- 論客が得意なヴァーチャルな数字
数年前、国会議員を対象にしたセミナーに立会ったことがある。ある民主党の国会議員の主催で、議員会館の会議室に民主党と自由党の議員が20名くらい集まった。テーマは「積極財政を行って経済を成長させた方が、GDPに対する国の債務比率は小さくなるというシミュレーションの説明」だった。つまりセミナーの要旨は、一時的にも政府の赤字を増やした方が、むしろ財政が健全化するというものである。説明の後、出席議員から色々な質問や意見が出た。
しかしどういう訳か、途中から話が日銀の問題に変わった。政府の赤字を増やせば、国債の発行が増え、金利の上昇の懸念がある。たしかに金利上昇を抑える方法の一つとして、日銀の国債買入を増やす政策が必要になる可能性がある。このような方向に話が変質したのは、民主党の中で論客と言われている議員の意見が影響した。この国会議員は、民主党の中でも経済問題にうるさいということで定評があった。逆にこの論客を説得できたなら、当時の民主党の流れを変えることも可能という話である。
この論客議員は「積極財政の結果、日銀の国債買入増が必要になり、日銀の資産内容が悪くなる」と、積極財政を牽制する意見を述べたのである。他のセミナー出席者にとっては、誰も日銀の財務内容なんか思いも及ばない話である。中には「さすが○○先生」と感心している者もいたかもしれない。この論客議員もなんとなく「俺は他の政治家とは違う」と自惚れているような口振りであった。
ほんの数カ月前の予算委員会で、日銀の財務内容の悪化の問題にする民主党の国会議員がいた。案の定、例の論客議員である。どうも日銀の財務内容の話は、この政治家の得意科目のようだ。しかし日銀の財務内容の悪化が、本当に日本経済にとって悪いことなのかどうか、検討してみる必要がある。
筆者は、元々政府貨幣発行論者である。しかし政府貨幣発行が政策として理解が得られない時には、国債の日銀の直接引受か、あるいは日銀の国債の市場からの買増しでも良いと考える。いずれにしても自己資本比率が小さくなり、日銀の財務内容は悪化する。しかし筆者は、積極財政が必要でそれを行わなことで日本経済が破滅的になるくらいなら、日銀が国債を買入れることは決して間違った政策とは考えない。むしろ日本経済がどん底に突き落とされているのに、日銀の財務内容だけがピカピカで立派という方がグロテスクな図と考える。
さらに日銀の財務内容悪化による弊害の論拠が、極めて薄弱であることを指摘したい。まず「悪化」という言葉が真相を誤魔化す。財務内容悪化論者は、直ぐに「日銀券の信用がなくなる」「円は信頼をなくし暴落する」と言ったセリフで誤魔化しをやる。要するに「日銀券の信用がなくなる」とは物価が上昇することであり、「円は信頼をなくし暴落する」とは円安になることである。しかし財務内容悪化が、結果的に日本経済にとって好ましいことなら、むしろ話は全く逆になる。
物価上昇が問題と言っても、バブル崩壊後、日本では物価は下がり放しである(97年の消費税アップによる若干の上昇を除き)。今日インフレが問題ではなく、デフレが問題なのである。実際、物価上昇が問題になるとしても、小さな物価上昇ならば容認されるであろう。また円安はむしろ日本経済にとって好ましいことである。むしろ自国通貨の通貨が下がることは自国経済にとって良いことであり、実際、戦前は各国で通貨の切下げ競争が行われた。
例えば中国が経済成長をスタートさせたのも、人民元を大幅に切下げてからである。昔、中国が見栄をはっていたせいか、1人民元はほぼ1米ドルと過大な評価に甘んじていた。これを8人民元を1米ドルに大幅に切下げた。暴落どころか大暴落である。ところがこれによって中国の経済成長が始まったのである。
自国通貨の大暴落した国は、その後、ほとんど例外なく経済が順調に回復している。ロシア、アルゼンチンもそうである。英国もポンド安で経済が回復した。特に90年代前半、ソロスが実力以上で推移していた英ポンドに売りを浴びせたことがきっかけに、ポンドは大幅に下落した。しかしポンドの暴落後、英国経済は長期に渡って好景気を続けている。
英国経済の復興についてもう少し述べる。奇妙なことに日本ではサッチャー元首相の評価が高いが、英国では決して評価は高くないと見られる。サッチャー改革の成果とか言われているが、単純に英ポンドが実力に応じたところまで暴落したことによって、英国経済は良くなったに過ぎないないと筆者は見ている。サッチャーによる構造改革らしきものがあったことは認めるが、これによって英国経済が良くなった訳ではないと考えるのである。案外、英国経済の救世主はソロスだったのではないかと思われる。
サッチャーの「構造改革の成果うんぬん」と言われているが、言っているのは日本の頭のおかしい構造改革派だけではないのか。実際、サッチャー及び、次ぎのメジャーと保守党の内閣が続いたが、保守党政権はそこまでであり、後は労働党が総選挙で3連勝している。サッチャー政権の政策が良かったのなら、保守党政権がもっと続いていたはずだ。そして経済の要は為替ということを薄々分かってきたのか、英国国民はユーロへの参加に反対している。
日本では日銀による国債の買いオペが毎月1兆2千億円ずつ行われている。既に14.5%(04年9月末)の国債を日銀は買っている。つまり財務内容悪化論者の言うところのバランスシートの悪化は相当進んでいる。ところが悪化論者の「のたまう」ところの、インフレと円の暴落とは正反対なことが起っており、日本経済は不調が続いている。要するに日銀の財務内容の悪化の度合が小さ過ぎるとも考えられるのだ。いずれにしても日銀の財務内容なんて所詮ヴァーチャル(虚構)なものである。ところが日本の経済政策は、このヴァーチャルなものに振り回されている。
- 「借金時計」
日銀のバランスシートより、筆者が関心を寄せているヴァーチャルな数字が、国の債務残高である。これについては04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」で取上げた。ここでより正確な財政の実態を比較するには、債務残高でなく債務残高から国の保有する金融資産(外貨準備など)を差引いた純債務額を使うべきと説明した。実際、日本のGDPに対する純債務の比率は他の先進国の数字と遜色ない。
さらに筆者は、純債務額から日銀が保有している国債残高を差引くべきと考える。日銀が保有している国債に対して国は利息を支払うが、日銀の利息収入は回り回って国庫に納付される。つまり日銀保有の国債は、実質的には国の借金にならない。ちなみに日銀保有の国債の残高を純債務額から差引けば、GDPに対する純債務の比率はさらに小さくなる。おそらく日本の実質的な財務内容は、先進国の中では際立って良くなると見る。日銀の保有する国債の全体に占める比率は、前述のように14.5%(04年9月末)である。先進国の中では、日本のこの数字は大きい。ちなみにフランスはゼロ、ドイツ0.3%(03年12月)、英国5.5%(03年12月)である。
ただ米国だけはこの数字が16.3%(04年3月)と日本より大きい。さらに米国の場合には非市場性国債というものが別に存在する。ところがこの非市場性国債というものの規模とか性格がはっきり分らない。おそらくこれは塩漬けされた国債と思われる。ところが日本の財政学者は完全に御用学者に堕落しているので、米国の非市場性国債について決して解説を行わない。ちなみに中央銀行が国債を保有することは、実質的にセーニアリッジ政策である。つまり日本や米国は既にセーニアリッジ政策を行っていることになる。そして米国は日本よりさらに大胆なセーニアリッジ政策を行っているのである。
日本の構造改革派は、ヴァーチャルな数字にもかかわらず、この債務残高だけをやけに大問題と言ってクローズアップする。数字がヴァーチャルなのに、この虚構の数字が人々に誤解を与えているのだ。実質的な日本の国の債務残高自体は決して大きくない。しかし構造改革派の財政再建キャンペーンは段々巧妙になっている。
国の債務残高が「730兆円になった」「750兆円になった」と国民を脅かす。さらに「国民一人当り600万円もの借金を持っているのと同じ」とか「そのうち1,000兆円にもなって、国の財政は行き詰る」と言って人々の恐怖感を煽っている。そして一番悪質なものの一つが「借金時計」である。
先週号で紹介したように、財部誠一氏のホームページの「借金時計」は有名である。さらに最近では、TBSの「みのもんたの朝ズバッ!」にも「借金時計」が登場している。これらは一秒毎に借金が増えて行く様を示し、見ている者を不安におとしめることが目的である。国の債務残高というヴァーチャルな数字を使って、日本の財政は最悪といった世論統制が行われている。まるで戦前と同じような暗黒時代になったものである。
国の債務残高がヴァーチャルなものではなく、実質を伴っているのなら筆者もこの大騒ぎに賛同する。しかしこれが虚構そのものなのである。実際、公表されている国の債務残高がヴァーチャルでなく現実ならば、金利や物価はめちゃくちゃになっているはずである。つまり日本の金利は考えられないほど高くなって、物価も信じられないほど高騰していて当然である。ところが金利は史上最低の水準で推移しており、物価は上昇どころか下落しているのである。しかしこのような正論を述べても、大多数の人々はヴァーチャルな数字を使って洗脳されているので、残念ながらなかなか理解を得られない。
むしろ日本の経済政策は、国の債務残高などのヴァーチャルな数字が重視されているため、間違った方向(緊縮財政)に進んでいる。しかし緊縮財政も徹底されたものではない(中途半端な緊縮財政)ので、極端には経済は落込まない。また銀行への資本注入、日銀による株式購入、為替介入などのいびつな政策の連発で経済の不調を誤魔化されている。したがって日本経済は、いつまでも長期不調から抜け出さない。
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