- 秘密結社の一員
筆者は、時々経済に関するセミナーに参加することがある。20人から30人くらいの人々が集まり、まず講師の話があり(稀には筆者も講師の立場に立つことがある)、その後参加者も意見を述べるといったパターンである。ところでこのようなセミナーの参加者の中にテーマに関係なく、必ず「日本経済の再生には、規制緩和が必要である」「徹底した規制緩和を行なう」と立上がって発言する者がいる。まるで秘密結社の一員みたいな人たちである。
だいたいは、若くエリート然としたサラリーマンである。彼等は自信たっぷりに自己の主張を行なう。ただ主張は「規制緩和」と「徹底した規制緩和」の二種類しかない。具体的な規制緩和の内容とか、規制緩和によってどの程度の経済成長が見込めるといった具体的な話は一切しない。
筆者が参加した何ヶ月前のセミナーでも、典型的な金融関係のエリートサラリーマンが突然立上がり「私はレーガン大統領の規制緩和政策によって、米国経済が再生するのをこの眼ではっきり見てきた。日本経済が再生するには、徹底した規制緩和が必要である。」と主張していた。しかし例のごとくレーガンの規制緩和の具体的な話は全くしない。日本についても何の規制緩和が必要なのか一切言わない。しかし彼等にとって残念であるが、現実はレーガンの経済政策、つまりレーガノミックスは完全に失敗したというのが当時の世間の定着した評価である。
レーガンが大統領に就任したのは、80年であった。レーガノミックスが実行されたのは、主に第一期、つまり80年から84年頃までの間である。レーガノミックスの具体的な形は、ボルガーFRB議長の高金利政策と政府の大型減税である。FRBの高金利政策は米国のインフレ退治のためであった。当時、レーガンの規制緩和の方は注目する人はほとんどいなかった。
大幅減税は、設備投資を活発化させることが狙いだった。当時、ラッファー教授のラッファー曲線というものが脚光を浴びた。ラッファー曲線は、減税によって設備投資が増えるから、それによってむしろ税収が増えることを示していた。つまり増税しても減税しても税収は変らないとラッファー教授は主張していた。
しかし高金利政策の元では設備投資は増えず、減税によって消費だけが増えた。また高金利政策(強い米ドル政策)によって実力以上に米ドル高(円安)がずっと続いた。これによって米国の輸入がどんどん増え、貿易赤字は大きく膨らんだ。
ちょうど当時の日本では、消費税の導入を睨んで、大平、鈴木、中曽根内閣の緊縮財政が続いていた(増税なき財政再建路線)。財政はゼロシーリングが敷かれ、土光臨調が活躍したのもこの時期である。したがってこのような一連の政策によって内需が縮小し、企業は輸出に依存せざるを得ない形になった。この時代不景気が深刻にならなかったのは、円安と米国の減税によって輸出が大きく伸びたからである。まさに今日の経済状況と非常に似ている。
米国は、税収が増えるどころか減税で財政赤字は大きく増え、一方、貿易赤字もどんどん増え、これらは「双子の赤字」と称された。さらにこの頃から米国の多国籍企業は、生産拠点を海外にどんどん移転させた。米ドルが高いのであるから、海外に生産拠点を移し、製品を輸入した方が企業にとって有利なのである。このようにレーガノミックスはさんざんであった。ただ景気自体は減税によって悪くなく、レーガンは再選された。
どうしようもなくなった米国経済を救済する目的で、85年に「プラザ合意」がなされた。先進各国の協力で、米ドル安政策が推進された。したがって日本は超円高を甘受することになった。同時に各国が合意したのが、協調利下げ政策による内需拡大である。しばらく世界的な協調体制が続いた後、ついにこの低金利政策から離脱する国が出てきた。ドイツである。ドイツが利下げを渋ったことをきっかけに、87年秋に世界同時株安、つまりブラックマンデーが起った。このようにレーガンの経済政策によって米国経済はボロボロになった。
レーガンの次ぎは先代のブッシュ政権があり、先代ブッシュも湾岸戦争の勝利があったのにもかかわらず、失業問題で再選に失敗している。これは共和党政権の元で就任したはずの、グリーンスパンFRB議長が利下げを渋ったことが一因であった(息子のブッシュの大統領選を前にしてまた利上げを画策しているのが面白い)。そしてようやくクリントン時代になって米国の経済は立て直ったのである。しかしレーガノミックス開始から既に10年以上経過しており、この米国経済の回復とレーガンの経済政策とは全く関係がない。
ところが最近、米国経済がクリントン時代に回復したのは「レーガン時代の規制緩和のお陰」という奇妙なカルト話が広まっている。しかし誰もどの規制緩和に効果があったのか言わない。だいたい元々米国は規制の少ない国で、日本は規制にがんじがらめの国というのが一般の理解である。しかし規制の強い日本の経済が、規制の少ない米国より経済が順調に推移していたのである。その規制の少ない米国がさらに規制をなくして経済が立ち直ったのだから、日本も規制を緩和しろとは、頭がおかしい人の論理である。
ところでレーガン時代から、米国ではラッファー教授や供給サイド重視と言ったカルトめいた経済学者の影響が大きくなった。筆者は、レーガン時代の規制緩和が効果の話は、どうも彼等のデマと見ている。レーガン時代も遠くなり、いつの間にか議論のスリ換えが行なわれたのである。実際、ラッファー教授の理論なんかは、米国でさえ後にブドゥー(呪術)経済学と烙印を捺されていた。
供給サイド重視政策と言われているが、実際の米国の産業の競争力は年々弱くなっている。今日の米国の製造業の就業人口比率は、10%近くまで小さくなっており、米国の製造業は壊滅寸前である。一方、クリントン時代の好調な経済は、グリーンスパンの低金利政策(ゼロ金利政策)や為替が半値になったことが大きかったと考える。またDINKS、つまり共働きが増え、失業の心配が減り、消費が増えたことが考えられる。実際、米国の貯蓄率はクリントン時代毎年1%くらいずつ低下していた。これは国民が毎年大きな景気対策を行なっていたのと同じ効果になる。さらに消費意欲の強いヒスパニック系の人々が大量に流入し、消費や住宅投資が盛上がったことも大きい。
- BSEの検査
今週号でレーガン時代の規制緩和を取上げたのは、これが今日の日本にも大きな問題として影響しているからである。米国でのBSE牛発生によって、今のところ日本は米国牛の輸入を全面的に停止している。日本側は全頭検査を要求しているが、米国は科学的でないとこれを拒否しているため、話が膠着状態にある。
筆者は、全頭検査なんてたいしたことがないと考えおり、頑固な米国の対応が不思議であった。しかしこれはとんだ誤解であった。文芸春秋の今年の3月号に、これに関してエリック・シュローサーという米国人のジャーナリストが対談の形で文章を寄せている。タイトルはずばり「米国牛を食べてはいけない」である。
彼は米国農務省と精肉業界の現状を生々しく語っている。米国の肉牛市場は、IBPやエクセルといった大手精肉会社の4社が85%のシェアーを占めている。さらにこの精肉業界は極めて大きな政治力を持っている。農務省の幹部もほとんど精肉業界の息のかかった人物で占められている。ちょうど日本ハムや伊藤ハムの役員が農水省の幹部に就任しているようなものである。
この結果、米国の食肉の管理体制は極めて業界寄りになっている。衛生管理や管理体制の検査は杜撰に行なわれている。米国はOー157、サルモネラ菌など、食肉による食中毒で毎年何万人も苦しみ、死者も出ている。
しかし米国の食肉管理が今日のように杜撰になったのは、レーガン時代からである。カータ政権のときに非常に厳しい食品安全基準を制定した。これに対してレーガンがこのような規制を次々と緩和したり撤廃したのである。レーガンの背後には絶大な後援者である精肉業界が控えている。このようなこともあってか大統領は、農務長官になんと全米肉牛協会のトップでカリフォニア出身のリチャード・リンという人物を任命した。この時彼が同郷からスタッフとして連れてきたのがベネマンという女性である。このアン・ベネマン氏こそが現在の米国農務長官である(時々テレビに出てくるちょっと太ったおばさん)。
このような業界の人々が、食肉だけでなく米国全体の食品の衛生を管理をしているのだから、結果は容易に想像される。米国ではサルモネラ菌による中毒者が毎年100万人以上発生している。そして少し前まで米国では、BSE牛が発生していないことになっていた。しかしこれは米国でBSEの検査が行なわれていなかったからである。今日においては0.05%の肉牛に対してだけBSE検査を行なってている。しかも検査が行なわれているのは、弱小精肉業者だけである。
日本は、大量の食肉を米国から輸入していた。しかし米国の輸出は、全体の10%に過ぎず、残り90%が米国内で消費されている。したがってもし日本の要求通り、全頭検査を行なった場合の結果が恐いのである。検査の結果、もしBSE感染牛が続出したらこれは大変なことになるのである。経費の問題ではない。なにしろ今のところ2,000頭に1頭の割合でしか検査していないのである。
米国食肉業界としても、日本への輸出を再開したいところであるが、全体の90%の消費地である米国内市場への影響を考えると日本の要求をのむわけには行かない。一方、肉牛の生産者の方は日本の要求を取入れて、早く輸出を再開したがっているのである。このようにレーガンの規制緩和政策とは、レーガン支持団体への政府の関与をなくすことを意味している。もう一つの分りやすい規制緩和政策の例は、全米ライフル協会の要求に応えての銃規制緩和の維持である。
とにかく米国の食肉業界はすざまじい。米国では歩くことができないいわゆる「へたり牛」が毎年何十万頭も出荷されている。このような今日の食肉業界の姿が、レーガンの規制緩和政策の典型的な結果である。
どうやら日本の米国牛肉輸入再開に関しては、生後20ヶ月以内の牛に検査は行なわない方向で日米は合意しそうである。問題は、この検査基準で日本の消費者が本当に納得するかということである。また牛の月齢を何で判断するかも揉めそうである。日本人の食に対する安全基準は厳しい。また日本の肉牛のBSE検査も、輸入牛肉に合わせて、本当に生後20ヶ月以内の牛については行なわないくて良いかということが次の現実の問題になる。
一方、米国民は衛生管理の点で大変おおらかである。日米で消費者のメンタリティーは大きく異なる。BSE騒動で日本の牛肉消費は減ったが、米国ではBSE騒動で牛肉の価格が下落したため消費は逆に増えたという話である。ただ米国にも日本人と同様に食の安全に敏感な人々がいて、日本の対応を注視している。
米国からの牛肉輸入再開問題は、色々な問題を我々に提起してくれている。食の安全に加え、グローバル経済や規制緩和の問題などである。それにしても米国経済が、レーガンの規制緩和で再生したといった、ばかげたことを主張している日本の若者エリート達の方が問題である。脳みそが海綿状になっているのではなかろうか。彼等こそBSEの検査が必要である。
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