- 年金積立金担保国債の正統性
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」で取上げたように、日本の財政問題、つまり累積債務問題は誤解されている。日本で累積債務が問題になる時には、グロスの債務残高が用いられている。「先進国の中で、日本は政府の債務残高のGDP比率が異常に大きい。まさに日本の財政は危機である。」と言った場合の債務残高はグロスの数字である。しかし日本政府は一方で大きな金融資産を保有している。筆者は、債務残高のGDP比率を各国と比較する場合には、グロスの債務残高ではなく、グロスの債務残高から保有している金融資産を差引いた純債務残高を使うべきとずっと主張している。実際、OECDは各国の比較は、グロスの債務残高ではなくこの純債務残高を使っている。
純債務残高を使った、つまりOECDの基準では、日本の債務残高のGDP比は他の先進各国と遜色はない。(さらに筆者は、日銀が保有する国債や政府短期証券も実質的に国の借金ではないのだから、これを純債務残高から差引くべきと考えている。これで比較すると日本の財政状況は先進国の中で際立って良くなる。)これは日本の金融資産が各国に比べ、突出して大きいからである。金融資産が大きい理由は、外貨準備高が大きいことと、そしてなによりも公的年金の積立金が197兆円ととてつもなく大きいことである。
日本の厚生年金の積立金は、給付額の5.5年分もある。ちなみに米国が1.5年分であり、英国が1.2ヶ月分、ドイツにいたってはたった1ヶ月分である。つまり日本も英国やドイツのように、保険料であれ、消費税であれ、年金給付に必要な財源を常時調達する形に制度を変えれば、巨額の積立金は不要になる。つまりたとえば年金給付に必要な財源を、消費税で調達することに決めれば良いのである。
消費税を年金給付に充てると決めれば、公的年金の積立金の197兆円は宙に浮くことになる。この197兆円は、保険料で集めたものであるが、実体は税金と同じものである。先程OECDの基準で債務残高のGDP比を各国で比較する場合、金融資産を差引いた純債務残高を使う話をした。そしてこのOECDの基準が、極めて合理的であることはこれでご理解できるであろう。
筆者のアイディアでは、消費税を年金の財源にするが、消費税の増税を行う前に、公的年金の積立金を取崩すことである。ただし積立金を取崩す方法として、直接取崩すのではなく、積立金を担保にした国債を発行し、これを日銀に売却(日銀引受)する。一種のセイニアーリッジ政策との組合せである。
先々週号で読者の方から、政府貨幣発行政策(セーニアリッジ政策)についてのご質問があったことをご紹介した。筆者は、まさに日本の年金問題の解決策として、このセーニアリッジ政策を応用することを提案している。ただしセーニアリッジ政策と言っても、政府が政府貨幣を直接発行するのではなく、公的年金の積立金を担保に国債を発行し、中央銀行である日銀がこれを引受ける方法を考えている。
政府貨幣の発行と日銀による国債引受の間では、大きな違いはない。政府が政府貨幣(紙幣)を作成し、これを日銀に持込めば、機械的に日銀は、国が日銀持つ口座、つまり国庫の残高を増額する。つまり100兆円の政府貨幣(紙幣)を日銀に持込めば、自動的に国庫の残高が100兆円増えることになる。一方、政府が100兆円の国債を発行し、これを日銀が引受けるなら、同様に日銀の国庫の残高が100兆円増えることになる。日銀のバランスシート上は、借方に100兆円の政府貨幣(紙幣)が載るか、あるいは100兆円の国債が載るかの違いである。貸方はどちらも国庫の残高が100兆円増えることになる。
ただし法律上の手続きが両者で異なる。もし100兆円という高額紙幣を発行するなら「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」の改正が必要になる。現行では500円硬貨が政府貨幣(紙幣)の最高限度である(記念事業として発行する貨幣の場合は一万円まで認められている)。一方、国債に関しては、財政法の第5条で国債を日銀が直接引受することを、原則として禁止している。しかしこれには但書きがあり、特別の事由がある場合には、国会の議決を受けた範囲で、国債の日銀引受けができる。いずれにしてもセーニアリッジ政策には、立法措置が必要と考える。
これらの方法の他に一旦国債を市中で売却し、これを日銀が買オペする方法がある。これは財政法上の国会の決議は不要である。実際、日銀は今日既に買オペによって70兆円以上の国債を保有している。しかしこの限度額を、日銀は、一応、通貨の供給量の範囲と言っている。ただしこの限度額の根拠ははっきりしない。たしかに国債の買オペまでセーニアリッジ政策に含めるかについては議論があろうが、これも実質的な通貨増発政策である。
- ギリギリ理解が得られるセーニアリッジ政策
デフレ経済の日本にとって政府貨幣発行政策(セーニアリッジ政策)は好ましい政策である。しかし経済学者の中には、これに反対する者が多い。ところが反対の論拠が情けないほど薄弱で幼稚である。「そこまで通貨を堕落させて良いのか?」と言った類いがほとんどである。その程度の意見しかないのなら、今日の管理通貨制度に反対して、金本位制の復活でも主張すべきである。
「通貨の発行が二元化する」という意見がある。中央銀行である日銀が存在しているのに、政府も通貨を発行することが問題と言うのである。しかしこれも本質的な議論ではない。もし問題が生じるとしたなら、次の日銀の独立性に関連することであろう。
セーニアリッジ政策全般に言えることは、これが日銀の独立性を脅かすことである。セーニアリッジ政策は政府がリードすることになるが、これは中央銀行の金融政策に影響する。しかし中央銀行の独立性と言っても、絶対的なものではない。金融政策は中央銀行だけが行うものではなく、政府の意向というものが斟酌されるのが当然である。
インフレが問題になっている時代なら、政府が人気取り政策に走り、インフレを加速させることを中央銀行が牽制することに意義がある。しかし今日問題になっているのはデフレである。日銀の独立性を重視する必要性は小さい。むしろ日銀が政府のデフレ対策に協力するのが自然である。実際、今日、日銀が中心となってデフレ対策を行っている。ところが日銀がデフレ対策を行っているのに、むしろ政府がデフレを助長するような政策を行っていることが異常なのである。この影響で日本の金融はいびつな形になっている。
筆者の知っている限りでは、セーニアリッジ政策に賛同している政治家はある程度はいる。民主党には政府貨幣発行論者が目立つ。特に西村真悟議員は、2年前予算委員会の分科会で塩川財務大臣に政府貨幣を発行することを迫っている。
一方、自民党には国債の日銀引受や日銀の国債の買オペを主張する政治家が多い。亀井静香元政調会長は、国債(金利ゼロ)の日銀引受派である。日銀の国債の買オペ増額派も多い。やはり与党の政治家は、現行システムの延長線上の政策を好むようだ。
ちょうど2年ほど前、筆者達はある政治家を介して相沢英之衆議院議員(当時)とお会いした。相沢さんは自民党の中では、経済に関する一番の政策通の政治家として知られていた。元大蔵事務次官で、財政、金融、税制の第一人者である。当時、自民党のデフレ対策特命委員会の委員長だった。用件は経済政策に関する説明だったので、話を持って行くには相沢議員が最適任と考えられたのである。
本題の説明は簡単に済んだ。すると突然、相沢さんはセーニアリッジ政策の話を始めた。「私は政府貨幣発行までは必要はないと思うよ。政府が国債を発行し、それを日銀がどんどん買えば済む話じゃないか。そう言えば昔、京都の経済学者(おそらく丹羽春喜教授)から政府貨幣発行の話を聞いたな。」とおっしゃった。そこで筆者は「日銀がどんどん買うと言っても、日銀は内規で国債の保有額に限度を設定しているようですよ」と指摘した。すると相沢さんは「うんそうなんだ、それは私も知っているよ」と答えられた。
相沢議員との話は中途半端な状態で終わった。しかし小泉政権における構造改革運動が展開されている今日、セーニアリッジ政策による積極財政と言っても実現性は全くない。しかし経済を良く知っている政治家達の中には、日本経済のデフレからの脱却には、これしかないという認識があるなと密かに感じた。ただそれを口に出せる雰囲気になっていないのである。
財政支出の無駄が話題になっており、積極財政と言っても、二の足を踏む政治家が多い。このような状況で、青空天井の印象がある政府貨幣発行政策は難しい。また国債の日銀直接引受は国会の議決が必要なことが難点となる。そうなれば相沢議員がおっしゃるように、日銀の買オペの増額が現実的な政策ということになる。
筆者は、年金積立金を担保にした国債を発行し、これを日銀が買い入れることを提案している(国会の議決による直接引受と、一旦市中に売却した後日銀が買オペする二つ方法が考えられる)。年金積立金を担保にするので、限度額ははっきりしている。この限度額を法律で定めることもできる。また資金の使途は、年金の給付や保険料の引下げの財源である。今日においては、このような形のセーニアリッジ政策なら、ギリギリ理解が得られるのではないかと考えている。
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