- 危うい欧州連合(EU)
世界的に経済のグローバリズムは進行している。まず韓国・台湾、そしてAPECなどのアジア諸国の経済発展があり、さらにベルリンの壁の崩壊後、ロシア、中国、そして東欧などの旧共産国家が世界市場に登場してきた。また工業製品だけでなく、米国主導によって資本や金融の分野の自由化が押し進められてきた。
交易の活発化のため、WTOなどの交易のルールを定める国際的な機関や取決めが整備された。しかし世界的な交易の統一ルールの作成が困難であることがはっきりしてきた。この大きな原因は、経済のグローバリズムが、決して全ての国民レベルに幸福をもたらさないと分かってきたからである。どうしても経済のグローバリズムで割を喰う人々が生まれる。徐々にどの国でも国内に不満を持つ人々の割合が大きくなり、全ての国の利害を一律に調整することが困難になってきた。
そこで経済のグローバリズムの信奉者達は、世界的な統一ルールを作ることをほぼ断念し、組み易い国との自由貿易協定(FTA)を結ぶ方向に方針を転換している。手当りしだいに色々な国とFTAを結べば、なんとか自由貿易に近付くという訳である。一般にFTAは、先進国と発展途上国や中進国との間に結ばれる。一方先進国同士は、既にほぼ自由貿易が実現している。
一方では個々の国同士ではなく、近隣の国々が一つのグループになって自由貿易圏を作るケースが目立つ。欧州連合(EU)や北米自由貿易協定(NAFTA)などが代表例である。アジアでも東アジア経済統合の構想が持ち上がっている。これはAPECから米国を除いた国々の共同市場構想である。もっとも米国はこの東アジア経済統合の構想に反発している。
その中でも欧州連合(EU)が、今後の経済のグローバリズムの行末を占う上で参考になる。先々週号で、今日の自由貿易のための施策が関税や補助金の調整に限られており、これだけでは公正な競争が担保されないことを指摘した。長らく各国の関税や補助金をなくすことが、公正な交易を保証する政策と見なされてきたが、それだけでは全く不十分である。各国のこれ以外の為替、環境、労働、厚生福祉などの政策などによって交易の不公正が生まれる。特に為替操作によってとてつもなく大きな不公正が生まれている。
EUは統一通貨ユーロの採用によって、この為替変動の問題をクリアしようとしている。しかしこれにはまずスタート時の各国通貨のユーロの換算比率が適正かどうか問題になる。EUの中でも旧EU加盟国の先進各国は、それまで変動相場制を採用していたので、ユーロへの換算は、これに準拠して行うことによって問題は生じない。問題はチェコやポーランドなどの旧共産国家である新加盟国である。しかし新加盟国の人件費が旧EU加盟国の5分の1から6分の1ということから、購買力平価から著しくかけ離れた換算比率は用いていないようである。中国の人件費が20分の1とか30分の1といったデタラメな為替の設定をしていることと比べれば、穏当な換算比率の水準だったと考えて良い。
環境、労働、厚生福祉などについては、EU各国は特にこれらに神経質であり、なんとか調整がつくものと考える。このように見てくると、欧州連合(EU)は統合するための有利な条件が比較的揃っている。問題があるとしたなら、旧加盟国と新加盟国の間の大きな経済格差である。
しかしそれにもかかわらずEUの拡大と統一通貨ユーロの採用は、先進国の旧EU加盟国の経済にかなり大きな影響を与えている。旧加盟国の中で、第二次産業の比率が高い国がドイツとイタリアである。そして経済の調子が特に悪いのがこの二カ国である。たしかに人件費の安い新加盟国への直接投資が増えており、これがドイツとイタリアの経済にとって打撃になっている。イタリアではユーロからの離脱を真剣に検討されているくらいである。
- EU統合と東アジア経済統合
先週号で経済のグローバリズムの進展は、一つの国の中で都会に有利、地方に不利という話をした。しかしこれは都会と地方の各々全体の話である。ところが同じ都会に住んでいても、競争に晒されている人々とそうでない人々がいる。当然競争に晒されている人の所得は低い。むしろ地方より都会の方が所得格差が大きいと考えられる。そして経済のグローバリズムの進行は、都会の人々の間の所得格差を一段と広げる。
経済のグローバリズムの話といっても、地方にとっては主に「物」の交易が問題であった。ところで都会の経済は、ほとんどがサービス業で成立っている。しかし同じサービス業でも参入障壁が高いものと低いものがある。参入障壁が低いものでは競争が激しくなり、所得は低くなる。都会の住民にとって経済のグローバリズムの進行は、「物」の交易より「人」の移入、つまり出稼ぎ労働や移民の方が問題である。
出稼ぎ労働や移民はほとんどが参入障壁が低い単純労働に就く。このことはこれまで単純労働に携わってきた人々の職を脅かすだけでなく、低い賃金をさらに低くする。フランスとオランダでEU憲法採択が国民投票によって否決された。両国の国民がさらなるEU統合に拒否反応を示したのだ。ドイツに比べ、フランスの経済の方がましなのにかかわらずである。それというのもEU憲法が域内の「人」の移動の自由化を含んでいるからである。つまり地方は主に「物」の交易に反発し、都会の低所得層は「人」の移入に反対したのである。たしかに経済のグローバリズムの進展は、都会に有利であるが、都会の中でも競争に晒されていない人々にだけ特に有利なのである。
経済のグローバリズムの本質が明らかになるにつれ、人々の反発が激しくなっている。本誌はずっと取上げてきたが、数年前からWTOやIMFの総会が反グローバリズムNGOに取巻かれる騒ぎになっている。サミットも人里離れた処でしか開催できなくなっている。ところが日本のマスコミだけは、このような事態をまともには取上げようとしない。まるで反グローバリズム運動を「一部の跳ね上がり者」がやっているといった感覚である。
EU各国は昔から互いに経済の依存関係が深い。宗教上もキリスト教という共通の精神基盤がある。歴史的にもローマ帝国やハップスブルグ家の支配を受けたことがある。各国の王家も姻戚関係にある。また完全ではないとしても、各国の人々はいくつかの国の言語を操る。さらに第二次大戦の反省から、この地域での戦争を回避したいという強い共通の思いがある。つまりこれまで述べてきたような統合に好条件が揃っているEUでさえ、経済の統合に躓いているのが現実である。
経済のグローバリズムは反省期に入っている。ところが前段で取上げたように「東アジア経済統合」なるものの構想が浮上している。しかし本当に欧州連合(EU)みたいなものが、アジアで実現するかということである。EUは躓きながらも、共同市場の創設と統一ユーロの導入まで来ている(将来はどうなるか不透明であるが)。これもヨーロッパには、曲がりなりにも数々の共通の基盤があるお陰である。
久米宏の日本テレビ系の「A」という番組が早々打切りになる。アジアと日本の関係を取上げた番組であったが、あまりにも視聴率が低かったからである。実際、日本人にはアジアの一員という自覚が薄い。「日本人は日本人」という感覚である。多くの人々がアジアにそれほど関心がないのに、一部の人間が「グローバリズム」と騒いでいるのである。日本とアジア諸国との間には、あまりにも共通の基盤がないのである。「東アジア経済統合」については改めて取上げる。
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