- 日本の本当(真)の潜在GDP
潜在GDPとGDPギャップに関する認識が、よく間違っていることを先週号で取上げた。先週号で紹介した日本銀行調査統計局の論文は、世間に誤解を与える典型例である。ところがこの日銀の論文の本来の目的は、潜在GDPとGDPギャップを厳密に定義することではなかった。第一義の目的は、GDPギャップとインフレ率(正確には物価上昇率と言うべき)の関連を調べることであった。ちなみに先週号で説明したGDPギャップの推計方法は「生産関数アプローチ」と言われるものである。これについては先週号である程度の問題点を指摘した。
面白いことにこの論文では、この推計方法の問題点があることを自ら認め、他のいくつかの潜在GDPとGDPギャップの推計方法を紹介している。「可変NAIRUアプローチ」や「HPフィルター・アプローチ」と言われるものなどである。しかしどの推計方法を採っても似たような結果になると結論付けている。これらの推計方法は、いずれも過去数年の実際のGDPの動きの平均などがGDPの天井であると見なし、これを潜在GDPと規定している。この論文では、これらの推計方法が諸外国でも使われ、正統性があると言っている。しかし筆者は、日本はずっと過剰設備と過剰労働を抱えてきた国であり、国際的に使われているGDPギャップの推計方法が、そのまま日本に当てはまるとは考えない。
筆者が主張したいのは、日銀の論文に見られるように、日本では「潜在GDP」の「潜在」とは絶対的なものではなく、相対的なものということである。彼等は自己流に「潜在」という言葉を使っているのである。過去数年の平均や趨勢をなぞったものを「潜在」と勝手に言っているに過ぎない。つまり「潜在」と言っても、決して物理的な限界や天井ではない。ところが何を勘違いしたのか、日本の経済学者やマスコミ(特に日経新聞)は、日銀の論文と同様の手法で潜在GDPを推計しておきながら、この推計値をGDPの物理的な天井としている。
日経新聞は、経済成長率を高めるためには潜在成長率を高めろと言っている。そして潜在成長率を高めるために中高年やITを活用しろと言ったデタラメ記事や特集が、毎日、日経新聞の紙面に踊っている。筆者に言わせれば、話は全く逆である。経済が成長すれば、自然と潜在成長率が大きくなり、潜在GDPが大きくなるのである。GDP(需要)が大きくなり景気が良くなれば、民間の設備投資も増え、仕事も増え、当然、潜在GDPも大きくなるのである。決して潜在GDPが大きくなったから、GDPが大きくなるのではない。
政府系エコノミストや日経新聞は、今日、GDPギャップ(デフレギャップ)が解消するどころか、何とインフレギャップが生じたとばかげたことを言っている。文字通りに理解すれば、生産能力を越えた生産がなされているということになる。絶対に有り得ない話である。おかしいことは、小泉政権が「未だデフレから脱却していない」と白状せざるを得なくなり、日銀の量的緩和政策の解除をこれまで牽制してきたことである。全くの矛盾である。「GDPギャップが1〜2%」とか「インフレギャップが発生した」なんて話は、世界的に見ても稀な現象であり、これはまさに超好景気の状態(単なる好景気ではなく景気の超過熱状態)と言うことを意味する。本当にインフレギャップが生じているのなら、それこそ民間は競って設備投資を行い、ニートなんて全員労働市場に狩出されているはずである。
潜在GDPに巡った議論でこのような幼稚な混乱や矛盾が起っている。これも政府系エコノミストや日経新聞だけでなく、小泉政権が嘘に嘘を重ねて来たからである。景気回復には、構造改革によって潜在GDPを大きくするというのが小泉改革であった。需要政策を行わなくとも、構造改革で潜在GDPが大きくなり、これによってGDPが大きくなるという考えである。しかし日本の本当(真)の潜在GDPが、これらの嘘つき達が言っているよりずっと上にあるとしたなら、これらの矛盾は全て解消する。
- 消えた稼働率
驚くことに経済学者の中には、このようなインチキな推計方法で得られた潜在GDPを、GDPの天井と規定している大バカ者がいる。04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」で紹介したA教授もその一人である。彼は日本にGDPギャップはほとんどないと主張し、A教授のシミュレーションプログラムの計算では、1兆円も財政支出を増やせば、日本はハイパーインフレに陥ると言って引下がらないのである。深刻なことは、このA教授が一流とされる大学の計量経済学の教授であると同時に、内閣府の研究員であることである。
ちなみにこの話の3ヶ月後には、中越地震の復旧費などで5兆円補正予算が決まった。もちろんその後ハイパーインフレなんか全く起っていない。A教授が自分のシミュレーションプログラムをこっそりと手直ししたのか興味はある。しかし今日、内閣府で仕事をしている学者(典型的な御用学者)はこの手のタイプが多いのであろう(以前はもっと誠実な学者が多かったと思われる)。
では本当(真)の潜在GDPやGDPギャップはどれほどなのか検討する必要がある。実は筆者にもこれは難しく感じる。まず最初に必要な情報は、日本の生産設備の稼働率である。昔は稼働率がマスコミで報道されていたが、不思議なことにバブル崩壊後は、全くと言って良いほどこれが公表されない。政府でこれを担当しているのは、経済産業省の調査統計部経済解析室のIIPの稼働率指数担当者である。
筆者は、2年半ほど前にこの担当者に直接電話し、日本の生産設備の稼働率を聞いたことがある。その時には74%(ちょっと高いと感じた)という話であった。担当者の話では大体72〜74%で動いているということであった。しかしいずれにしても日本の生産設備の稼働率がこの程度と知ったなら、100人中、100人が「日本のGDPギャップが1〜2%」という話が真っ赤な嘘と断定するはずだ。したがって嘘がバレないように経済産業省は、生データである稼働率の公表を止め、製造業の稼働率指数なる加工済み数値を公表している。
冒頭で紹介した日銀の論文は、GDPギャップの推計方法に「生産関数アプローチ」による積み上げ方式を採用していると言うことである。したがってこの論文は、経済産業省のこの生産設備の稼働率を使っているはずである。それにもかかわらず「日本のGDPギャップが1〜2%」と算出しているところを見ると、これについても過去の稼働率の平均値などを勝手に天井にするといった手法が使われていると思われる。例えば75%を天井とすれば、72〜74%の稼働率なら「GDPギャップが1〜2%」ということになる。ちなみに経済産業省が公表している製造業の稼働率指数は、同じ手法を採っていると見られる。したがってGDPギャップの推計方法にせっかく積み上げ方式を採用していても、これでは全く意味をなさない。
たしかに本当(真)の設備稼働率を推計することには困難が伴う。生産能力がある設備でも、陳腐化していてその設備で生産する製品に競争力がない場合がある。特に半導体などの先端産業の設備にこのようなことが言える。しかしこの種のややこしい生産設備は、全体の一部に限られると考えられる。
本誌は02/7/15(第260号)「セイニアリッジ政策への反対意見」で大手製造業に対するアンケート結果(日経新聞の02年7月8日朝刊に掲載)を紹介した。この中で需要が増えた場合の増産方法の問いに対する回答が注目された。回答は複数回答であり、断トツで第一位の回答は「既存設備の活用、稼働率の引上げ」であった。何と76%もの企業が「既存設備の活用、稼働率の引上げ」と回答していたのである。ちなみに「新工場の建設」はわずか16%であった。いずれにしても納得が行く数字である。
たしかに3年半前のアンケート結果ではある。しかしとても「GDPギャップが1〜2%しかない国」の民間における設備稼動状況や設備投資計画ではない。このように日本の潜在GDPとGDPギャップに関して、信じ難いほどの捏造と嘘が渦巻いている。
日本には膨大な余剰生産力があり、需要が増えてもハイパーインフレが起るはずがない。また需要が増えればさらに新規投資がなされ、天井である潜在GDPが上がるのだから、供給サイドに問題は生じない。むしろ余っている生産能力を使われないことの方が問題である。
バブル崩壊後15年間も不況が続いてきた。とにかく景気が良かった時期が、この15年間一度もなかったのである。これによって日本人のメンタリティーも相当おかしくなっていると考えられる。最近、日本青少年研究所の「高校生の進学意欲」が低いという調査結果が公表され話題を呼んだ。米・中・韓に比べ、日本の高校生の意欲があらゆる面で低いのである。たしかに時系列での数字が示されていないので、日本の高校生の意欲が本当に低くなったのか、あるいは昔から低かったのか何とも言えないところがある。
しかし考えられないくらい長い不況が、若い人々にも何らかの影響を与えていることは十分考えられる。さらに財政再建が大切と国民はずっと思い込まされている。このためには財政支出に頼らず、構造改革で潜在GDPを引上げるといった間違った政策が引続き採られている。構造改革派という嘘つきの貧乏神に日本はとり憑かれているのである。
|