平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


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97/10/13(第37号)


市場の心理を考える
  • 経済における外挿と言う現象
    今週号は6/23(第21号)「投機と市場を考える」の続編として市場における心理について述べたい。経済の世界では、しばしば「外挿」と言う現象がおこる。ある権威筋から予想数字が事前に出ると、結果もそれに近い数字になると言う現象である。例えば、春闘における賃上げ率について、マスコミなどから予想の数字が出ると、それに合理的な根拠がなくとも、結果も予想と変わらないと言った具合である。かりに「今年の賃上げ率が3パーセント」と言う数字が権威ある筋から予想として出されると、3パーセントに満たない労働組合は、それ近づけようと頑張るし、3パーセントを越える場合はそれで良いであろうと言うことになる。これらのことによって結果的には、まさしく賃上げ率は3パーセント近辺におさまることになる。
    市場にはこれによく似た現象が起こりやすい。「為替レート」と「内外の金利差」の関係でも同様なことが起こる。ちょっと前までは、「水が高い所から低い所へ流れるように、資金は金利の低い国から高い国に流れる」ともっともらしい話が権威を持っていた。実際、マスコミに登場するエコノミストもほとんどこのようなことを言っていた。そして資金もそのように動き、結果的に「ドル高円安」の傾向がかなり続いたのである。以前から主張しているように筆者の考えは、「金利差」は両国の物価上昇率やリスクを反映して決まるのであり、通常はどちらの国で資金を運用しても同じ利益が得られる水準に「金利差」は決まると言うことである。「内外の金利差」だけで資金が移動している場合には、これは合理的ではないので、いつか反動が起こることになる。
    このことの良い例はタイバーツの下落である。下落前のタイの定期預金の金利は8パーセント前後であった。これだけを見れば、資金を日本で運用するよりタイで運用する方が賢いことになる。実際、「内外の金利差」説を信奉する市場参加者が多いせいか、日本から資金はタイに流れていた。しかし、経常収支が赤字のタイにとって、金利を高く維持し、バーツの価値を高く維持することは、矛盾を増大させることになった。ついにはバーツは30パーセント下落した。実にこれは金利の4年分である。米ドルは違うと主張する向きもあるかもしれないが、基本的には同じである。また、これは金利全般に言えることである。国内においても、一番信頼ある政府が一番低い金利で資金を借り、一方、担保もない個人は金利の高い消費者金融から借りることになる。どれだけでも金利を払うと言う人間に、人は通常「金」を貸さないものである。これからわかるように「金利差」だけで資金が移動すると言うことは根拠のない話である。

  • 市場に起こる色々な外挿現象
    「為替レート」と「内外の金利差」の関係では、理論的におかしくても、金利差で資金が移動することがありうることを説明したが、逆になんらかの原因で「為替レート」が動くとそれに応じて金利差が動くことがある。例えば「要人の円安を懸念する発言」により、円レートが急激に円高になったケースで、本来関係のないはずの「内外の金利差」が縮小することがある。これは市場に「内外の金利差」によって為替水準が決まると固く信じている者が多いほど、この傾向は強くなる。つまり「為替レート」だけが単独に動いてもらっては居心地が悪いのである。これらの結果からまさしく、事後的にも「為替レート」と「内外の金利差」が密接な関係があるかのような動きになるのである。
    しかし、この市場の動きは誤っているため、市場に矛盾が蓄積されて行くことになる。したがってこの矛盾が解消される時には大きなレートの動きとなって表われる。世界的な有名な投機家はこのような市場の矛盾を見つけるのが実にうまいのである。
    98年4月から日本では、外国為替の取引がより自由化される。これに関しては日本の資金の流れが注目されている。多くの論者は、これにより日本の資金は海外に流れると予想している。「外国為替の取引がより自由化されれば日本の資金が流出する」と言う考えが権威を得、世間の常識となれば、それが理論的に正しくなくても、資金はそのように流れる可能性がある。利益を得ようと思う者は我勝ちに米ドル資産の取得に走ることになる。実際、この動きにより短期的には「米ドル高」になり、米ドル資産を取得した者は利益を得るのである。これも経済における心理的外挿現象の一種と言える。筆者の考えは6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」で述べた通りである。現在でも手順を踏めば、外国為替の取引は自由なのだから、これがより自由化されても、そのことによって資金が大きく流出する理由にはならないと言うのが結論である。むしろ資金の流出が起き、かなり「円安」が進めば、そこでは世界の投機家に格好の餌場を提供することになる可能性があると言うことである。また日本に安全を求め流入する資金もあることから、一方的な資金の流れになるとは考えにくいのである。
    では実際に誰がその流れを決めるかと言う問題である。筆者はズバリそれは「マスコミ」と考えている。それが正しいかどうかを別に、連日「外国為替の取引がより自由化されれば日本の資金が流出する」と報道すれば、いつのまにかそれが世間の常識になってしまうのである。昨年の暮れからの「円安」傾向もこの影響の先取りと筆者は考えている。
    このような一種の外挿現象は為替市場に限られるものではない。証券市場でもよく起こる。バブル崩壊前までは「増資する会社の株は高くなる」と言うことが当然と考えられていた。理屈の上ではそのようなことがないのであるが、市場に参加している者の多くがそう信じているので、結果としてやはり増資する会社の株価は上がったのである。
    市場においてはこのような一種の外挿現象が起こりやすいが、これにはマスコミの働きが大きいと考えられる。今日「公共事業」は「悪の権化」のように考えられている。国と地方の借金は現在500兆円である。まるで明日にも日本が倒産するようなマスコミの扱いである。この借金はすこしずつ増えてきたのであり、急に借金が500兆円になったわけではない。実に、今年に入ってからの財政赤字と公共事業に対するマスコミの報道の仕方が異常に思われる。筆者は、これはマスコミが巧妙に情報操作されている結果ではないかと疑っている。ひょっとしたら情報操作した方もこの行き過ぎに多少とまどっているのではないかと考えている。政府は現在景気対策を検討しているが、財政支出の伴わない対策に限ると言うことである。政府もこの一種の外挿現象に完全に金縛り状態である。筆者は景気対策にはやはり「公共事業」が一番効果があると考えるが、現状では、当分、公共事業の出番は無理であろう。なお、景気動向と対策については後日また述べたい。

  • 為替レートの長期予想
    本誌の読者から「30年後には為替レートはどのくらいなると考えているか」と言うご質問を受け、これにお答えしたい。率直に申せば経済について将来を予想することは難しい。ボルガー前FRB議長が10年後の経済を予測することが難しいと言っているが、筆者には5年後のことさえよくわからない。話はちょっと変わるが、ある新聞では20数年後の日本経済の予想から現在に警鐘を鳴らすと言う連載を行なっている。しかし筆者はこの連載が嫌いである。やたら日本中にペシミズムをまきちらしているだけである。なかには何遍読んでも意味のよくわからいものもある。将来を語る方が多少賢く見られるのかもしれないが、ボルガー前FRB議長のような一級のエコノミストでさえよく分からないといった経済の将来をそんなに簡単に予想することができるはずがない。そして、もし20数年後の実際の経済が予想と大きく異なった場合には、これらの執筆者はどのような責任をとるのであろうか。
    筆者はこのように将来を予想することは難しいと思っているが、ただ予想するためのポイントだけは示せると考える。為替レートを予想すると言うことは円と米ドルの需給を予想することである。これについては2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」で述べたことから特に変更はない。国際収支は経常収支と資本収支で構成されている。まず、資本収支はこれまでの日本の赤字基調に当分変化はないと考える。海外への直接投資も継続するであろうし、証券への投資も続くであろう。日本の貯蓄性向も急激に小さくなることも考えられない。一方、海外からの投資はそれほど増えることもないであろう。したがって資本収支の赤字は続くことになるが、その絶対額はむしろ小さくなっていくと考える。これは日本からの資金の流出による「円安」に対して各国から非難が強まり、実質的に赤字幅に一定の限度がもうけられる可能性あるからである。また今後、世界的な資金の余剰が発生すると考えられ、これによりある程度、日本からの資金流出にブレーキがかかることも考えられる。この点については後日また述べたい。
    次に経常収支であるが、これは貿易サービス収支と所得収支で構成されている。所得収支は投資に対する見返りである利息や配当である。資本収支が経常的に赤字が続くと言うことは、海外の日本の資産の累積額が毎年増え続けることを意味する。つまり所得収支は増え続けることになる。今後は、これが貿易収支と並んで重要になるであろう。最後は貿易サービス収支であるが、これは貿易収支とサービス収支で構成されている。まずサービス収支であるが、これは主に旅行客の収支で決まる。差し引きでは日本はこの分野では大きな赤字が続いている。現在でも日本からの旅行者の数は増え続けているが、筆者はいずれはこれもピークを向かえると予想している。今日このサービス収支の赤字額と所得収支の黒字額は絶対額で拮抗しているが、将来は所得収支の黒字額の方が大きくなると予想している。
    問題は貿易収支の予想である。多くのエコノミストは近い将来日本は競争力を失い、収支も赤字に転落すると予想している。この主な理由は生産人口の減少と高齢化、さらに生産拠点の海外への移転である。筆者は「生産拠点の海外への移転」については予想が難しいと考える。これは今後の政府の対応が大きく関与しており、その行動が予想できないからである。また、政府の政策決定に大きな影響を及ぼすマスコミの動向が予想できない。ただ筆者は、今までの生産拠点の海外への移転のペースはスローダウンすると一応予想している。
    生産人口の減少と高齢化については、これは事実であるが、日本の競争力に大きな悪影響はないと軽視している。これを重視する向きが多いが、これは平均年齢だけは予想が容易だからと考えている。事実、逆にアフリカ諸国のように、国民の平均年齢が低い国が経済の成長が順調とも言えないケースもある。筆者は経済の発展にはもっと国民のメンタリティーみたいなものが重要と考えている。例えば国民の「好奇心」である。かりに日本人が高齢化して新しい物への好奇心を失えば、日本の経済の成長する可能性もなくなるであろう。しかし、こう言う事態はあまり考えられないと思われる。
    貿易収支を考える上でその国の生産性が問題になる。また、生産性は技術的なものと社会の構造で決定されると筆者は考える。今後は技術的なものについては各国でそんなに差はつかないと考える。良い技術が出現すれば各国ともそれを直ぐに採用するわけだからこの面では差がつきにくい。日本も各国に劣らず良い技術を取り入れ、蓄積していくのであるから心配していない。筆者はむしろ技術進歩が可能な分野の経済全体に占める割合の方が重要と考える。この点でも日本は先進各国の中では優位に立っていると考えている。これについても後日詳しく述べたい。最後は社会の構造である。日本の社会の構造は、例えは悪いが「濡れ雑巾」状態と筆者は考えている。まだどれだけでも余裕があるのである。この点が筆者と他の人との見方の違いであろう。これについては後日詳しく述べたい。8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」で米国経済だけが生産性の向上していると言うのはおかしいと論じた。後日、経済企画庁からも米国の生産性の向上は大きくないと言うデータが公表された。これは筆者の分析結果と一致するものであった。筆者の分析では、最近の生産性の向上は日本の方が米国を若干上回っていたのである。筆者はこれは、日本経済が「濡れ雑巾」をほんの少し絞った結果と考えている。この「濡れ雑巾」を急激に絞るわけにいかないが、今後も絞られ続けることになろう。つまり、日本の経済の競争力の強さは相当長い間維持されると言うことである。
    以上のことから、30年後の為替レートは現在より円高の80円くらいと予想している。しかし、この予想の前提条件が変われば、当然予想レートも変わる。実際、半年前なら40円と答えていたかもしれない。これは30年前のレートが360円で、現在が120円と3倍になったのだから、今後30年でさらに3倍になるといった単純な計算である。ところが最近米国経済は、筆者が3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」で想定していたより、強くなっているのである。米国の物価の上昇率が思ったより低く推移しているのに当時気が付いていたが、これは米国ではありがちの統計のミスだろうと軽視した。これは筆者の誤りであり、たしかに米国経済が強くなっているのも事実である。これを考慮すれば80円くらいが現在考える30年後レートとして妥当と考えるのである。ただ、これは現在の筆者の知識による試算であり、繰り返すが、政府の経済政策などの前提が変われば、結果も変わるものである。例えば、米国などに保護主義が台頭して来る場合などである。実際、筆者も半年前なら違う予想をしていたのであるから。



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