- 実質GDP押し上げ効果
公共投資の乗数値が低下しているという指摘がある。この影響があるのか、公共投資に反対する立場の人々から「公共投資の景気押上効果はもうなくなった」という暴論が出る始末である。今週はこれを検証する。ただ結論から申せば、筆者も多少は公共投資の乗数値が低下していると見る。しかし公共投資の経済効果がなくなったということでは決してなく、むしろ依然として公共投資の経済効果は大きいと考える。ただこの議論の対象になる公共投資の乗数値は、机上の理論値ではなく日本の現実経済における乗数値である。
ここで政府(内閣府)が公表している各経済数値の実質GDP押し上げ効果を示す。これは平成15年11日4日(日経の5日に掲載)内閣府が公表した、経済金融政策が日本経済に及ぼす最新の経済モデルの試算結果である。各数値は各々1%増減した場合の実質GDPの増減率である。短期金利は1%の利上げの場合である。また( )内は98年の旧モデルの数値であり、合計は筆者が算出した。
実質GDP押し上げ効果
| 公共投資 | 所得税減税 | 消費税増税 | 短期金利 |
| 1年目 | 1.14(1.12) | 0.48(0.62) | ▲0.18(▲0.14) | ▲0.60(▲0.05) |
| 2年目 | 1.13(1.31) | 0.63(0.59) | ▲0.29(▲0.17) | ▲0.80(▲0.25) |
| 3年目 | 1.01(1.10) | 0.58(0.05) | ▲0.24(0.10) | ▲1.12(▲0.64) |
| 合計 | 3.28(3.53) | 1.69(1.26) | ▲0.71(▲0.21) | ▲2.52(▲0.94) |
筆者は、この公共投資と所得税減税の実質GDP押し上げ効果が、世間で言われている現実経済における乗数値と理解している。また消費税増税と短期金利利上げの効果は、乗数効果とは別の概念であるが、参考までに掲載した。なおこの表以降、新しい数値を見かけないので、筆者はこれが最新のデータと考えている。
たしかに内閣府のデータでも、公共投資の実質GDP押し上げ効果の数値は、98年の旧モデルに比べ、若干小さくなっている。これは筆者の想定とほぼ一致する。この公共投資の乗数値が低下が偶然なものではなく、不十分ではあるが理論面からも説明できると思われる。
ケインズの乗数効果では消費比率、あるいは消費性向をcとすれば乗数値は1/1-cとなり、cが一定なら乗数値も一定ということになる。もし乗数値が低下したというなら、cが小さくなったということになる。しかし現実は、cはほぼ一定か反対にやや大きくなっていると見られる。国民は貯蓄を増やすどころか、むしろ貯蓄を取崩す傾向が強くなっているのである。高齢化もこの傾向に拍車をかけている。つまり消費比率、あるいは消費性向cは大きくなっている可能性の方が大きい。
したがって現実経済の乗数値の低下を、ケインズの乗数効果の考えでは説明できないのである(そもそもケインズの乗数効果は短期静学と抽象的な概念であり、所得創出効果は一瞬のうちに波及するということになっており、これも現実と合致しない考えである。乗数効果の波及は、経済循環の中で時間を要すると考える方が自然である。)。やはり現実経済の乗数値の低下を説明するには、先週号で説明した誘発投資(サミュエルソン流の誘発投資ではなく、筆者が唱える誘発投資の拡張版)を取上げる必要があると考える。
先々週号で説明したように公共投資には二つの種類の誘発投資が考えられる。まず第一には公共投資に伴う工事に付随した民間の投資である。公共投資が増大すれば、建設・土木会社によって工事に関わる設備投資が行われる。具体的には工事用の重機やトラックへの投資である。第二の誘発投資は、先週号で詳しく取上げた、道路などの交通インフラができることによって誘発される、商業施設などの民間の投資である。
まず第二の誘発投資から説明する。公共投資によって交通インフラが完成すれば、なんらかの民間投資が誘発されると考える。しかし現実に誘発される民間投資と、交通インフラへの公共投資との因果関係を数値で関連づける事は極めて困難である。両者の関係は漠然としている。つまり交通インフラへの公共投資額と、それによって誘発される民間投資額の関係を金額的に関連づけることは実際に難しい。
例えば高速道路が建設されても、その高速道路と結ぶ幹線道路の整備がなされたり、インターチェンジが作られたりしなければ、工場の進出や住宅地の開発が難しいケースがある。また港湾が単独に整備されても、その港湾からの交通網が整備されない限り、民間の投資を呼込むことができない。逆に将来の高速道路の建設を見越して、工場を進出させる企業もある。しかし全体的に見て、この種の誘発投資はリスクが大きい。したがって特に日本経済が長期低迷する今日では、第二の誘発投資が小さくなっていることは考えられる。新しい交通インフラが完成したと言っても、企業は誘発的投資に慎重になっていることが考えられるのである。
一方、第一の公共投資に伴う工事に付随した民間の投資が小さくなっていることは、十分可能性がある。年々、公共投資額は減少している。また公共事業費の削減と共に、工事単価も引下げられている。公共事業で利益を生むことが段々難しくなっているのである。したがって公共投資に関わる企業は合理化を進めざるを得ない。したがって公共投資がなされても、工事に付随した民間の投資を簡単には行わない。
以前なら自前のトラックや建設重機を購入していたものを、レンタルするようになっている。レンタルの利用が増えることによって、国全体で見れば工事用トラックや建設重機の稼働率は上がっている。つまり合理化によって無駄がなくなっているのである。
工事の工法も合理化されている。ユニット化が進み、かなりの部分が工場生産になっている。典型的なのが橋梁である。以前なら橋梁は、現地で足場を組み建設されていた。しかし今日橋梁は工場生産が増えている。工場で生産され、トレーラーで運ばれ、ボルトでジョイントすれば完成である。本四架橋も工場で作成され、船で現地に運ばれた。これによって以前のような足場を組み、完成後これを解体・撤去という作業がなくなった。もちろん人手も大幅に削減されている。
このように公共工事が合理化され、無駄が少なくなっている。無駄が少なくなると言うことは、それだけ公共投資に伴う第一の誘発投資がそれだけ小さくなることを意味する。無駄と公共投資の経済効果とは裏腹の関係にある。しかし上の表で解るように、小さくなったと言われている公共投資の乗数値であるが、所得税減税の乗数値より依然としてずっと大きいのである。
- 「真水」の乗数値
乗数効果に関して残る課題が、大都市と地方の公共投資の乗数値の大きさである。ケインズの乗数理論なら、両者に違いはない。しかし誘発投資(サミュエルソン流の誘発投資ではなく、筆者が唱える誘発投資の拡張版、さらに厳密に言えば前段で説明した第二の誘発投資)までを考慮すれば、特に交通インフラの公共投資の乗数値は大都市が地方を圧倒していると考える。反対に誘発投資を伴わない一般の公共投資では、両者の乗数値に違いが生じないと見ている。
それでは地方の交通インフラへの公共投資は無駄とまでは言わないが、交通インフラへの公共投資は大都市を最優先すべきという意見が出そうである。少なくとも誘発投資を含めた乗数値を考えるとそのような結論になる。ところが予算ベースの話になれば、話が全く異なってくる。問題は土地代である。
公共投資予算は、実際の工事代と土地の取得費用に分けられる。工事代は乗数効果を生む。しかし土地代金は、ほとんどが預金され、ここで乗数効果が中断する。極端なケースでは、土地代の乗数値をゼロと見なす考えがある。本予算や補正予算の公共投資の経済効果を予測する場合、よく「真水」という表現が用いられる。公共投資の予算額から土地の収用費用を差引いた金額が「真水」である。土地代は乗数効果がなく、「真水」部分だけが乗数効果を生むという考えがある。したがって緊急の景気対策には、なるべく土地の収用を含まない案件が選ばれている。
筆者は「土地代の乗数値をゼロ」とまでは考えない。土地を売った人々がデパートで派手な買い物をしているという話を聞くように、土地代の一部は消費に回っていると見る。しかし消費に回る部分は極めて小さいと見る。したがって土地代の部分は乗数効果がないと割切ることは決して不合理ではないと考える。
特に交通インフラへの公共投資は、土地の買収がつきものである。もちろん地方より、大都市の方が比べようもないほど地価が高い。大都市における交通インフラの新規の建設の場合、予算の大半が土地代に消えることも有り得るのだ。その点地価の安い地方の方が優位である。たしかに出来上がった交通インフラの誘発投資は、大都市の方が大きい。しかし公共投資に土地の買収を伴う限り、いくら都会では誘発投資を生むと言っても、予算ベースでは地方の交通インフラへの公共投資の方が、乗数値はむしろ大きいとも考えられるのである。
さらに土地の買収費用が乗数効果を生まないとしたなら、土地の買収の必要がない従来型の公共事業の経済効果も見直す必要がある。また本誌は長い間、大都市における大深度の地下鉄の建設を主張してきた。大深度なら土地の買収費用がいらないからである。このように公共投資については、その効果の評価は、細かく見る必要がある。しかし世間では、地方の交通インフラ整備や従来型の公共投資は無駄といった、根拠のないデマがまかり通っている。なげかわしい事である。
|