- ウィン・ウィン計画
本誌は、夏休みで三週間休刊していた。しかしその間にも世間では色々な出来事があった。オリンピックでの日本人選手の活躍もあり、人々の関心がこれらに向かわなかったかもしれないが、中にはかなり重要なものもあった。筆者の関心事は一般の人々とはちょっと異なるかもしれないが、今週はそれらの中からいくつかの出来事を取上げる。
海外との関係では、やはりサッカーのアジアカップでの日本人選手やサポータに対しての中国人の常軌を逸した行動である。これについては、中国民衆の中国政府への不満の表出という解説がある。しかしこの事件は、そのような単純なことだけが原因ではない。また中国における90年代の「反日教育」の影響とういう指摘がある。しかし中国の反日・排日感情は、もっと根深いものと考える。むしろ有史以来の中国人の外国人に対する感覚が、今日の日本への感情に色濃く反映している。
文芸春秋の昭和11年11月号に、小田敏夫という方の「抗日教科書」という文章が掲載されている。「支那人の根強い排日感情の苗床として我々は支那での小学児童に対する排日教育を見逃すことができない・・・少し誇張して言うならば、実に支那の小学教育は「排日」の為にのみ存するのかとも疑いたくなる程である。」と述べているように、反日・排日の動きは戦前からずっと一貫して続いているのである。「日中友好」さえ唱えておれば中国との関係がうまく行くと考えるのは、間抜けな日本人だけである。
世間では「日本経済の発展のためには、中国市場への進出しかない」「輸出品は中国の安い労働力を使って製造する」「中国人が一人ずつ1本のコーラを飲むなら、13億本のコーラが売れる」といったことがよく言われている。しかし筆者は、このような目先の経済優先の意見は短絡的であり、危険と考える。別に日中関係を荒立てる必要はないが、中国とうまくやって行くには、むしろ中国にのめり込まないことが肝心と考える。中国とは、適当な距離を保った形で付合う他はないと考える。基本的に公然と反日教育が行なわれている国々との関係は見直すべきである。
だいたい日本の名目GDPは、デフレの進行とともに小さくなっている。むしろ中国との経済関係が大きくなった最近の方が日本経済は縮小しているのである。つまり政府が正しい経済政策(内需拡大策)を行なっていれば、中国との交易がなくとも経済は成長していたはずである。また内需拡大策を行なっていたなら、こんなに多くの日本企業がわざわざ中国に出掛ける必要もなかった。「日本経済成長のためには、中国との経済関係を深める他はない」と言っている人々は、中国人に騙されているのである。
韓国との関係も分かりにくい。今日の韓国の政権の元では、昔に比べ、対日関係は良くなっていると言われる。特に与党のウリ党は、反軍事政権を唱え学生運動をやっていた人々が中心になっている。この年代の人々の特徴は、北朝鮮に好意的であり、反米的である。一方、日本に対しては親日とは言わないまでも、先の世代ほどには反日的ではない。もっとも一部には「反米と反日を一緒にやることはできないから、今のところ反日の方を控えている」という解説がある。
一般には知られていないが、韓国は日本に対して「ウィン・ウィン計画」というものを持ちかけている。これは韓国の2万人の新卒者(主に理工科系の大学卒業者)を日本の企業で2年間働かせるという壮大な構想である。この2年間の人件費は韓国側が持つというのだから、日本の企業にとっては一見うまい話である。「ウィン・ウィン」というのは、勝ち組と勝ち組、つまり日本、韓国双方にとって良い話という意味であろう。「ウィン・ウィン計画」の日本側の窓口は経団連らしく、地域によっては既にこの計画は実施されている。
しかし不思議なことに、このように親日に方向転換したはずの韓国なのに、最近、戦前の日本政府の協力者の粛正が始まった。何とウリ党の議長は、父親が戦前に憲兵(朝鮮半島は戦前日本に併合されていたから日本の憲兵ということになる)だったことが明らかになっただけで退陣した。
また韓国は、最近、日本が主権を主張している「竹島」へ観光船のツアーを始めたり、「竹島」の切手を発行した。はっきり言って、韓国の対外政策の軸は大きくブレている。このように日本に対しても、親日なのか反日なのかさっぱり分らない。また反米に転換したと言っても、米国が在韓米軍を縮小するという話で国内は動揺している。さらに韓国経済は対米輸出(中国を迂回した輸出を含め)に大きく依存しており、客観的に見て反米なんてできるはずがない。近頃では、このような支離滅裂な政府の行動を称して「韓国化」という表現が用いられているくらいだ。
- 訳が分らない金融庁
国内で筆者が注目しているのは金融庁の行動である。金融庁は春先から突然UFJへの特別検査を行なった。このあおりで、UFJの大口融資先であるダイエーや双日の経営問題が今日浮上している。ところで金融庁はUFJに対して厳しく検査を行なうため、スタッフの中でも特に厳しく検査を行なうことで有名な人物をこれに充てている。
ここで注意が必要な点は、この検査官が「厳しい」検査を行なうことで有名なのであり、決して「正しい」検査を行なうという意味ではない。この検査官は、お茶を出されても断わるような人物である。いつも検査先の銀行にはティーバックとポットを持参しているそうである(ひょっとするとトイレットペーパも持参しているかもしれない)。筆者に言わせれば、この検査官は「変わり者(筆者にとっては精一杯の穏やかな表現)」である。
とにかくこのような「変わり者」に検査される方はたまらない。ましてやこの特別検査の発端は、UFJ内部の告発である。どうも銀行内部の派閥争いが発端と噂されているようで、実に後味の悪い出来事である。もし厳しい検査の結果、融資先に厳しいリストラが行なわれれば、このあおりで職を失う人が出てくるのである。
金融庁の検査は法律に乗っとったものかもしれないが、基本的に検査は当局の裁量で行なわれる。検査マニュアルというものがあるが、あくまでもマニュアルであり絶対的なものではない。マニュアルの法的根拠はない。だいたい金融庁のマニュアルの運用を時とともに変えているはずである。
不良債権が問題になっているが、マニュアルに沿って不良債権を適切に「まぶして」おけば、簡単にはバレないということになる。UFJはその「まぶし方」がまずかったのであろう。不思議なことにUFJの特別検査が終わったところで、何とこの「変わり者」の検査官は配置換えという話である。他の「まぶし方」のうまかった銀行は、幸運にもこの「変わり者」の検査を受けなくて済んだのである。このようにこの一件は、まさに金融庁によるUFJのねらい撃ちと見られてもしょうがない。
今日、ダイエーの「産業再生機構」の活用が問題になっている。しかしこの一連の流れの発端には、金融庁によるUFJの特別検査がある。「産業再生機構」活用はダイエーと主力3行との間の問題として捉えられているが、陰の主役は金融庁である。
企業の検査、資産の正しい査定と言っても難しい。資産、特に固定資産の評価方法はいくつもある。どれが正しいとは決めつけられない。売買を前提にすれば、近隣での売買価格が参考になる。また事業への使用を前提にすれば、収益還元法が考えられる。そして評価方法によっては、超優良企業と言われているM地所やM不動産でさえ債務超過になることも考えられるのである。また清算を前提にした評価では、買手がいなければ資産価値はどこまでも下がる。実際、「トヨタ」クラスの優良会社だって、評価方法によってはどうなるか分らない。
銀行の安全性を見るため自己資本比率が過度に重要視されているが、これも目安の一つに過ぎない。実際、昭和恐慌時には、自己資本比率が20%、30%といった自己資本比率が極めて大きい銀行さえバタバタと潰れたのである。自己資本比率の1%や2%の違いで銀行の健全性を決めつけること自体が間違っている。入学試験と勘違いしているのではないか。
銀行の不良債権比率が下がっており、これが小泉改革の成果と竹中金融担当大臣はテレビで強調していた。しかし日本経済の実態が良くなって銀行の不良債権が減ったのではない。融資先、銀行とも、持っていた資産をすり減らし、利益を注ぎ込んで不良債権を償却したから、不良債権比率が下がったのである。また大量の不良債権の償却に伴い、税収がかなり減った。つまり間接的な国費投入によって不良債権の処理が進んだとも解釈できるのである。「小泉改革の成果」なんて真っ赤な嘘である。
金融庁は、今後もUFJに行なったように銀行の検査を強化すると言っている。しかし一方では、ペイオフを来春実施すると言っている。検査を強化するのならペイオフを行なう必要はないはずだ。がんじがらめの銀行検査を行ない、この銀行は健全と御墨付きを与えておきながら、1,000万円までの預金しか国は保証しないというならふざけた話である。
さらにペイオフを行なうと宣言しておきながら、決済用預金口座というものを認めている。決済用預金口座はペイオフの対象外であり、預金は全額保証される。しかし決済用預金口座の設定が認められるなら、ペイオフを行なう意味は全くない。まさに言葉だけのペイオフである。
このように検査を強化し、ペイオフを行ない、決済用預金口座を認めるといった、金融庁の一連の施策は矛盾そのものである。金融庁の説明も支離滅裂である。金融庁自体も自分達が何をやっているのか分らなくなっているのだろう。日本の金融庁はまさに「韓国化」しているのである。不思議なことにこのような矛盾点を誰も指摘しない。もっとも「韓国化」しているのは金融庁だけではない。政府も自民党も日本社会全体も「韓国化」しているのである。
|