平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




06/9/18(451号)
ポスト小泉の経済と対米外交

  • ポスト小泉の経済
    9月20日に自民党の新総裁が決まる。筆者は新しい総裁が選ばれるという事より、小泉純一郎という人物が一線から去ることに興味と関心がある。もっと正確に表現すれば小泉首相という個人ではなく「小泉的なるもの」の行末である。ポスト小泉においては、当然、政治や経済政策にも変化があるものと考える。

    安倍政権は小泉政権の継続という話がマスコミを中心に出ている。しかし06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」で述べたように、マスコミ人は「小泉政権は自分達が作った」という自惚れがあるから、このような希望的観測を行っているのだ。おそらく安倍政権においては、少なくとも小泉首相の影響力はほとんどなくなると考えて良い。


    「小泉的なるもの」の没落は一年前あたりから既に始まっている。小泉退陣によってこの流れは加速されると見る。さっそく竹中平蔵大臣が参議院議員を辞めるという報道がある。本誌はこの人物を02/10/28(第271号)「竹中平蔵大臣の研究」で取上げたことがあるが、実に怪しい人物である。今回の辞任劇に関しても色々な憶測が流れている。

    このようにこれまで「白」と持上げられていたものが一瞬にして「黒」と言われる。まさに世の中の流れというものは「オセロ」のようなものである。この「オセロ現象」がどこまで行く着くのか注目される。ある意味ではこのようなことが新政権の性格を決定付けるとも言える。これを分りやすく言えば「新政権はどこまで構造改革派を切れるのか」と言うことである。


    ポスト小泉の経済についても簡単に述べる。小泉政権の5年半は、経済政策の「空白期間」であった。その影響もあり、日本の名目GDPはほとんど変わらない。世界中どの国も経済成長をしているのにである。経済が成長しなかったのは世界中で北朝鮮と日本ぐらいである。それにもかかわらず、小泉政権の経済政策を誉めているエコノミストやマスコミ人が山ほどいる。目が曇っているのか頭がおかしいのである。

    小泉政権下では全体のパイが変わらず、富の分配が変わっただけである。雇用者所得が減り労働分配率が下がっているということは、会社の利益と株主への分配が増えたことを意味する。構造改革派が言っていた「一時的に会社の利益と株主への分配が増えても、これによって投資が増え経済が成長し、最終的には雇用者の所得が増える」というセリフは大嘘ということが証明されたのである。

    だいたい最終需要が増えないのに、設備投資だけがいつまでも増え続けるはずがない。これは減り過ぎた投資が幾分増えただけであり、それも今がピークで今後は再び減る可能性が強い。外需だけに頼る日本経済の限界である。


    全体のパイが増えない中で大都市の経済が好調ということは、地方の経済がそれだけ不調ということを意味する。同様に輸出企業が利益を出している反面、内需関連の企業は落込んでいる。また大企業の業績が良く、一方中小零細企業の不振が続く。これらの経済の一連の流れは、明らかに小泉政権の構造改革政策を反映している。

    筆者は、小泉政権がそれほど積極的に構造改革を押し進めたとは考えない(もちろんある程度の構造改革を行ったのは事実であるが)。むしろ何もしてこなかったのである。日本経済というものは、何もせずに放っておけば、今日のような状況になる体質を持っているのである。しかし何もしなかったはずの小泉政権の下で政府の借金だけが増え過ぎている。一部は大都市の輸出関連の大企業の利益となっていることは理解できる。おそらく残りは海外に流出したものと見られる。例えば35兆円の気狂いじみた為替介入資金もその一部である。


  • ポスト小泉の対米外交
    ポスト小泉の対米外交にも簡単に触れる。政権が変わっても、日米関係に大きな変化はないものと考える。これは誰でも思っていることであろう。あまりにも陳腐な話なので申し訳がない。

    歴代の政権の中でも小泉政権は親米派ということは認める。しかしもっと正確に言えば、「親米」政権と言うより「親ブッシュ」政権と言うべきであろう。米国政府全体、あるいは米国民が小泉政権を全面的に信頼しているとは思えない。しかしもちろん日米が対等ということもない。米国政府関係者の間では小泉首相のことを「軍曹」と呼んでいるという話があるくらいだ。

    ところで世界の親ブッシュ政権が次々と退陣している。スペイン、イタリアの親ブッシュ政権に続き、来年は英国のブレア首相の退陣が決まっている。小泉首相が退陣すれば、残る極端な親ブッシュ政権はオーストラリアぐらいになってしまう。今後はイラク戦争への関与に見られたような、すぐに米国に同調する国も極めて少数派になると思われる。


    小泉政権が親ブッシュ政権であったことのメリットはあった。小泉首相が政権を維持できた大きな要因を「りそな銀行の救済」と「35兆円という常軌を逸した巨額の為替介入」と筆者は見ている。もし小泉政権が親ブッシュ政権でなければ、米国は2003年初頭の巨額の為替介入に当然クレームを付けたはずである。

    ブッシュ政権は、小泉政権を守るためこの為替介入にさしたる文句を言っていない。小泉政権は、この為替介入とりそな銀行の救済(これ以降日本の株価は急騰する)によって2003年の経済危機を回避することができた。そしてこの経済危機の回避によって同年秋の総裁選で自民党の総裁に再選されたのである。明らかにブッシュ政権は小泉再選をサポートしたのである。ブッシュ政権の対応を見て、経済人もこぞって小泉再選支持に回ったものと見られる。


    戦前と違い、日本は覇権国ではなくなった。覇権国にとって外交というものは重要であるが、覇権国ではない今日の日本にとって外交はどうでも良いものになっている。対米関係だけを見ておれば良いという状況であり、誰が外務大臣になってもかまわない。田中真紀子外務大臣はこの対米外交で躓き更迭された。今日の日米関係を「日本は米国の属国」という人がいるが、筆者は「日本は米国の保護国」という表現の方が現実に近いと感じる。

    しかし50年後、100年後を見据えた場合、日本は覇権国を目指すのか、あるいはそう(具体的には商人国家のまま)ではないのかの決断に迫られると考える。筆者がここで言う「覇権」とは、もちろん他国を侵略するといった類のものではない。自主独立、そして自主防衛といったものとご理解願いたい。


    日本にとって米国は最も重要な国である。しかし米国にとって日本の重要度はこれよりぐうっと落ちる。このアンバランスが案外軽視されている。米国とっては英国やカナダ、あるいはロシアなどの国々の方が重要であろう。おそらく日本はその次ぎのフランス、ドイツ、メキシコ、オーストラリア、中国といったグループと同じくらいの重要度の国に位置していると筆者は見ている。

    このような状態では、有事の際、いくら保護国であっても日本にどこまで肩入れできるのか分からない。日米同盟と言っても未来永劫続く保証はないのである。特に2年後にブッシュ大統領が退陣すれば、米国の対日政策も変わる可能性がある。筆者は、ポスト小泉政権では、はたして日本が「覇権」を求める国になるのか否かの決断に迫られるのではないかと密かに注目している。もっとも誰が首相になってもこの決断は難しいと考えるが。



今週中に自民党の新総裁が決まる。来週も引続きポスト小泉について述べる。

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06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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