- 耐震偽装問題の背景
今年を振返ると、いくつかの大きな出来事があった。中国での反日騒動や総選挙での自民党の大勝などである。しかし年末に来て、構造計算書偽装、いわゆる耐震偽装問題が明るみに出た。この事件は今日の日本が抱える問題を極めて明解に象徴している。やはり今年の締めくくりとしてはこの問題を取上げざるを得ない。
構造計算書偽装問題は、一連の規制緩和や官業の民営化が一つの原因になっているという意見がある。たしかにそれもあるだろう。しかしバブル崩壊後の不良債権の処理を急いだことが、建築確認機関の民営化を押し進める原動力になっていた事実を皆忘れている。阪神震災で多くのビルが倒壊し、建築確認の不備が指摘されたのに、なんと逆に建築確認機関を民営化したのである。
不良債権となっていた土地担保債権を流動化させ、その土地の上に建物を能率的に立てて行くには、建築確認機関を民営化し、手早く建築確認が行われる必要があったと考えられる。つまり建物の安全性より経済性が優先されて来たのである。もっと正確に言えば、公共投資などの財政支出を減額する代わりに、政府は民間の資金を使ってデフレからの脱却を目論んだと考えられる。
>今のところこの問題が大手ゼネコンや大手デペロッパーに波及するかどうか不明である。今日問題になっている企業は、主に中小の建築関連業者である。バブル崩壊後、政府は景気の落込みを公共投資の増大で緩和した。しかし橋本行革や小泉構造改革で公共投資は逆に減額された。仕事が減った大手ゼネコンは、地方の公共工事にも手を出すようになった。また公共投資が毎年減額される状況では、建築・土木業界全体がビルやマンションの建設に活路を見い出す他はなくなっていた。
ビルやマンション建設は大きな利益を生むものではないが、大手の建築・土木会社にとって下請け企業の仕事を確保する上では意味があった。この流れのあおりを喰ったのが、大手の系列に属さない中小の業者であり、特に地方の建設業者である。大手の建築会社が地方の仕事まで手を出し始めたため、これらの業者は、競争が激しく本来儲からないはずの都会でのビルやマンション建設に参入し、これで何とか利益を得ようとした。このことが今回の構造計算書偽装問題の背景にある。
しかし規制緩和や官業の民営化だけでなく、不良債権の早期処理、さらに公共投資の抑制は、国の政策、つまり国策であった。また重要なことは、これらが一応世論の賛同を得た政策であったことである。一連の政策に反対する者や、疑義を持つ者はいたが、これらの声はほとんど取上げられなかった。ちなみに本誌は野方図な規制緩和や官業の民営化に反対してきた。さらに不良債権の早期処理や公共投資の抑制にも反対であった。
デフレが解消されなていないのに公共投資を抑制したり、不良債権の処理を急いだことによって、様々な所で悲劇が起っている。まずデフレ経済が長く続くことになった。この結果、人々は消え去るか、または何でもやって生き延びるかの岐路に立たされたのである。しかしこのような状況はよく報道されてこなかったためか、話題にもならなかった。そしてこれまでの誤った政府の政策や政策の矛盾が、今回の構造計算書偽装事件でまとめて噴出し、世間に明るみになったのである。
- 「性善説」と「性悪説」
今回の事件を契機に日本の行政・司法の仕組みを、「性善説」から「性悪説」を前提にしたものに変えるべきという意見が強まった。たしかにこれまでの日本の社会の仕組は、どちらかと言えば「性善説」を基にして成立っている。許認可を受けている者や国家資格を持つ者は、法律を守り、良心に基ずいて行動するものと見なされていた。また世間の評判を気にする大企業も間違った行動はしないものと思われてきた。
しかしデフレ経済が長引き、日本社会全体がおかしくなっている。終身雇用が前提であったはずの企業が平気で従業員をリストラする。BSE騒動の際、大手の食肉会社が輸入肉を国産牛肉と偽り国の補助金をせしめた。大手商社は排ガス清浄装置の検査結果を誤魔化した。本来なら世間体を気にする大企業でさえ生き残るため、このようななり振りかまわない行動に走っている。
大企業だけでなく、社会全体がおかしくなっている。日本では稀にしか起らなかったような事件が凶悪な犯罪が続き、人々はこれらの話にマヒしている。ある週刊誌の記者は、数年前から日本において変なサギ事件横行しているので取材を続けていると言う。しかし変なサギ話が多過ぎて、週刊誌の記事にもならないようだ。日本人全体の「品」が悪くなったのであろう。
切羽詰った人々は犯罪を犯す。しかし命が助かることだけを考えると、犯罪を犯し刑務所に入った方が良いと考える者までが出て来た印象がある。つまり刑務所の存在が、一部の人々には犯罪の抑止に全くなっていないのである。なるべく長く刑務所に居られるよう、より重大な犯罪を犯そうという者が現れても不思議がない状態である。
構造計算書偽装事件だけでなく、世の中の人々が信用できない社会になってきた。筆者も法律や行政の仕組を「性悪説」に基づいたものに変えることに賛成である。賛成せざるを得ないと言った方が正確であるが。治安も悪くなっている。警察官の数も増やす必要があろう。さらに警察関連の法律、例えば警察法、警察官職務執行法の改正も視野に入る。
筆者は、構造改革を進めれば、管理が厳しい抑圧的な社会になるとずっと述べてきた。特に日本はデフレ下で構造改革を進めたため、一気にそのような国になった。そのうち日本中監視カメラで埋め尽されるであろう。とんでもない世の中になったものであるが、人々の安全を守るにはこのような方法しかないのである。
構造改革派の人々は「改革を進めれば落ちこぼれる者が出るが、その人達にはちゃんとしたセーフティネットを用意する必要がある」と心にもないことを言う。「小利巧さん」の模範回答である。しかし日本社会にこれまで存在していたセーフティネットを破壊して来たのが、まさに構造改革なのである。
「建築確認」とはあくまでも「確認」である。建築に携わる者は間違ったことをしないということを前提に、建物の安全を「確認」する行為である。たしかに今回の事件では、設計図を見れば、偽装は簡単に分かったはずという意見がある。しかし設計図と出来上がったの建物が一緒という保証はない。それこそ建築確認機関の者は毎日建築現場を見に行かねば、設計図通りの建築がなされていることを確認したことにならないという話になる。
構造計算書プログラムの問題点も指摘されている。しかし意図的に現実にはない「壁」や「柱」を想定した入力がなされてしまった場合、それを見つけることは至難の技であろう。見つかっても「ケアレスミス」と言い逃れされそうである。しかし考えて見れば、全ての世の中の製品が完全に「安全」だと確認を受けて流通しているわけではない。「生産者は間違ったことはしない」という暗黙の了解で世の中は動いているのである。
「性悪説」を基本に据えた世界では、必要な法律も膨大なものになる。罰則も強化される。人々の行動は厳しい監視の元に置かれる。他人を信用しないというとても窮屈な世界である。当然コストも大きくなる。「安全」を金で買うということである。つまり軽々しく「性悪説」を前提にした社会改革を行うなんて言えないのである。
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