平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


06/3/13(428号)
コンビニ弁当の話

  • 日本の本当(真)の潜在GDP
    先週、先々週で今日の日本の総生産力、つまり潜在GDPにまつわる誤解を取上げた。政府関係者、エコノミスト、マスコミ達が言っている潜在GDP(生産力の天井)は、決して本当(真)の潜在GDPや天井ではない。本当(真)の潜在GDPは言われているものよりずっと上にある。したがって日本には大きなGDPギャップが存在している。

    しかし日本が昔から余剰生産力がある状態、つまりGDPギャップがずっと存在したという話ではない。少なくとも第二次世界大戦の準備段階の頃から、日本では需要が供給を上回っていた。丹羽春喜大阪学院大学元教授によれば、当時の日本の工業生産力では巨大な戦艦を2隻(大和と武蔵)造るのが精一杯であった。一方、米国の生産力の余剰は巨大であった。日米の戦争の勝敗を決めたのは、この工業生産力の余剰の差と言える。

    ちなみに米国の生産力の余剰(GDPギャップ)はあまりにも巨大だったので、第二次世界大戦の軍需でもこのギャップは解消しなかった。このため戦後にも米国は、国債(財務省証券)をどんどん発行し、財政支出を増やし、デフレ対策を行った。特に新興共産国家ソ連に対抗するため、社会福祉予算を大幅に増やした。また金利が上昇しないよう、大量に発行した国債(財務省証券)を青空天井で連銀に買わせた。連銀が政府の管理を脱し自主性を取戻したのは、51年の協定締結(所謂アコード)による。この頃になってようやく米国のGDPギャップは解消したのである。


    逆に日本の場合は、第二次世界大戦によって生産設備が壊滅的な損害を受けた。GDPギャップどころか、生産力をほとんど失った。当然、日本は戦後、激しいインフレに見舞われることになった。しかし高度経済成長期を通じ、大きな設備投資が行われ、インフレギャップは解消し、逆にデフレギャップ、つまりGDPギャップが発生した。丹羽元教授によれば、日本では75年頃にGDPギャップが発生し、それ以降GDPギャップは拡大を続けているという話である。

    筆者も、この頃から日本経済が変質したと感じている。80年代に入ってそれがはっきりしてきて、とにかく物価が上昇しなくなったのである。これはGDPギャップが発生しているにもかかわらず、日本の設備投資が依然高水準で推移したからである。先進国、例えば米国と比べても、日本においては過大な設備投資がずっと続いた。本誌はこのことを03/7/28(第307号)「設備投資の実態」で取上げた。

    戦時中や戦後の異常な時期を別にして、日本では生産力に巨大な余力がある状態が継続して続いている。特に高水準の新規設備投資がなされることに伴って、生産性の高い技術がどんどん導入され、一段とGDPギャップは大きくなっている。


  • 価格の上昇しない日本経済
    前段で説明したように、今日の日本経済では、供給について心配する必要はない。仮に一時的に供給サイドにネックが生じても、たちまち解消されると考えて良い(実際は大きなGDPギャップが存在)。しかし古典的な経済学が染み付いているエコノミストや、書物だけで経済学を学んだ人々は、需要と供給を別物と観念的に捉える。したがって価格はいつも需要と供給で決まるという、極めて幼稚な理論を無邪気に信じている。したがって需給が均衡している状態において需要が少しでも増えれば、価格が上昇しハイパーインフレになると思い込んでいる。

    これらの人々は、需要と供給を二元的に捉えているのである。しかし現実の経済に身を置いている者は、需要が存在して始めて供給が問題になることを知っている。そのため供給者である民間企業は、需要が何なのか、あるいはどこにあるか日夜血眼になって探している。ところが構造改革派のボンクラエコノミスト達は、需要が急激に増えたら、ただちには供給サイドが対応できず、やはり価格が上昇すると言った寝言を言っている。


    筆者の知人にコンビニを経営している人がいる。以前、この人から「今日コンビニで売れているのが300円の弁当として、もし弁当の売れ筋が500円になったらGDPはそれだけ増えるのではないか」という質問があった。筆者は「いや、全くその通り」と答えた。さらにこの人は「コンビニの弁当工場では、今の弁当生産ラインを変えることなく500円の弁当を作ることができる。今日、不景気だから300円の弁当を作っているだけなんだ。」と言っていた。

    現実の経済社会では同様なケースが数限りなくある。車だって高級車の製造ラインでもっと安い車を作ることがある。そば屋は「天麩羅そば」が売れず、「かけそば」ばかり出て売上が落ちている。すしだって「回転すし」で良いという世の中である。また同じすし屋でも、「並」ばかり注文されれば売上が落ちる。床屋もカットだけで良いという客が増えれば、床屋の実入りが減る。

    つまり人々の所得が増え、同じ消費でも価格が高いが質の高い消費がなされるなら、国内総生産(GDP)は増える。ところがコンビニで安物の300円から500円の高級弁当に消費が移っても、弁当工場は難無くこれ対応し、明日からでも500円の弁当を供給できる。需要が増えるといっても、安い300円の弁当が二倍売れるということではなく、日本のような成熟した消費社会では、値段は高いがより質の高い物が売れることが十分考えられる。つまり需要さえあれば、どれだけでも国内総生産(GDP)は成長する。「日本の潜在成長率が2%、つまり成長率の限界は2%」と言っている者は、嘘つきか経済を全く知らないと思えば良い。


    このように今日の日本では、需要が増えても、瞬時に供給サイドが対応し、必ずしも価格が上昇しない消費項目は沢山ある。さらに消費財の価格決定のメカニズム自体が変化している。例えば需要が増えることによって逆に価格が下落するケースが目立つようになっている。実際、今日、消費額の比重が大きくなっているIT関連機器は、需要が伸びるほど逆に価格が下落している。また今日消費に占める比率が大きくなっているのが通信費である。しかしこれも需要が増えるにつれ、はっきりと価格が下落している。

    特に通信の分野では、先ほどの03/7/28(第307号)「設備投資の実態」で述べたように技術進歩が顕著である。たとえば光ファイバーWDM(光波長分割多重伝送)装置というものが登場している。たった2億円のこの装置で、東京ー名古屋間の光ファイバーの通信能力が40倍にもなる。これだけ安価に供給力が大幅に増えるなら、需要が増えても価格上昇どころか、価格は下落する。

    間抜けな古典派経済学の信奉者(構造改革派)は、消費の中心が米・イワシ・ダイコンと言った時代の経済を念頭に置いた経済理論を振回している。たしかに世界経済は見渡せば、今日、新興国の需要増で石油価格や鉱物価格の上昇が見られる。しかしこれも一時的現象と見る。むしろ今日の日本は、需要増が価格上昇にほとんど結びつかない消費構造・経済構造になっている。さらに経済のグローバル化や規制緩和の進展が、この傾向に拍車をかけている。


    実際、日本には少なくとも過去30年間、大きな生産の余力を持っていた。それでは日本国民は騙されてきたという話になる。つまり大胆な需要政策を行っても、ハイパーインフレになることはない。もっとも現実の経済に接している人々は、生産力が余っていることを当り前と肌で感じているはずである。ところがこの人々さえがまんまと騙されているのだ。

    日本の大衆は、「構造改革」とか「改革」という抽象的な言葉に騙され、日本経済の現状を誤解している。ばかげたことを言い続けているのは、何の役に立たない日本の経済学者、エコノミストと小泉政権と日経新聞であるが、この大嘘がまだまだバレない。彼等は大嘘がバレないよう、次々に悪者を作り上げ、人々の関心を巧妙に反らしている。人々は、この「改革」で悪党を懲らしめれば経済がまともになると言った嘘話に翻弄され、これで溜飲を下げるよう仕向けられている。



日銀の量的緩和政策の解除が話題になっている。来週は久々に日銀を取上げる。先週・先々週でGDPギャップと経済成長率という日本銀行調査統計局の論文を取上げたが、これは日銀の量的緩和政策の解除を睨んだ伏線でもあった。

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06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
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05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
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05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
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05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
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04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
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04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
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04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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