- 景気が良くなったというデマ
本誌は04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」で、豊かな社会とはどのようなものか話をした。ちょうど一年ほど前である。この時には社会体制や経済体制を中心に話を進めた。結論として、「競争」というものは必要であり避けられないものであるが、「競争」だけでは「豊かな社会」は実現せず、どうしても「共生」という考えが必要になってくると述べた。
前回のコラムで行ったもう一つの重要な指摘は、日本が「豊かな社会」から遠ざかっていることである。残念ながらこの一年で、ますますその傾向がはっきりしてきた。まず経済の状況が良くなっていない。政府・自民党は選挙用に都合の良い経済指標だけを取上げて、経済が良くなったと喧伝していた。そして多くの人々やマスコミは株価の上昇や日経新聞の論調に翻弄されている。
名目GDPはほぼゼロ成長である。実質成長率がかろうじて小さなプラスになっているが、これは物価の下落が影響している。しかしこの物価の下落は、IT関連機器の性能が向上していることなどを価格に換算しているからである。つまり経済全体のパイは、縮小傾向からせいぜいプラス・マイナスがゼロになった段階である。
日本経済の縮小が止まった原因は、中国やアジア諸国の経済成長による外需の増加とそれに関連する設備投資と言われている。しかし筆者はこれだけではないと見ている。一般会計は緊縮と言ったスタンスを取っているが、特別会計の黒字幅がかなり小さくなっている。この結果、政府部門全体の経常収支は大きな赤字になっている。人々は、小泉構造改革政権が財政支出を削るケチケチ政権と誤解している。しかし特別会計を含めた一般政府部門の経常収支の赤字は、逆に大きくなっているのである。
筆者が注目しているのは、公的年金の収支である。これまで年金の収支は、大幅な黒字であった。つまり集める年金保険料の方が、年金給付額よりずっと大きかった。この結果、年金積立金は世界一の莫大なものになった。マクロ経済の観点からは、年金保険料を税金、年金給付額を政府支出と理解すれば良い。ところが年金給付対象者が年々増え、最近では年金収支がトントンになって来た。
雇用者報酬が年々減少しているのに、消費が底堅く推移している。これには失業率が小さくなっているからと言う説明がなされている。筆者は、それに加え年金収支が悪化していることが影響していると考えている。積立金が枯渇した雇用保険についても同様なことが言える。つまり小泉政権下の弱い景気回復は、金融の超緩和に加え、外需と保険財政の悪化によってなされていると見ている。まさに小泉政権下では、政府部門が中途半端なケインズ政策を行っているのである。
先の衆議院選挙での小泉自民党の大勝の大きな要因は、「構造改革で景気が良くなった」というデマであった。日経新聞を始め日本のマスコミは、連日「構造改革」で経済が回復したと、このデマ話を増幅していた。しかし日本経済は、一向に良くなっていない。ただ限られたパイの配分が変わっただけである。中小・零細企業が沈み、その分大手企業(特に輸出企業)の業績が良くなった。地方経済が一段と悪くなり、その分大都市圏の経済が良くなったのである。
小泉自民党も、選挙中の景気回復宣言はデマであり、日本経済が良くなっていないことを承知している。したがって日銀の「ゼロ金利解除」の動きを強く批難したり、消費税増税を牽制している。しかし小泉政権のマジックのようなケインズ政策も限界に来ている。定率減税の廃止、公的年金のマクロスライド制導入による年金給付の削減と年金保険料の引上げ、さらに雇用保険財政・医療保険財政の立直しなどによって一般政府の経常収支の赤字額を縮小させようとしている。政府はどうしても年金積立金の取崩しを避けたがっているのである。したがってよほど大きな米国や中国の経済拡大がない限り、日本経済の低迷は当分続くものと筆者は見ている。
- 下請けいじめの社会
前段で述べたようにマクロ経済は良くなっていない。ただいわゆる「勝ち組」の景気の良さを、マスコミがさかんに取上げているから、世の中の人々がそのような気になっているだけだ。「勝ち組」でない人々は「自分達は縁がない」と白けてこのような報道を眺めている。明らかに所得の格差が増大している。テレビ番組も最近は「金持、セレブ」と「貧乏さん」といった両極端をテーマにしたものがいやに目立つ。
実際のマクロ経済指標も良くないが、政府は悪いデータを出したがらなくなった印象を受ける。しかし公表されている数字を丹念に見ると、社会が確実に悪くなっていることを示すものが結構ある。経済苦を原因とした自殺者は一向に減っていない。自己破産の申請数も増えている。生活保護世帯数(10年前の60万から今日の100万)、生活保護受給者数も急増している。
企業の従業員の有給休暇取得率がずっと下がっている。政府が時間単位の有給休暇の取得を提案しているほどである。構造改革で経済が良くなっていると小泉自民党は言っているが、日本の労働環境はますます悪化している。このような数字を見ていると、豊かな社会どころか、ますます日本の社会は荒れてきていることが実感される。だいたいデフレ経済下で構造改革を進めるなんて「頭」がおかしいのである。
公正取引委員会による「下請けいじめ」の取締り件数が急増している。たしかに昨年4月の改正下請法施行で、業務委託などのサービス分野まで取り締まり範囲が増えたこともこれに影響している。しかし今日の経済の情勢では、「下請けいじめ」は当り前のことと言える。デフレ経済が続き、他に仕事がないのだから、下請けが元請けの無理難題を拒否することはできないのが今日の日本である。
ちょうど構造欠陥マンション問題が起って世間の注目を浴びている。この問題は本誌が取上げている今日の日本の経済・社会の問題を凝縮している。まずどこに責任があるのかマスコミは迷走している。登場人物は、マンション販売会社、工事施工業者、設計事務所、構造計算設計事務所、構造計算ソフト販売業者、民間の検査機関そしてマンションの購入者である。マスコミは、マンションの購入者が被害者で、マンション販売会社を責めている。
筆者の想像では、問題になっているマンション販売会社が、これまでもコスト削減を工事施工業者、設計事務所に要求してきた。ところがマンションブームが続いた結果、マンション用地の取得費用が段々増加してきた。しかしマンションの売出価格には値頃感があり、マンション販売会社としては販売価格を上げることができない。そこで工事施工業者、設計事務所といった下請けに一段のコスト削減を強いた。まさに「下請けいじめ」である。
本来、景気が良く下請けに他の仕事があれば、断りたくなるほどのコスト削減要求である。そこで下請け業者がとうとう禁じ手であるマンションの構造計算書偽造まで走った次第と想われる。明確に法律違反したのは構造計算書を偽造した構造計算設計事務所である。しかし工事施工業者や設計事務所、そしてマンション販売会社も、今回の構造計算書偽造事件に無縁とは思われない。
それにしてもイーホームズという民間の検査機関もおかしな存在である。だいたい筆者は、報酬を貰っている先を検査、監査、鑑定するという社会の仕組みに無理があると考えている。当然、報酬を払ってくれる依頼先に有利な結果を出す誘惑にかられる。建築物の検査機関だけでなく、会計監査法人、不動産鑑定士、格付機関なども同様のジレンマを抱えている。
社会は、法律だけでなく参加者の「良心」とか「信用」というものを頼りに成立っている。これらがなくなった状態で、社会の全ての規範を法律で律するとなると、必要な法律は天文学的に膨大なものになる。とにかく今日の日本ではまともなことをやっていては、なかなか生き延びることが難しくなっている。生き延びるため、刑務所の塀の上を歩いているような人々が増えている。今回の事件では、関係者がたまたま刑務所側に落っこちたのである。
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