平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


来週から夏休みで休刊、次回号は9月4日号になります。

06/8/7(448号)
郵政改革と宗教戦争

  • 特定郵便局の概略
    昨年の郵政改革を巡る騒動が何であったのか、意見の別れるところである。先週号で述べたように、表面上は改革の賛成派と反対派の間でデマとも受取られるような議論の応酬であった。参議院で改革案は否決された後、衆議院は解散され総選挙が実施された。この選挙で改革推進派の候補者が多数当選し、一転して参議院で改革案は可決成立した。

    この過程で、郵政改革に反対した有力議員は自民党を追われた。自民党の郵政部会の混乱あたりから、マスコミや世間はこの郵政を巡る騒動に関心を持ち始めた。しかし9月に小泉政権の内閣改造が行われ、郵政改革法案が参議院で可決すると、一転して皆の関心は薄れた。今日となっては、郵政改革に興味を持つ者など全くいないのではないと思われるほどである。


    まず郵政の話を進める前に日本の郵便局の分類について簡単に説明する。大きく分けると郵便局には、日本郵政公社直営の普通郵便局と特定郵便局長が経営する特定郵便局がある(この他に簡易郵便局があるがここでは話を省略する)。先週号で取上げた問題は主に普通郵便局に関わるものであった。今週はもう一つの方の特定郵便局を取上げる。

    特定郵便局は全国に約1万8千局ある。明治4年(1871年)に日本の郵便制度は発足した。明治政府は、この郵便制度の整備を急ぐため、局長に地域の有力な名士を据えた。多くの名主や庄屋と言われた人々が、私財を提供し郵便事業に携わり、日本の郵便事業は急速に発展した。今日の地方の特定郵便局長のは、これらの地方の名士の後継者ということになる。この点が郵便局員のOBが多い都会の特定郵便局長と異なる。


    特定郵便局長は国家公務員であるが多くは世襲されてきた。これに対して国家公務員が世襲されるのはおかしいという話になり、一応特定郵便局長になるための任用試験の制度が設けられた。話によるとこの試験のポイントは特定郵便局長に相応しいかといった人物評価が中心になっている。他人の金を預かったり、信書を扱うということになれば、このようなことが重要になることに納得は行く。この結果、世襲ではない特定郵便局長の割合が段々と大きくなっている。

    ところでこれまで地方の特定郵便局長の政治力というか、集票力は大きいとされてきた。ただし正確に言えば、特定郵便局長は公務員であり政治活動に携わることができないため、選挙の際に実際に選挙活動を行うのは特定郵便局長のOBである。しかし特定郵便局長だから集票力があるのではなく、地域で人望が篤い人々が局長になっているから集票力があるという解釈が成立つ。


    民営化を進め採算を重視する郵政改革は、このような地方の特定郵便局の整理に繋がることがはっきりしており、特定郵便局長はこぞってこれに反対した。実際、郵政民営化に伴って、特定郵便局の整理と特定郵便局長の転勤制度という話が出ている。つまり特定郵便局長会の危惧していた事態が現実化しているのである。

    地方は過疎化によって、市町村合併などによる行政の合理化が進んでいる。補助金や地方交付金のカット、さらに公共事業の削減が行われている。そしてこれに追討ちをかけるような特定郵便局の整理である。このような話は昨年の郵政改革論議でさんざん聞かされた。しかしこのような話は事実ではあろうが、あくまでも表向きの話である。郵政改革騒動で全く触れられてこなかった重要な部分があると筆者は見る。


  • 平成の物部氏と蘇我氏の争い
    一年ほど前、ある会合(飲み会)で二人の神主さんとお話する機会があった。二人とも神主であると同時に地方の特定郵便局長であった。お二人の話によると、地方の特定郵便局長には神主の方々が極めて多いということである。いわゆる「村の鎮守」の神主である。「村の鎮守」は地域住民のある意味で精神的なよりどころであり、地域共同体コミュニティーの中心である。しかし神社からの収入は知れており、まさに「村の鎮守」を維持するための経済的基盤が問題となっている特定郵便局ということになる。

    過疎化や農業収入の減少によって、地域のコミュニティーはガタついている。そこに郵政改革によって、特定郵便局長という地域の取りまとめ役的人物の経済基盤が失われる事態が起ろうとしている。そして特定郵便局長に神主の方が多いということは、「村の鎮守」の行末が怪しくなったということを意味する。


    特定郵便局長会は、自民党の重要な集票組織であった。郵政改革はこの特定郵便局長会の意に反するものであり、普通なら自民党は特定郵便局長会の意向に反するような改革の進め方はしないものである。しかし何と自民党はこの大切な支持組織をバッサリと切って捨てたのである。当然、自民党の内部では議論が割れた。郵政改革反対派は、特定郵便局長会をバックに民営化推進派に異を唱えた。

    これはあまり報道されていないが、自民党の改革派だけでなく、郵政改革を強く押し進めた一大勢力がある。公明党である。最終的に、公明党を取るのか特定郵便局長会を取るのかの選択を自民党の国会議員は迫られたのである。これによってそれまで優勢であった改革反対派が腰砕けになった。


    特に都会の自民党議員は公明票に大きく依存しており、公明党のこの脅しが効いた。一方、特定郵便局長会をバックにした郵政票は年々小さくなっている。自民党全体としては、郵政票を捨て、公明票を取ったという図式になる。

    しかし見逃してならないのは、公明党が巨大宗教団体をバックにしていることである。いや巨大宗教団体そのものが公明党と言った方が正確である。この新興宗教団体の特徴は日本的でない点である。そしてこの新興宗教団体は大都市で多くの信者を獲得しているが、どうしても入り込めないの地域がある。特定郵便局が配置されているような片田舎である。ちょうど06/6/5(第439号)「美しくない話」で取上げたような原日本人が住むような地方である。

    このような地域の人々の精神面と文化・伝統面を支えいるのが神社(村の鎮守)である。そして多くの特定郵便局長が神主ということは、郵政改革を巡る争いは、巨大新興宗教と日本の古来からの伝統宗教との対決ということを意味する。ちなみに郵政改革反対派の首領、綿貫民輔元衆議院議長は自らが宮司であり、神道政治連盟国会議員懇談会の会長でもある。つまり今回の郵政改革騒動は、ある意味で宗教戦争という側面を持ち、まさに「平成の物部氏と蘇我氏の争い」のようなものと筆者は理解している。


    自民党は公明党と連立を組むようになってから変質した。表面上は改革派の跋扈である。しかしそれは一面であり、本質は自民党の公明党化である。実際、公明党の選挙協力なしで当選できるのは、それこそ地方の有力議員候補だけである。

    郵政改革などのように旧来の支持層を切捨てる構造改革政策が続き、自民党の公明票への依存度はますます強まった。このような大変な事態に気付いている自民党の政治家もいるが、既に手後れのような気がする。票を得るため支援者の名簿を公明サイドに渡している議員も多く、公明党の意向に逆らってはまず当選しない議員の集まりが今の自民党である。


    日本では日本に古来からある宗教とは異質の新興宗教が周期的に流行り問題を起こしている。マインドコントロール系の宗教である。分りやすい例は霊感商法や合同結婚式で問題になった宗教団体である。数年前、文芸春秋にこのような宗教のルーツが朝鮮半島の北部にあることを指摘した記事が掲載された。

    朝鮮半島には昔からこの種のマインドコントロール系の土俗的な宗教があったと言うのである。このような宗教群は、時おり他の宗教、例えばキリスト教や仏教の教義を取入れ、多くの熱心な信者を集める。仮にこのような宗教が日本の政治に食い込もうとしているとしたなら、我々としても大いに関心を示す必要がある。



来週から3週間、夏休みで本誌は休刊する。次回は9月4日号である。

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06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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