- ケインズの乗数
乗数効果について様々な混乱した話が多い。乗数、あるいは乗数効果については、ケインズの乗数と他の経済学者の乗数に関する考えが混同されているようだ。さらにこれらとは別に、現実の経済で計測されている乗数値というものがある。ところがどの乗数を指すのか明らかにされないまま、経済論議がなされている。まずこれを整理するには、ケインズの経済理論だけでなく、ケインズ以降の経済学についても、筆者の理解している範囲で簡単に説明をしておいた方が良いと思われる。
乗数効果の説明は本誌で過去に何回か行っており、それを再掲する。乗数効果は、自生的(独立的)支出、例えば政府支出、投資、輸出などが、次々に所得を生む現象である。具体的に1兆円の自生的支出、たとえば政府支出を考える。この1兆円の政府支出は同額の所得1兆円を生む。この新たに生まれた1兆円の所得から、もし消費比率が6割とすれば、6,000億円の消費がなされ、これによって同様に6,000億円の所得が新たに生まれる。そしてこの6,000億円の所得の6割の3,600億円が消費される。同様に3,600億円の消費は3,600億円の所得を生み、これが次に2,160億円の消費を生む。このように1兆円の政府支出は、次々と所得を生む。そして最初の自生的支出が生みだす所得の合計の倍数が、乗数あるいは乗数値である。
乗数効果は、波及の過程で減衰する。そして生まれる所得の総和は、無限及数の和である。したがって乗数は、消費比率をcとすれば、1/1-cになる。上の例ならcは0.6であるから、乗数は2.5になる。つまり政府支出1兆円に対して、合計で2.5兆円の所得を生むことになる。また算式から分るように、消費比率が大きいほど乗数も大きくなる。逆に人々が、貯蓄やローンの返済を多くして、消費を抑えたなら、乗数は小さくなる。例えば消費比率を0.5まで下がると乗数は2になる。また一国の消費比率c、そしてそれから算定される乗数値はかなり安定的ということは知られている。これがケインズの乗数である。
ケインズの乗数で説明するなら、自生的(独立的)支出が何でも同じ結果になる。消費比率をc(反対に貯蓄比率s)が一定という前提で、所得は自生的(独立的)支出の額だけで決まることになる。また所得を増やすには自生的(独立的)支出を増やせば良いことになる。さらに消費比率のcが安定的と言うことは、平均消費比率と限界消費比率はほぼ一致すると考えて良い。
話は繰返しになるが、所得を増やすには自生的(独立的)支出を増やせば良く、投資でも輸出でも良い。もちろん政府支出の増大でも良い。したがって民間の投資や輸出が不振な場合には、代わりに政府支出を増やせば良い。よく無駄な公共投資が経済成長を妨げるという話が出るが、ケインズの乗数効果の波及過程を理解すれば、これがばかげた議論であることが容易に理解できる。所得を決定するのは自生的(独立的)支出のあくまでも額であり、質や内容ではない。
ケインズも政府支出の内訳は何でも良いとしている。極論として、地中にお金を埋め、それを掘り返す公共事業でも良いのである。ところがこの有名な例え話が誤解を招き、ケインズの政策は無駄を生むという評価に繋がっている。しかしもちろんケインズは、同じ有効需要創出事業なら、なるべく皆が喜ぶ事業を行うべきと主張している。ただどのような事業を行っても、それによる所得の増加額は同じとしているのである。
ケインズは、自由経済では供給が需要を上回っている状態、つまりデフレギャップ(生産設備の遊休と失業)が生じる可能性があることを証明し、この解決策として政府支出による有効需要創出政策が有効としている。一方、ケインズが批判の対象とした古典派の経済学では、そもそも生産設備の遊休と失業が発生しないことになっている。古典は経済学の世界では、供給が需要を上回れば価格が下落し需給が均衡し、失業が発生すれば賃金率が下がり失業は解消する、また貯蓄が投資を上回れば金利が下がり貯蓄と投資が一致することになるとケインズは指摘している。古典派経済学は予定調和の世界である。
しかしケインズが活躍したのは、世界的な大不況の時代である。ケインズは英国の大不況を分析し、古典派経済学の理論では現実の経済が全く説明できず、古典派経済学の理論が成立するのは極めて特殊な条件が揃った時のみであることを証明した。むしろ現実の経済では、需要が不足し、失業が発生し、設備の遊休が生じることが一般的とし、「雇用・利子および貨幣の一般論」を著した。ケインズはこれらに関し、賃金の下方硬直性や、どれだけ資金が余っていても金利が一定以上には下がらず投資が増えない状況、いわゆる流動性のワナの存在を指摘した。
ケインズの場合、古典派との論争だけがクローズアップされる。しかしケインズが本当に危機感を持ったのは、当時世界的に広まったマルクス経済学の興隆である。ソ連の共産主義革命が成り、英国にもマルクス経済学の信奉者が増えていた。少なくともマルクス経済学は、世界的な恐慌の発生を予告しそれを当てた。しかしケインズは、政府が叡智を持って有効需要の管理さえすれば、全てを政府管理下置く計画経済を行う必要はないと考えた。むしろ当然ケインズは、資源の配分は自由主義経済の価格メカニズムに委ねる方が良いと考えていた。
- 複合乗数、超乗数
ケインズ経済学は短期静学と呼ばれ、一時的な需要不足の解消の処方箋とされた(ケインズは第二次大戦後まもなく死亡したため、戦後の評価を心外と思うかも知れないが)。しかしケインズの弟子達は、ケインズモデルを拡張する方向で、景気循環理論や経済成長理論といった長期動学に流れた。資本主義経済は、ケインズが指摘するように需要不足に陥る可能性があるが、需要さえ下支えすれば、それ以降は古典派の理論が有効であると彼等は主張した。サミュエルソンがその代表格で、彼によって「新古典派綜合」がなされた。ケインズの弟子達は、有効需要不足の問題より、経済成長にスタンスを置いた。彼等が新古典派、つまりネオクラシカルである。
経済学がケインズの短期静学から新古典派の隆盛に変わった背景を考えてみよう。第二次大戦前の世界恐慌も大戦の軍事支出で緩和された。しかし米国には、戦後も依然デフレギャップが残った。これは米国のデフレギャップがそれだけ大きかったことと、皮肉にも戦争で米国本土の生産設備が破壊されなかったことも影響していると考える。そこで米国連銀は青空天井で米国債を買い上げ、米政府はこれを財源に財政支出をどんどん増大させた。特にライバルの新興国ソ連に対抗するため、社会福祉政策を充実させた。さすがに米国は好景気となり、50年代は米国のゴールデンエイジと呼ばれている。
サミュエルソンら新古典派が活躍したのは、このような時代である。彼等は需要不足による失業や設備の遊休といったケインズが取組んだ問題は既に解決がついたと感じた。そして経済学の世界では、より高い経済成長を実現するための方策に関心が移った。さらに経済成長に伴う物価上昇が問題になり、インフレなき高度成長の実現に関心が集まった。
資本設備が完全利用され、労働力が完全雇用されている状態での経済成長の上限は、生産力(P)が決定することになるとサミュエルソン達は考えた。この考えに立てば生産力(P)が増えなければ、所得(Y)は増加しないことになる。一方、ケインズ経済学の短期静学では、余剰の生産力(P)が存在することが前提になっていた。しかしサミュエルソン達は、資本設備の完全利用、労働力の完全雇用の状態を想定した。
ここからは経済学の教科書の記述を参考にする。資本設備の完全利用、労働力の完全雇用の状態で自生的(独立的)支出が増えれば、まず所得(Y)が増え、所得(Y)が増えれば、一定の割合の消費(C)が増える。消費(C)が増えれば、この追加的消費に対応する投資(I)が増える(製品や仕掛品の在庫投資も含む)。この投資は自生的(独立的)投資に対して、誘発投資と呼ばれている。この誘発投資の増加によって生産力(P)が増える。また誘発投資の増加は乗数効果を通じ所得(Y)を増加させる。この所得(Y)の増加によって消費(C)が増え、これがまた次の誘発投資と生産力(P)を増やす。この循環は減衰しながらも無限に続く。
ただし投資の増加が生産力(P)に変わるには、時間の概念の導入が必要になる。ケインズの短期静学に対して、サミュエルソン達は長期動学を提唱した。また増加した所得(Y)に対して、誘発投資が起ることを加速度効果、そしてその割合を加速度係数(β)と呼ぶ。ここでは関連する複雑な計算式を割愛する。ケインズの乗数を1/1−c(cは消費比率)と説明したが、加速度係数をβとすれば、サミュエルソン流の加速度効果を加味した乗数は1/1−c−βとなる。cを0.6、βを0.1(所得が10増えた場合、その10%の1の誘発投資を生むケース)とすれば、ケインズの乗数値は2.5となり、加速度効果を加味した乗数値は3.33と大きくなる。
経済学者ランゲはケインズの乗数を単純乗数、サミュエルソン流の加速度効果を加味した乗数を複合乗数(ヒックスは超乗数と呼ぶ)とそれぞれ呼んだ。ケインズは民間の投資を期待収益率と金利の関数と捉え、自生的(独立的)投資としたが、サミュエルソン達はそれに加え、所得(Y)の増加による誘発投資という概念を新たに導入した。
しかし世の中には正統派のケインジアンと呼ばれる経済学者がいる。この人達はこの誘発投資の存在を軽視、あるいは無視する。投資は全て自生的(独立的)投資という考えるのである。ところで筆者はガチガチのケインジアンではないが、実は最近、この考えに近くなっている。
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