平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




04/11/29(369号)
虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2

  • 二つのポイント
    リチャード・A・ベルナーの「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)」には重要なポイントが二つある。一つは貨幣の流通がGDPに反映されるものと、GDP取引以外のものに分けられるとの指摘である。前者は通常の貨幣の流通であり、後者は不動産取引や金融取引に係る貨幣の流通である。

    ベルナー氏の理論を理解するには、まず貨幣の交換方程式を説明する必要がある。通常、交換方程式はMV=PYで表現される。Mは貨幣流通量、Vは流通速度、Pは物価水準、Yは取引量である。この方程式は、昔から経済学ではおなじみである。ただこれを使う者によって、何をもって貨幣流通量とするかが微妙に異なる。また右辺のPYは、名目の総取引額、つまり名目GDPとなり、Yは実質GDPになる。また流通速度のVは一定と考えられてきた。

    特にミルトン・フリードマンは、この貨幣の交換方程式を重視した。フリードマンはMをマネーサブライとし、流通速度のVが一定であることに着目した。つまりマネーサブライMは、PY、つまり名目GDPの増加率と同じ率で増やす必要がある。しかしそれ以上の比率でマネーサブライを増やしても、Pの物価水準だけが上昇し、Yの実質GDPは増えないと主張する。このことからフリードマンは、経済運営において政府が行なうことは、このマネーサブライの管理だけであると主張する。つまり政府はマネーサブライ管理以外の余計なことはやるなと言いたいのだ(貨幣数量説)。このようなフリードマンの理論の信奉者達はマネタリストと呼ばれている。

    フリードマンの貨幣数量説は一世を風靡し、日本でも78年から日銀によってマネーサブライ管理が試みられた。しかし色々と工夫したが、中間操作目標であるマネーサブライがうまく管理できず、直にこの管理方式は行なわれなくなった。他の先進国でも同様の試みがなされたが、いずれもうまく行っていない。さらにフリードマンが一定とした貨幣の流通速度Vが、各国とも低下しているのである。


    交換方程式MV=PYから、流通速度V=PY/Mが導かれる。つまり名目GDPをマネーサブライで割り返した数値である。流通速度Vが低下しているということは、マネーサブライが伸びているのに名目GDPがあまり増えない現象である。

    ところで流通速度Vの逆数1/V=M/PYはマーシャルのkである。つまり流通速度Vが低下するとは、このマーシャルのkが大きくなることと同じ意味になる。本誌でも04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」で日本のマーシャルのkが大きくなっていることを指摘している。


    「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)」のもう一つの重要なポイントは、日銀による窓口指導、具体的には信用割当・信用統制と呼ばれるものである。ベルナー氏は、日本では銀行に対して日銀による厳格な信用割当がずっと行なわれてきたと主張している。日銀は、全ての銀行に対して貸出額と貸出先を指定し、これを破った銀行に対してペナルティーを課していたという。このため銀行は日銀の指示を忠実に守って来たとベルナー氏は主張する。

    しかし統制色が強いこのような日銀による信用割当は国際的に批難され、表向きには82年に終了したことになっている。しかしベルナー氏は、日銀の窓口指導は91年まで確実に続けられており、このことを計量経済学の手法で証明したと説明している。さらにベルナー氏は、91年以降も日銀の信用統制は続けられていると言っている。

    ベルナー氏が想定している日銀と銀行の信用割当で特徴的なことは、民間はいつも資金を必要としていて、銀行融資に対して常に飢餓状態に置かれているという前提である。つまり日銀が信用割当を行なえば、銀行は民間に自動的に同額の融資を行う。さらに融資を受けた先はそれを全部投資に使うということになる。つまり日銀から民間の投資まで一本の線で繋がっていることになる。したがって民間の投資額は、金利水準など他の要素は関係がないとベルナー氏は割切っている。


  • 本誌の主張との共通点
    一般に貨幣の流通量のことをマネーサプライと呼ぶ。しかしベルナー氏は、今日マネーサプライとして定義されているものは実質的に貯蓄額であり、これが投資に回る保証はないと説く。投資が行なわれ、名目GDPを大きくするものは、マネーサプライの内でも銀行の信用創造、つまり銀行の融資相当額である指摘している。ベルナー氏は交換方程式をMV=PYから、CV=PY(Cは銀行融資額)に修正している。さらに日銀による厳格な信用割当を前提にすれば、Cの銀行融資額は日銀の信用割当額ということになる。

    さらにベルナー氏はCの銀行融資額をGDPに反映される業態へのものと、GDP取引以外の業態へのものとの二つに分けている。後者の業態として不動産、建設、ノンバンクの3業態(サービス業の一部を含めると4業態ということになる)を挙げている。これらに対する融資は、全部が土地・金融融資ということになる。つまり不動産、建設、ノンバンクへの信用割当は、土地や金融といったGDP取引以外に使われ、名目GDPを押し上げないものであると割切っている。

    ベルナー氏は、ここでも計量経済学の手法を用い、日本の過去の銀行融資額と名目GDPの関係から、夫々のケースで貨幣の流通速度を推定している。面白いことにGDP取引以外の3業態への融資額を除くと、Cの銀行融資額の伸び率と名目GDPの伸び率がほぼ同じになっている。つまり貨幣の流通速度は一定であると分析されている。つまり土地や金融に使われる融資の影響を取除けば、貨幣数量説は成立つというのである。ただしこの場合のMにはマネーサプライではなく、Cの銀行融資額を使うことになる。

    一方、不動産、建設、ノンバンクの3業態に割当てられた銀行融資は、名目GDPを押し上げることなく、地価の上昇だけを招いたと断定している。バブル期にはマネーサプライは大幅に伸びた。しかしベルナー氏の分析結果のように、意外にも名目GDPの成長率は低く、物価も上昇しなかったが、地価だけは高騰した。


    ところでベルナー氏の指摘のように、日銀の信用割当政策がずっと続けられてきたことが事実なら大変なことである。バブルが起ったのも、バブルを潰したのも、さらに今日の日本経済がデフレから脱却できないことも全て日銀の責任になる。またベルナー氏は、窓口指導は秘密裏に行なわれており、財務省や政治家も実態を知らないと主張している。つまり彼の分析によれば、日本のマクロ経済全体を支配しているのはこの日銀ということになる。


    筆者も04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」以来(単発的には経済コラムマガジン創刊以来ずっと)、土地取引とデフレ、そしてマネーサプライの関係を度々取上げてきた。そして04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」から3週間に渡り、これらの分析をまとめた。

    筆者は、土地の売買が活発に行なわれたことによって、日本のマネーサプライが増え、またバブル潰しのための高金利によってこのマネーサプライがさらに膨らんだことを説明してきた。しかも日本のマネーサプライは巨額であるが、ほとんどが凍り付いて動かない。この結果、マーシャルのkが大きくなり、貨幣流通速度のVが低下した。このように現象面では、ベルナー氏の分析と同じような結論になっている。

    しかし問題へのアプローチ方法がかなり違う。ベルナー氏は銀行の信用創造に着目しているのに対して、筆者は家計部門の土地の売却代金の行方に注目した。筆者は、家計部門の土地の売却代金のほとんどが貯蓄され、マネーサプライが増えるが、この大部分が凍り付くことを問題にした。

    筆者は、GDP計算における生産・分配(所得)・支出(需要)の三面等価の概念を念頭に置いている。家計部門が土地を売却した際、莫大な代金を受取る。しかしこの土地の売却代金が消費に回らずほとんど貯蓄されるということになれば、その分需要が不足することになる。

    日本のように地価が異常に高く、かつ大量に土地が売却された場合には実物経済にも大きな影響を与えるのである。つまりその貯蓄に相当する資金が金融機関から融資され、それが他の消費や投資に使われない限り、生産されたものが余ることになる。バブル期には、金融機関から活発に企業に融資がなされ、なんとか経済は回っていた。しかしバブル崩壊後、土地の売却代金による過剰貯蓄が、ボデイーブローのように効いてきて、日本経済は長期のデフレに陥ったと筆者は考えた。

    つまりバブル期の土地の売買に着目した点では、ベルナー氏と筆者は共通である。たしかに銀行の銀行の信用創造の一部は、最終的に家計部門の土地の売却代金となっている。しかしこの点を除けば、本誌の主旨とベルナー氏の主張に重なる部分はほとんどない(ただ構造改革派に対する攻撃には共感しているが)。

    さらに筆者は、日本経済のデフレ体質は、バブル崩壊後ではなく、日本列島改造の土地ブームの後、つまり70年代の半ばから始まったと認識している。ところでリチャード・A・ベルナー氏は、見た目には老けているが、67年生まれで、今年まだ37才である。つまりベルナー氏がドイツの小学生だった頃から、既に日本はデフレの問題を抱えていたと筆者は考えている。



来週号は「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)」のまとめである。

12月2日に日本財政研(亀井静香勝手連)の第一回目の勉強会を予定している。三極経済研究所代表の齋藤進氏に、中央公論11月号に掲載された論文「預金封鎖シナリオの虚実」などについて話をしてもらう予定である。さらにご本人の希望もあり、日米関係と防衛問題もテーマにしたい。我々の方でも資料を用意するつもりである。ただ今回は参加者の一般公募はしない。勉強会の内容はそのうち本誌でも取上げることにする。

報道2001で、石政府政調会長が出演して、今後の増税が話題になっていた。定率減税の廃止が一つの焦点となっていた。定率減税は小渕政権の時の景気浮揚策に盛り込まれていたものである。この他に法人税、所得税の最高税率の引下げが同時に行なわれた。当時は、「小さな政府」論者とマスコミが、「公共投資は効果がなく、減税を主体に景気対策を行え」という声が大きかった。昔、筆者は98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」で述べた通り、減税の効果はほとんど期待ができず、景気対策の全額を公共投資などの財政支出にするべきと主張した。ただ当時の「空気」は「景気対策は減税」であり、減税は公共投資を行なうための「必要経費」と割切って考える他はなかった。

今日、やはり減税は効果がないことが分り、増税してもそれほど経済に悪影響はないという話になっている。たしかに税収の落込みもこの減税がある程度影響している。ところで予想されていたことであるが、あれだけヒステリックに減税を叫んでいた「小さな政府」論者達は黙りこくっている。しかし今日の増税論議に対して、筆者は複雑な思いである。単なる増税には反対である。しかし財政支出の削減を行なうくらいなら、増税の方がましという考えもある。一番危険なのは増税を行なうなら、財政支出の削減を行えという意見である。とうとう公務員の給料2割カットの声が出ている。給料を2割カットするなら2割の公務員を増員すべきである。これで80万人の雇用が確保される。

サンプロでは、高野猛氏が「日本の高度成長時の発展途上国型の経済は終わった」、田原総一郎氏は「やはり補正予算は必要なかった」と相変わらずばかげたことを言っている。需要があれば、日本経済はどれだけでも成長する。また補正予算は行なわなかったが、35兆円もの為替介入を行なっている。この為替介入をやらなかったら、日本経済は再びどん底に向かっていた。他にも5兆円あった雇用保険の積立金が短期間のうちにゼロになった。これは5兆円の景気対策と同じことである。この他にも色々やっており、公的資金も銀行にバンバン注ぎ込んでいる。田原総一郎氏は記憶力がなくなったのか。

日刊ゲンダイに我々の作成した失業率と参院選結果のデータが掲載されたことを前にお知らせしたが、これは亀井静香勝手連のホームページで公開されている。亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。



04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
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03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
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