平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




06/6/5(439号)
美しくない話

  • テレビ番組の予選会
    先週号まで話をしていたテレビ番組の予選会(オーディション)に出場するため、筆者は六本木ヒルズの一角にあるテレビ局に出掛けた。結果を先に申せば、この予選会(オーディション)で落ち、筆者のテレビ出演はなくなった。しかし予選会の様子もテレビ番組の中で放映する可能性があるということで、カメラが回され、予選会は本番さながらの様相だった。

    審査員は、勝谷誠彦氏と松居一代さんであった。筆者はトップバッターで予選会に臨んだ。5分くらい用意してきた原稿をもとにプレゼンテーションを行った。しかし正直言って、あまりうまく行かなかった。その後、審査員からいくつかの質問があり、これらに答えた。勝谷氏は「最初から私の関心のあるテーマですね。日本の第三セクター鉄道はほとんど乗った。」と興味があるといった反応であった。そして第三セクター鉄道の具体的な再建策などいくつかの質問があった。また松居一代さんは本誌の読者の反応を聞いてこられた(冒頭の自己紹介で経済コラムマガジンのことを話したため)。


    筆者は、出番が終わると観客席に座って、他の人の発表を聞く立場になった。しかしこう言ったら何だが、筆者が見聞きした限り他の出場者の発表もあまり興味を引かれるものはなかった。なんとなくテーマと発表内容が皆「しょぼい」のである。これでは番組で視聴率を取るのは難しいと感じた。もっとも私のような門外漢と、いつも激しい視聴率競争を行っている制作スタッフとは見方が全然違うのであろうが。

    4,5人の予選出場者のプレゼンテーションを見聞きした後、お役御免となった。控え室に戻り旅費・交通費を精算してもらい帰路についた。六本木ヒルズを後にしたのは午後6時過ぎで、ちなみにこの四日後の同時刻に同じ敷地内にあるライブドアに検察の強制捜査が入った。


    テレビ番組用の台本として「第三セクター鉄道の救済案」と「年金改革案」を苦労して作ったが、これだけにしておくのはもったいないと感じられた。そこで翌日、ある自民党の国会議員と国民新党の事務局にこれらを持参し、それぞれの説明を行った。しかし意外と言って良いほど、第三セクター鉄道の話に大きな反響があった。

    特に国会議員の地元が雪国ということもあり「まったくその通りである。実際、今年のような豪雪になれば、雪国は鉄道にしか頼れないのだよ。」と言っておられた。国民新党の事務局長も大きな興味を示しておられた。やはり地方では第三セクター鉄道が大問題になっているという話である。今日の中央集権になっている日本のメディアは、地方のこのような問題をほとんど取上げていないだけである。


    さらに国民新党の事務局からもっと衝撃的な話を聞いた。もちろん第三セクター鉄道の問題もあるが、JR本線でさえ大変という話である。不祥にも筆者も気が付かなかったが、高山本線の猪谷−飛騨古川間が平成16年10月20日の台風被害で寸断されたまま復旧のメドが立っていないという話である。ちなみに高千穂鉄道は、その一年後の台風被害で廃線が決まった。一方、高山本線は川沿い(宮川)の線路が流され、復旧には100億円単位の費用が必要なため、店晒しの状態で、猪谷−飛騨古川間は代行バスが運行されているという話であった。

    たしかに100億円単位の経費を使って猪谷−飛騨古川間を復旧しても、JR東海にとってほとんど収益が増えるということにはならない。民営化されたJRにとっては、損害を受けた区間を放っておいて、代行バスでも運行させておいた方が経営的には合理的である。むしろ株主からは、そのような余計な経費を使うことに反対が出てきそうである。特にJR東海は外人の持ち株比率は大きく、へたをすれば株主代表訴訟という事態も考えられる。

    それにしても日本海側と大平洋側を結ぶ高山本線が、寸断されたまま放っておかれているというのはまことに「美しくない話」である。しかしここに巨費を投じることには経済的な合理性はない。構造改革派の人々なら、永遠に代行バスを走らせておけということになろう。筆者もこの件には興味があり、時々インターネット検索で事の進展を観察している。どうも最近になって、JR東海が100億円の予算で19年の復旧を決めたような話が載っていた。もしそれが本当なら、その経緯や費用の負担の仕方など詳しい話を知りたいものである。


  • 原日本人が住む所
    テレビ番組の話があった時、最初は躊躇した。しかし06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」で『「いきなり政治家に動いてもらおうとしても無理がある」と、また「政治家もなかなか動かない」と指摘し、政治家を動かしたいのなら「まずマスコミを動かす」』と話した。つまり政策を推進したいなら、まずメディアで訴えることが極めて有効なのである。その意味では今回は残念ながら第三セクター鉄道問題を世に問うチャンスを逃した。

    ただ思いがけず第三セクター鉄道問題が、今日の日本社会の問題を象徴していることに気付いた。地方経済の疲弊、地方社会の切捨て、官業の無闇な民営化による弊害などである。官業を民営化すれば全てが良くなるという風潮が今日の日本にはある。しかし人々は鉄橋などが台風などの自然災害で被害を受けると、最悪の場合、簡単に廃線の憂き目に会うという現実に思い到っていない。したがってこれらに対して何ら対策が考えられてこなかったのである。


    構造改革派は、経済の効率化を求める。この流れであたかも企業経営の効率化を政府や地方自治体の行動に当て嵌めようとする。したがって公共物でさえ「採算」を第一に考えようとしている。「無駄な道路を造るな」「整備新幹線は不要」「本四架橋は3本も不要」と言った具合である。

    第三セクター鉄道問題に対する政府の対応には非常な冷たさを感じる。むしろ第三セクター鉄道などは全部さっさと廃線にしろといった雰囲気である。一般大衆も旧国鉄時代の大きな赤字の原因を、第三セクター鉄道に衣替えしたような地方の赤字路線と誤解している。国鉄時代は全ての部門が赤字体質だったのである。この一つの原因に戦後満州国からの引揚者を国鉄が積極的に受入れたといったことがある(正確には国の方針によって受入れさせられた)。元々鉄道事業は決して大儲けできる商売ではないが、第三セクター鉄道は経営努力によって赤字額をかなり圧縮している(先週号で述べたように赤字鉄道35社の合計の赤字額はたった年間38億円)。ところが人々はいまだに地方の鉄道は大きな赤字をタレ流していると思い込んでいるのである。


    筆者の知人に地方の過疎化問題に関わっている人物がいる。この人は時々中央官庁にも顔を出すことがある。あの時隣の部屋から「なにを過疎地対策」といった笑い声が聞こえて来たという話をしていた。高級官僚にとっては、地方なんて人の住む所ではないといった感覚なのであろう。「三位一体の改革」「公共事業の削減」「地方交付金の削減」などの最近の政策の流れを見ても、このことが裏付けられる。

    しかしこのような感覚を持つのは高級官僚に限らない。財界人も「そんな地方の不便な所に住む必要はない」と堂々と公言している。また政治家もはっきりと大都市重視に変わっている。さらに自民党の中でも「均衡ある国土の発展」という言葉はもはや死語になっている。


    第三セクター鉄道が走っている地域は、「地方」の中の「地方」であり、本来の日本人、人によっては「原日本人」と呼ぶ人々が住んでいる所である。「原日本人」の人々は、良きにつけ悪しきにつけ本来の日本人の特徴を色濃く持っている。物の考え方も日本古来からのものである。またこれらの地域社会も日本の伝統やしきたりというものを大事にしている。もっとも都会の人々にとってはこれらを窮屈で退屈に感じるかもしれない。

    しかし地方にもこのような「原日本人」が段々少なくなっている。特に農業が産業として難しくなっており、「原日本人」は経済的にも追い詰められている。政治的にはこれらの人々は、これまで自民党を支持してきた。しかし自民党は、公明党から選挙協力を得られれば、これらの人々を切捨ててもかまわないといった形に変質している。

    構造改革の風潮によって、「原日本人」はますます少数派に追いやられる。しかしそれが分かっていても、これらの人々には他に支持する政党がない。民主党はもっと過激な構造改革を主張しており、まだ自民党の方がましといった状況である。


    最後にもう一つ「美しくない話」を紹介する。九州新幹線開業に伴って、並行在来線は「肥薩おれんじ鉄道」という第三セクター鉄道に替わった。この区間は当然電化されているが、第三セクターになってディーゼルになった。これは経費節減が目的である。電化された路線にディーゼルカーを走らせているのである。せっかく先人が努力して電化をしたのに昔に逆戻りしているだ。しかし構造改革派の経済合理性至上主義の元ではこのようになるのである。



リサーチ会社からのアンケート設問には、これまでご紹介したもの以外のものもある。ニート対策もその一つで、来週はそれを取上げる。

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06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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