策を続けると、そのうち緩やかに物価が上昇する可能性がある。問題は日本国民がどの程度までの物価上昇なら容認するかということになる。筆者は、年率で2〜3%程度の物価上昇率(他の先進各国の物価上昇率と同程度)なら問題にならないと考える。
しかし安倍政権の経済政策のスタッフは全く違った方策を思い描いている。日本の「生産性」を向上させ、これによって経済成長を実現させると言うのだ。このための具体的施策が「減価償却限度の引上げ」「投資減税」などによる新規設備投資の喚起である。またこの延長線上で法人税率の引下げという話も出てくる可能性がある。
たしかに新規の設備投資が活発になれば、「生産性」が向上するだけでなく、乗数効果によって有効需要も増える。しかし新規の設備投資による生産力の増大と需要の増加のバランスが問題になる。新しい設備は当然技術進歩を伴うものであり、新規投資により生産力が飛躍的に増えるものと考えられる。
つまり安倍新政権のような投資刺激の経済政策が続けば、そのうち設備が過剰になることは目に見えている。この過剰設備による過剰生産物を捌くには、輸出をどんどん増やす他はなくなる。輸出が増えれば、為替は円高になる。次にこの円高を回避するには、為替介入や資金の海外流出を促進することが必要になる。このように安倍新政権の基本的経済政策の結末は、小泉政権で行われていた政策とそっくりということになる。
さらに言えば、このような経済政策は中国の経済政策と極似している。しかし為替管理を含めた中国の経済政策には、世界から非難が集まっている。今のところ非難は中国に集中しており、それほど日本に及んでいない。これも小泉首相のブッシュ政権への追随政策が功を奏していたと筆者は考える。そして安倍政権下でも最終的に同じような経済政策を続けようとしているのである。
日本の経済政策がこのように窮屈なものになっている原因は、「プライマリーバランスの回復」というもう一つの基本政策の存在である。この結果、財政再建と経済成長を同時に達成するという矛盾した政策目標を実現するという何とも奇妙な発想の政策が生まれるのである。これまでこの矛盾は、特別会計の黒字幅の縮小と大量の為替介入で解消されてきた。
日経新聞を開けば、今日の財政再建政策と経済成長は矛盾しないという解説で溢れている。証券市場関係者の「これまでの小泉政権の財政再建路線が安倍政権でも踏襲されることで安心感がある」という間抜けな声まで紹介されている。もし財政支出の削減や増税をすれば日本の経済が成長するのなら、「10年後にプライマリーバランスの回復」なんてけちなことを言わず、ただちに財政支出を半減させ、大増税をどんどん行えば良いのである。
- 妄言の発信者
生産性という言葉がしっかりと定義されないまま一人歩きしている。前段の安倍新政権の経済政策の話でもこの生産性というものがキーワードになっているが、もう一つ実態がはっきりしない。生産性が向上したから経済成長が達成されるという考えである。しかし経済成長が実現したから生産性が向上したという見方もあり得る。
本誌でもこれまでこの「生産性」について所々で取上げてきた。01/9/10(第221号)「「生産性」と「セイサンセイ」の話」がその代表であろう。さらに生産性と経済成長については、05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」と05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」で取上げた。筆者の考えを先に申せば、少なくとも日本においては、生産性が向上して経済成長が実現するというより、経済が成長すれば自然と生産性が向上するという側面が強いということである。
よく計量経済学者が生産性と経済成長の関係を分析している。「経済成長率3%のうち2%が生産性の向上分(残り1%は資本と労働人口の増加分ということになる)」といった具合である。こんな話を早とちりすれば、生産性を上げればどんどん経済成長率が大きくなるといった錯覚を生む。
これにはミクロの経済単位である企業の生産性が上がれば、国全体の生産性が上がるということが条件となる。しかしこの前提条件として生産性を上げた企業の生産物が全部売れる必要がある。企業が新規設備投資を行い、さらにリストラを行って生産性をアップしても、もし生産物が全て売れれば問題はない。たしかに一つの企業に限って言えば、このようなことは有り得る話である。いわゆる勝ち組企業である。
しかし日本経済全体を考えるとこのような話は成立たない。一方ではリストラされた従業員、納入価格を引下げられた下請業者の関係者の所得が減り、この結果これらの人々の消費が減るからである。生産性を上げれば日本の経済は成長するという論者はこの点を誤魔化す。リストラされた従業員や下請業者はもっと生産性の高い生産分野に移行するととぼけたことを言っている。
実際に小泉政権下で行われていたことは、為替介入や資金の海外流出を促進(低金利などによって)による購買力の海外移転(端的に言えば輸出の増加)と政府部門全体での貯蓄の減少(一般会計だけに限れば緊縮財政のように見える)によって総需要の不足を補ってきた(誤魔化してきた)。これによって生産性の向上と経済成長(名目ではほとんどゼロ成長であるが)が両立していたような錯覚を人々に与えているのである。
生産分野別の生産性にも誤解がある。企業のコストには固定費と変動費がある。売上が急激に減少した場合、変動費はそれに応じて減るが、固定費は直には減らない。これによって企業の生産性は落ちる。しかしこれは需要が減ったから一時的に生産性が低下したのである。そこで企業も時間を掛け、固定費を削減する。リストラや各種の経費の削減によって固定費は減少する。
バブル崩壊後の日本において、生産性が低下した産業がやり玉に上がった。建設・土木業界や流通業である。ある計量経済学者は、このような生産性の低い産業を排除すれば日本の経済成長率は高まると主張した。これに何も考えないエコノミストや論者が飛びつき、一頃このような業界が日本経済の足を引張っていると騒がれた。
この妄言のような経済理論に対して、稼働率が考慮されていないという反論があり(当り前の話)、この計量経済学者は非難された。どうもこの学者はその後アメリカにずっと行ったきりで、どういう訳か日本に帰っていないようだ。しかしこの妄言経済理論をいまだに信じている人々が多いのには驚く。実際、建設・土木業界や流通業でリストラされた人々がもっと生産性の高い分野に移った気配は全くない。どうも安倍政権の経済政策チームはこの妄言経済理論の信奉者ばかりのようだ。
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