- 現実に合わない年金制度
日本の年金制度は、公務員の恩給制度から始まった。恩給制度では、保険料の納付がなく、定年後は自動的に現役時代の俸給の一定額が公務員に支給されていた。当時は公務員のOBの数も少なく、また日本人の平均寿命も短かったため、経費もさほど大きな問題になっていなかった。
戦後、順次年金制度は整備され、厚生年金、公務員共済、国民年金という現在の形になった。公務員も公務員共済の保険料を納めることになった。昭和36年に整備された国民年金では、保険料納付が一定の年数に達しない年配者がいた。しかしこのような人々にも一律3万円の年金が支給されている。また日本の厚生年金、公務員共済の給付水準は世界的に見てもかなり高い。しかし経済の高度成長と戦後の労働人口の増加によって、保険料がどんどん入ってきたため年金財政は問題になっていなかった。
日本の年金制度は、一応、建前上は賦課方式、つまり年金支給を現役世代が負担する形になっている。しかし支給対象者が少なかった時代は、個人が払込んだよりはるかに大きな年金の支給を行っても、全体の保険収入の方が圧倒的に大きかったため、むしろ資金が余り、余った資金が年金の積立金となった。年金積立金は先進国の中でも突出して大きな額になっている。日本の年金制度を修正積立方式と厚生労働省は称しているくらいである。たしかに年金積立金があまりも巨額なので、これで将来の年金が全て支給できるような錯覚を与えている。
もし完全な賦課方式なら、現役世代が全て支えるのだから年金の破綻はないはずだ。ところが一方で、今日の年金制度では、将来の年金支給額を現役時代の収入の50%(現在は60%)と言った無茶な約束をしている。したがって年金積立金が巨額と言っても、このような高額の年金支給を今日の保険料で全額賄えるはずがない。もし現行の保険料で賦課方式を維持しようとするなら、そのうち現役世代は現在の数倍の保険料の納付が必要になる。
この現行の矛盾した日本の年金制度の維持する方策として、保険料の引上げ、年金支給額の削減、そして支給開始時期の延期が実施されている。しかしこれらの実施だけでは想定されている年金の全額支給は無理である。何故なら厚生労働省が、現実離れした楽観的な経済成長率と労働人口の増加率を基に、極めて甘い想定を行っているからである。どうしても年金積立金の取崩と消費税などによる国庫の負担増が避けられないところである。ところがどういう訳か、厚生労働省やマスコミは年金積立金の取崩しには消極的である。
しかし保険料の引上げや消費税の増税を先行させた場合、今日のデフレ経済下においては、さらにデフレを悪化させることになる。そこで筆者は公的年金の積立金の取崩しを先行させ、経済の浮揚させることが重要と提案した。なおかつ先週号までで述べたように、積立金の取崩方法として、積立金を担保とした国債を発行し、これを日銀引受とすることを考えている。
日本の公的年金制度は、基礎年金の上に報酬比例分が乗っかった2階建になっている。ただし2階建になっているのは厚生年金と共済年金であり、国民年金は基礎年金だけである。しかし正社員や公務員を対象にした厚生年金と共済年金の加入者の数は減少している。一方、フリータやアルバイト・パートなどの臨時雇用が増えており、国民年金の対象者は激増している。さらに保険料の引上げが予定されており、企業は保険料の負担が大きい正社員をさらに減らそうとしており、国民年金の対象者はさらに増えることになる。
国民年金の支給額は低い(それでも払込み額の数倍の支給はある)が、しかもそれさえも対象者の約5割の者しか、まともな年金が受取れないような年金保険料の納付状況である。つまり将来、一千万人単位の無年金者が生まれるという筆者の予想は決して大袈裟ではない。
たしかに個人資産があるため、国民年金に頼ることはないという人はいるが、これはあくまでも少数派である。社会保険庁は、納付率を上げるため、法律をたてにこの例外的な人々を追掛け、国民年金保険料を払えと迫っているのである。実にばかばかしい行動である。今、社会保険庁の改組が検討されている。ところがこの新しい組織体の一番の役目は、国民年金保険料の納付率の向上という。おそらく保険料納付の免除の乱発による納付率のアップを行うのであろう。しかしこのようなことで年金問題が解決するはずがない。日本中が相当狂っているのである。
- 国民一律の年金
日本の年金制度には誤解がある。たしかに国民年金においては、掛け金の半分相当額が国庫から拠出されている。一方、厚生年金は全額民間の負担になっており、国庫の負担がないと思われている。しかし厚生年金保険料の企業負担分は税務上損金になり、その法人税相当分の税金が投入されていることと同じである。また従業員も所得税務上、厚生年金の保険料は所得から控除されており、これについても実質的に税金が投入されていることと同じである。また共済年金にいたっては、厚生年金の企業負担分に相当するものは全額税金で賄われている。ちなみに米国の公的年金制度では、課税後所得から積立がなされている。
国民年金は個人単位になっており、厚生年金と共済年金は世帯単位になっている。厚生年金と共済年金は職を持たない(職があっても一定額以下の所得)配偶者、つまり専業主婦(第三号被保険者)は国民保険の保険料を納付していると見なされている。このように国民年金に比べ、厚生年金と共済年金は極めて有利な仕組になっている。
さらに厚生年金は、民間の中でも規模の大きな企業が中心になっている。しかし大企業は、厚生年金保険料の負担を価格に転嫁することが可能である。つまり一般の消費者は、大企業の従業員の厚生年金の保険料を一部負担しているとも考えられるのだ。ところがあるテレビ局の記者は、厚生年金の積立金の一部が国民年金に拠出されていることを捉え、自分達が国民年金未納者の負担を行っており「我々は犠牲者」と憤っていた。大バカ者である。
しかし国民年金も払込み額の数倍の年金の支給があり、年金未納者が多いほど、将来年金の受給人数と受給額が減り、年金財政は楽になる。また厚生年金と共済年金には、国民年金分が含まれているのだから、国民年金への拠出があるのが当り前である。さらに国民年金には、厚生年金と共済年金の専業主婦(第三号被保険者)の負担があり、そして保険料の掛け年数が少ない年配者への一律支給を行っており、一概に、厚生年金の積立金から国民年金に拠出することが、問題とは言えない。
現役時代においても、厚生年金と共済年金の対象者と国民年金の対象者の所得格差は大きい。そこでせめて年金くらい国民全員が平等な額にすべきという極端な意見がある。たしかに厚生年金や共済年金にしても、掛け金の数倍の年金を受取ることになる。現役時代、多少多目に払込んだと言え、国民年金との給付額の格差が考えられないくらい大きいことは問題である。しかし厚生年金や共済年金は、一種の既得権になっており、国民全員が平等な年金というアイディアはまず不可能である。
しかし年金に係わる一番大きな問題は、やはり将来の無年金者の増大である。正直言って、一千万人単位の無年金者がいる社会なんて想像もできない。現行で考えられる救済方法は生活保護しかない。しかし生活保護予算が今日の5倍から10倍も必要となり、とても現実的とは言えない。
さらに現行の生活保護制度自体が極めていかがわしい。都道府県によって生活保護費に考えられないくらいの格差がある。県民一人当りの生活保護費が3,000円台の県がある一方、この6倍から7倍の生活保護費が毎年支給されている都道府県がいくつもある。このようなことは通常考えられないことであり、この制度の拡充なんて論外である。
結論として、筆者は、やはり国民一律の年金の導入しかないと考える。金額は、月額で5万円から7万円が適当と思っている。つまり国民年金はこの一律の年金の上に乗る形になり、二階建となる。したがって厚生年金と共済年金は三階建となる。自己責任が問われる今日であるが、緩い物価上昇を容認する見返りに、一律の年金を導入すると考えれば良い。
しかし厚生年金と共済年金は、一律の年金の導入によって報酬比例部分をある程度圧縮できる。最終的に現役時代の所得の50%から55%くらいを支給できれば、賛同を得られると考える。また現行の保険料は所得の14%くらいで、これを労使で折半している。報酬比例部分を圧縮することによって、これを10%とか8%に引下げることができると考える。
筆者の年金改正案なら、厚生年金と共済年金の対象者の可処分所得が増えることによって消費が増え、また企業の利益も増える。これによって消費が増え景気が良くなる。国は景気が良くなって税収が増えるだけでなく、保険料引下げによって厚生年金と共済年金の対象者の所得税と企業の法人税が増える。これらの税収増の一定額は年金の積立金に繰入れる。また企業は、年金保険料の負担が減ることによって、正社員を増やすことができる。
民間企業の負担による社会保障制度には限界がある。実際、米国のGMやフォードがOB社員の社会保険負担(レガシーコスト)で苦境に立っている。日本企業も明日は我が身である。とにかく筆者の年金制度改正案なら、日本国民全員がばん万歳のはずである。
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