- 郵政改革論議の混乱
ちょうど一年前の今頃は、郵政改革を巡って、自民党を始め政界は混乱の極に達していた。郵政改革に批判的な自民党の議員の中には、党を追われ郵政解散の総選挙で対立候補、つまり「刺客」を送り込まれ政治生命を断たれた者も多数いた。この郵政改革を巡る大混乱を契機に、自民党が大きく変質した。いや以前から自民党の内部で密かに起っていた地殻変動が、郵政改革をきっかけに表面化したと言う方が正確かもしれない。
本誌は、郵政改革についてほとんど取上げてこなかった。この一つの理由に、郵政改革反対派の主張が「郵政改革が米国の対日要求に基づくものである」とか「郵政民営化によって、郵貯から大量の資金が米国に流出する」と言った風に米国の陰謀説に片寄ったことを挙げたい。どうしてもこの主張に筆者はピンとこなかったのである。
3ヶ月ほど前、筆者はある酒席で米国の対日要求を取上げた関岡英之氏と話をする機会があった。あまり時間がなかったので詳しくは話はできなかったが、氏は郵政に関しては米国の対日要求の中心は、簡易保険という話をしておられた。米国が日本の簡保の優位性をなんとかしろと言っている話と筆者は理解している。
米国の保険業界は、政治力が極めて強く、これまでも日本市場への参入について特別の計らいを受けられるよう、米国政府を通じて日本政府に要求をしていた。典型的な例は、ガン保険など第三分野の保険の独占販売などである。米国国内で斜陽産業となった保険会社は、政治力を使い各国への進出で活路を見い出そうとしているのである。関岡氏の話は納得の行くものであった。
郵政改革推進派は、「郵政をこのままに放っておくと、そのうち国鉄のような大赤字になり、大きな財政赤字を抱える日本はこれに対処できなくなる」とか「財政投融資の原資となっている郵貯・簡保の改革は、構造改革の本丸だ」という明らかなデマを飛ばしていた。一方、反対派は米国の陰謀説に走ったのである。
一年経った今日、郵政改革が改革の本丸なんて言っている者なんて皆無である。しかし郵政改革によって日本から米国にどんどん資金が流出すると本気に思っている者もほとんどいないであろう。このように郵政改革騒動では、互いにデマめいた議論を放ち、空中戦が派手に行われたと筆者は理解している。しかし郵政改革に関しては、もっと別のところに本質があると筆者は考えている。
郵政改革を、最近の「三位一体政策」や「市町村の合併促進」などをも含むある種の大きな流れの中の一つと捉えている。それを端的に説明すれば「日本の非日本化運動」である。特に郵政改革に関してしては、古来からの日本の伝統を受継ぐ地域の生活基盤の破壊だけではなく、精神的・宗教的基盤の変革を伴うものと考える。来週再び取上げるが、筆者は郵政改革を巡る対立が一種の宗教戦争の側面を持つと見ている。
- エンデバーと郵和
改革の対象となっている郵政の現場について述べる。郵政改革推進派は、郵政の現場は非常に非効率的であり、民営化をせざるを得ないような事を言っていた。マスコミはこれに便乗し「民営化しなければどうしようもない」というムードを煽っていた。まるで郵政改革を行わなければ、日本が沈没するような言い草である。このようなマスコミの度重なる扇動活動によって、特に郵便局に不都合を感じていないという世論が、いつの間にか「改革は必要」に変わった。
しかし漏れ伝わってくる話を総合すると、郵便局は民営化する前から既に民営化がかなり進んでいたと見られる。郵便局の職員にも年間で相当額の郵政の商品を売ることがノルマとして課せられている。公務員なのに売上のノルマがあるのである。郵便局員は互いに郵便局の通信販売を利用して中元・歳暮を送っ合ったり、切手やエクスパックという投函パック(料金前払いの定型の小包便)を大量に金券ショップに持込んでいる。このように郵政事業の採算は、郵便局員の持出しによって支えられている面もある。単純に考えれば独立行政法人から民間会社になるということは、この傾向がさらに強まることを意味する。
しかしこのような民間の経営手法の郵便局への導入がしばしば大きな問題を起こしている。5年前の文芸春秋01年7月号に毎日新聞の記者、大平誠氏が「ダイレクト(以下DMと略)郵便局の犯罪」という文章を寄せている。これは関西で起った「エンデバー事件」「郵和事件」というものを主に取上げ、郵便事業に関わる不正を告発したルポである。これはDMの大量発送に伴う別後納郵便の割引制度を悪用した詐欺事件であり、関係者の贈収賄事件にも発展した。
DMの大量発送には最高48%の割引が適用される。これに着目し、DMの発送を取りまとめる業者が現われた。各社からDMを集め、まとめて郵便局に持込めば、より大きな割引率が適用されるからである。しかしこれに不正が発生した。
不正が発生した原因は、この割引制度と郵便局に課せられたノルマが結びついたからである。予算達成のノルマは、地方の郵政局、郵便局、担当課毎に設定された。つまり郵便局同士が競争関係に置かれたのである。毎月大量のDMを持込んでくれる業者は、郵便局にとって優良顧客である。
郵便局は、重いノルマを達成するため、とうとう不正な形で値引きし、DMを掻集めるようになり、悪質な発送業者との間に癒着が生まれた。具体的な不正の方法は、実際より発送数を減らして配達料を算出するのである。極端な場合、10分1の数に誤魔化していたケースもあった。DM発送業者はとにかく配達料を安くする郵便局に持込めば良いのである。
「エンデバー」や「郵和」もこのようなDM発送業者である。不正はDM発送業者、郵便局員、郵便局員のOBでDM発送業者に天下った者などの間で起った。かくして東京で集められた大量のDMが関西の郵便局に持込まれた。つまり東京で集められたDMが何十台ものトラックで関西に送られ、それがそのままそっくり東京に送り返され、最終的に関東の個々の送り先に郵便物として配達されていたのである。しかし郵便事業全体で見れば、大損していることになる。
郵政事業は独立採算制であり、国からの資金投入はない。つまり郵便局は元々民間に近い手法で経営がなされていたのである。むしろノルマが強化されれば、いつでも「エンデバー事件」「郵和事件」などを引き起す下地があったのである。これらの事件は98年頃表沙汰になったが、犯罪が大掛かりに行われ始めたのは95年頃からであった。これらの一連の事件をきっかけに、郵便事業の監察制度は強化されたと推察される。
しかし最近、長岡郵便局で同様の不正が発覚した。どうもこれも氷山の一角という気がする。やり方が巧妙になっただけということことも考えられるのだ。民営化が視野に入り、郵便局の統廃合は必至である。したがって成績の悪い郵便局は、不正な方法を使っても収益を上げるようインセンティブが働くと考える。このように「民営化」がバラ色だと説明していた郵政改革派は、現実を知らない大ばか者か、あるいは嘘つきである。
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