- テレビ番組の予選会
先週号まで話をしていたテレビ番組の予選会(オーディション)に出場するため、筆者は六本木ヒルズの一角にあるテレビ局に出掛けた。結果を先に申せば、この予選会(オーディション)で落ち、筆者のテレビ出演はなくなった。しかし予選会の様子もテレビ番組の中で放映する可能性があるということで、カメラが回され、予選会は本番さながらの様相だった。
審査員は、勝谷誠彦氏と松居一代さんであった。筆者はトップバッターで予選会に臨んだ。5分くらい用意してきた原稿をもとにプレゼンテーションを行った。しかし正直言って、あまりうまく行かなかった。その後、審査員からいくつかの質問があり、これらに答えた。勝谷氏は「最初から私の関心のあるテーマですね。日本の第三セクター鉄道はほとんど乗った。」と興味があるといった反応であった。そして第三セクター鉄道の具体的な再建策などいくつかの質問があった。また松居一代さんは本誌の読者の反応を聞いてこられた(冒頭の自己紹介で経済コラムマガジンのことを話したため)。
筆者は、出番が終わると観客席に座って、他の人の発表を聞く立場になった。しかしこう言ったら何だが、筆者が見聞きした限り他の出場者の発表もあまり興味を引かれるものはなかった。なんとなくテーマと発表内容が皆「しょぼい」のである。これでは番組で視聴率を取るのは難しいと感じた。もっとも私のような門外漢と、いつも激しい視聴率競争を行っている制作スタッフとは見方が全然違うのであろうが。
4,5人の予選出場者のプレゼンテーションを見聞きした後、お役御免となった。控え室に戻り旅費・交通費を精算してもらい帰路についた。六本木ヒルズを後にしたのは午後6時過ぎで、ちなみにこの四日後の同時刻に同じ敷地内にあるライブドアに検察の強制捜査が入った。
テレビ番組用の台本として「第三セクター鉄道の救済案」と「年金改革案」を苦労して作ったが、これだけにしておくのはもったいないと感じられた。そこで翌日、ある自民党の国会議員と国民新党の事務局にこれらを持参し、それぞれの説明を行った。しかし意外と言って良いほど、第三セクター鉄道の話に大きな反響があった。
特に国会議員の地元が雪国ということもあり「まったくその通りである。実際、今年のような豪雪になれば、雪国は鉄道にしか頼れないのだよ。」と言っておられた。国民新党の事務局長も大きな興味を示しておられた。やはり地方では第三セクター鉄道が大問題になっているという話である。今日の中央集権になっている日本のメディアは、地方のこのような問題をほとんど取上げていないだけである。
さらに国民新党の事務局からもっと衝撃的な話を聞いた。もちろん第三セクター鉄道の問題もあるが、JR本線でさえ大変という話である。不祥にも筆者も気が付かなかったが、高山本線の猪谷−飛騨古川間が平成16年10月20日の台風被害で寸断されたまま復旧のメドが立っていないという話である。ちなみに高千穂鉄道は、その一年後の台風被害で廃線が決まった。一方、高山本線は川沿い(宮川)の線路が流され、復旧には100億円単位の費用が必要なため、店晒しの状態で、猪谷−飛騨古川間は代行バスが運行されているという話であった。
たしかに100億円単位の経費を使って猪谷−飛騨古川間を復旧しても、JR東海にとってほとんど収益が増えるということにはならない。民営化されたJRにとっては、損害を受けた区間を放っておいて、代行バスでも運行させておいた方が経営的には合理的である。むしろ株主からは、そのような余計な経費を使うことに反対が出てきそうである。特にJR東海は外人の持ち株比率は大きく、へたをすれば株主代表訴訟という事態も考えられる。
それにしても日本海側と大平洋側を結ぶ高山本線が、寸断されたまま放っておかれているというのはまことに「美しくない話」である。しかしここに巨費を投じることには経済的な合理性はない。構造改革派の人々なら、永遠に代行バスを走らせておけということになろう。筆者もこの件には興味があり、時々インターネット検索で事の進展を観察している。どうも最近になって、JR東海が100億円の予算で19年の復旧を決めたような話が載っていた。もしそれが本当なら、その経緯や費用の負担の仕方など詳しい話を知りたいものである。
- 原日本人が住む所
テレビ番組の話があった時、最初は躊躇した。しかし06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」で『「いきなり政治家に動いてもらおうとしても無理がある」と、また「政治家もなかなか動かない」と指摘し、政治家を動かしたいのなら「まずマスコミを動かす」』と話した。つまり政策を推進したいなら、まずメディアで訴えることが極めて有効なのである。その意味では今回は残念ながら第三セクター鉄道問題を世に問うチャンスを逃した。
ただ思いがけず第三セクター鉄道問題が、今日の日本社会の問題を象徴していることに気付いた。地方経済の疲弊、地方社会の切捨て、官業の無闇な民営化による弊害などである。官業を民営化すれば全てが良くなるという風潮が今日の日本にはある。しかし人々は鉄橋などが台風などの自然災害で被害を受けると、最悪の場合、簡単に廃線の憂き目に会うという現実に思い到っていない。したがってこれらに対して何ら対策が考えられてこなかったのである。
構造改革派は、経済の効率化を求める。この流れであたかも企業経営の効率化を政府や地方自治体の行動に当て嵌めようとする。したがって公共物でさえ「採算」を第一に考えようとしている。「無駄な道路を造るな」「整備新幹線は不要」「本四架橋は3本も不要」と言った具合である。
第三セクター鉄道問題に対する政府の対応には非常な冷たさを感じる。むしろ第三セクター鉄道などは全部さっさと廃線にしろといった雰囲気である。一般大衆も旧国鉄時代の大きな赤字の原因を、第三セクター鉄道に衣替えしたような地方の赤字路線と誤解している。国鉄時代は全ての部門が赤字体質だったのである。この一つの原因に戦後満州国からの引揚者を国鉄が積極的に受入れたといったことがある(正確には国の方針によって受入れさせられた)。元々鉄道事業は決して大儲けできる商売ではないが、第三セクター鉄道は経営努力によって赤字額をかなり圧縮している(先週号で述べたように赤字鉄道35社の合計の赤字額はたった年間38億円)。ところが人々はいまだに地方の鉄道は大きな赤字をタレ流していると思い込んでいるのである。
筆者の知人に地方の過疎化問題に関わっている人物がいる。この人は時々中央官庁にも顔を出すことがある。あの時隣の部屋から「なにを過疎地対策」といった笑い声が聞こえて来たという話をしていた。高級官僚にとっては、地方なんて人の住む所ではないといった感覚なのであろう。「三位一体の改革」「公共事業の削減」「地方交付金の削減」などの最近の政策の流れを見ても、このことが裏付けられる。
しかしこのような感覚を持つのは高級官僚に限らない。財界人も「そんな地方の不便な所に住む必要はない」と堂々と公言している。また政治家もはっきりと大都市重視に変わっている。さらに自民党の中でも「均衡ある国土の発展」という言葉はもはや死語になっている。
第三セクター鉄道が走っている地域は、「地方」の中の「地方」であり、本来の日本人、人によっては「原日本人」と呼ぶ人々が住んでいる所である。「原日本人」の人々は、良きにつけ悪しきにつけ本来の日本人の特徴を色濃く持っている。物の考え方も日本古来からのものである。またこれらの地域社会も日本の伝統やしきたりというものを大事にしている。もっとも都会の人々にとってはこれらを窮屈で退屈に感じるかもしれない。
しかし地方にもこのような「原日本人」が段々少なくなっている。特に農業が産業として難しくなっており、「原日本人」は経済的にも追い詰められている。政治的にはこれらの人々は、これまで自民党を支持してきた。しかし自民党は、公明党から選挙協力を得られれば、これらの人々を切捨ててもかまわないといった形に変質している。
構造改革の風潮によって、「原日本人」はますます少数派に追いやられる。しかしそれが分かっていても、これらの人々には他に支持する政党がない。民主党はもっと過激な構造改革を主張しており、まだ自民党の方がましといった状況である。
最後にもう一つ「美しくない話」を紹介する。九州新幹線開業に伴って、並行在来線は「肥薩おれんじ鉄道」という第三セクター鉄道に替わった。この区間は当然電化されているが、第三セクターになってディーゼルになった。これは経費節減が目的である。電化された路線にディーゼルカーを走らせているのである。せっかく先人が努力して電化をしたのに昔に逆戻りしているだ。しかし構造改革派の経済合理性至上主義の元ではこのようになるのである。
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