- クライン博士
10月19日、九段会館にて、日本経済復活の会(小野盛司会長)主催のシンポジウムが開催された。テーマは「積極財政で財政が健全化する」で、シンポジウムへの参加者は600名を越えた。メインの講演者は、ノーベル経済学者のローレンス・R・クライン博士である。リチャード・クー氏や宍戸駿太郎国際大学・筑波大学名誉教授も講演を行なった。
筆者は、このシンポジウムの手伝いということで、来賓の受付をまかされた。時間に遅れて到着する来賓も多く、筆者は宍戸さんの講演は半分くらいしか聴けなかった。また牧野代議士、田中(株)ケン・コーポレーション社長の挨拶と小野盛司氏の講演は聞き逃している。もっとも小野氏と宍戸さんの話はこれまで何度も聴いているので、講演内容は分っている。辛うじてリチャード・クー氏とクライン博士の話は全部聴くことができた。
宍戸名誉教授と小野盛司氏の講演の内容は、基本的に積極財政政策によって、経済が活性化し、政府の財政赤字のGDP比がむしろ小さくなる話である。小野盛司氏は、これを日経のNEEDSモデルを使って説明している。宍戸名誉教授は、これをドーマーの財政均衡モデルとご自分のシミュレーションモデルで説明しておられた。
リチャード・クー氏は、バブル崩壊によって、企業と個人のバランスシートが傷ついてしまったことをまず指摘した。人々はこのバランスシートの修復のため、投資を控えた。このことが今日のデフレの解決を遅らせていると説明していた。これまで企業は、投資より借入金の返済を優先していた。しかしようやく企業のバランスシート調整も最終局面を迎えている。このような状況では、金利も低位にあり、政府が公共投資などの財政支出を増やすことは合理的な政策と主張していた。
クライン博士は、積極財政に賛同しながらも、他の講演者とポイントが多少異なっていた。将来の日本経済の成長力のため、財政支出を教育関連に特化することを主張されておられた。これは米国の90年代の経済成長が、理系学生の教育強化の成果といった側面があると信じておられるからである。つまり潜在成長率を高めるため、日本も教育投資を重視することを説いているのである。
この点はリチャード・クー氏と見解が異なる。クー氏は財政支出は金額が重要なのであり、財政支出の中味は敢て問わないという立場である。もちろんクー氏も同じ財政支出を行な以上、より日本のためになる所に金を使うことに賛成している。しかし財政支出を教育関連に特化するまでもないという考えである。筆者はクー氏の意見に賛成である。
翌日20日は、議員会館の会議室で超党派の国会議員を前にしてクライン博士を囲んだ勉強会が開かれた。勉強会といっても、博士の講演が中心であった。80名くらいの国会議員が集まった。ノーベル賞学者としての知名度と、関係者の努力があって、我々の予想を越えた数の政治家が集まった。惜しむらくは自民党の議員が目立たなかったことである。
クライン博士の講演内容は前日のシンポジウムの時とほぼ同じであった。話は前日より少しコンパクトになっており、理解し安かった印象はある。
勉強会の最後に若手民主党議員から「日本は財政支出に頼るのではなく、生産性の低い分野から生産性の高い分野に生産資源を移動させ、経済成長を実現すべきという考えについてどうか」という質問があった。博士は「1,2%の低い成長を目指すのならそれでも良いが、4,5%といった比較的高い経済成長率を達成するには、財政出動を考えるべき」と答えておられた。筆者は、この回答を秀逸なものと感じた。
議員会館の勉強会の感想は人によって異なる。「物足りない」と感じた議員と、「これはもっと公共投資をもっとやれ」という意味に受取った政治家がいた。後者の議員は、「昔から俺の言っていた通りではないか」と大変喜んでおられた。積極財政派と構造改革派の国会議員が参加しており、両者のどちらにもある程度納得の行く形で結論を導いている点がクライン博士の巧みなところである。
内輪の話によると、米国の経済学者に正しく日本経済の実態が伝わっていないようだ。日本は公共投資をやり過ぎて、これ以上日本で公共投資を行なうところがないと米国では思われているという話である。日本の経済学者が、米国の経済学者やエコノミストにそのようなでたらめな説明をしているようである。それが日本にブーメランのように戻ってきている。
- 死に体の日本のマスコミ
筆者は、今回のシンポジウムの前後に、実に色々な人々と話をした。経済学者、エコノミスト、政治家、企業家、元大蔵官僚、保守系有線テレビ社長などである。あまりにも話題が多岐に渡ったので、誰と何の話をしたのかさえもはっきり覚えていない。たしかに面白い話が沢山あった。
その中の一つを紹介する。これは昔から知っているエコノミストの話である。「最近、大手の新聞が財務省にごまをすって、また財政再建のキャンペーンをやりましょうかと財務官僚に持ちかけたところ、その財務官僚は拒否した」という話である。これは筆者がそのエコノミストから聞いた話であり、いわゆる伝聞である。裏をとった話ではない。しかし筆者は、これはあり得る話と受取っている。
小渕政権の一瞬を除き、日本は8年くらい緊縮財政を続けている。デフレ下の緊縮財政である。まさに「狂気の財政運営」である。その結果、財政赤字が減るどころか、公的累積債務はどんどん増えている。また名目GDPが毎年減少するといった前代未聞の現象が起っている。
実際のところ、35兆円といった常軌を逸した一連の為替介入を行なって、今日の日本経済は支えられている。政府はこの介入資金で二度と売れない米国国債を大量に買っている。しかし今日、米国の経常収支の赤字はGDP比で5〜6%に達している。これはプラザ合意前の3%をはるかに越えている。「米ドルの暴落」は十分考えられるシナリオである(昨年から今年にかけては、政府・日銀が35兆円もの為替介入を行なってこれを回避した)。そして米ドルが暴落すれば、日本政府の海外資産の価値が半減することもあり得る。一体その責任を誰がとるつもりなのであろうか。
やはり日本では、内需拡大政策が正しかったのである。巨額の為替介入資金は、国内の失業対策などの内需拡大に使うべきであった。筆者は、財務当局も、今日自信をなくしていると思われる。このまま緊縮財政路線を続けて良いのかどうか悩んでいるのである。そのような徴候があちこちに見られる。谷垣財務相も「これ以上歳出を削ったら、日本の経済運営が難しくなる。財政再建にはむしろ増税を考えるべきである。」と一頃世間ではやった「小さな政府」とは逆方向の発言をしている。昨年はスティッグリッツを招き、政府貨幣発行の話をしてもらっている。
財務当局の考えが完全に変ったとは言わないが、これまでの路線が間違っていたことに気が付きはじめた段階と考える。しかしデフレ下の緊縮財政路線は、大蔵官僚自身が始めたことである。武村、梶山といった筆者に言わせれば、経済に疎い政治家をそそのかしてこの政策は始まった。当時の経済学者やエコノミストは、ニュージランドなどの経常収支が赤字でインフレが問題の国の財政運営を引き合いに出し、財政再建には「財政支出の削減」しかないと嘘を言っていた。
ところがマスコミの長年の財政再建のキャンペーンによって、国民も政治家も完全に洗脳されている。これだけ台風災害が起っているのに、今日、補正予算の話も具体化しない。しかし現状では財政運営の大転換は無理と考える。しかし筆者は、災害対策のための補正予算といった中途半端な政策はむしろ止めるべきと考える。これは政策責任者の延命策にしかならない。
それにしても日本のマスコミの閉鎖性に驚いた。ノーベル経済学者を招いてのシンポジウムなのに、これを取上げたマスコミがほとんどなかった。表向きには、自分達が主催しないイベントは取上げないということらしい。面白いことに今回のシンポジウムをフィナンシャルタイムがかなり大きく取上げていた。やはり日本のマスコミの方は完全に死んでいる。
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