- 日本の石油開発案件
原油のスポット市場の価格が依然下落を続けている(週末にかけ少し値を戻しているが)。LPGなどの石油関連商品の価格も軟調である。これは中国などの新興国の需要増大と、地政学リスクによって価格がずっと上昇してきたことの反動である。これまで株式市場から商品市場への資金移動もあり、原油先物市場は活況を呈していた。今の価格下落は、先物買いの精算による商品市場の価格調整の一環と見ている。これには米国の金利政策の変更も影響している。
また中国などの旺盛な石油への仮需も、これまでの原油高を演出してきた。ところで基本的に今の季節は石油の不需要期である。毎年8月頃から冬場の灯油需要に備え、石油精製会社は原油の処理を増やし始める。つまり来月あたりから実需が加わったところで石油価格がどう動くか注目される。
地政学リスクに関しては、イラクばかりが注目されている。しかし石油に関して筆者が関心を持つのはサウジアラビアの方である。イラクの原油生産は、これまでも不安定(国連の制裁もあった)であり、市場でもプラスアルファ的存在であった。しかしサウジアラビアの原油は、市場に対して決定的な影響がある。少なくとも今日、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)などの新興国の石油消費の急増に対応するにも、サウジアラビアの原油生産余力がカギを握っている。いずれ石油市場ではロシアの存在が大きくなると思われるが、現在のところサウジアラビア以外に生産余力のある国はないのである。
その肝心のサウジアラビアの政情が万全ではない。先日の外国人居住区に対するテロがそのことを示している。また9.11同時テロの実行犯の大半がサウジアラビア出身者であったように、サウジアラビアは決して政治的に安定した国ではない。実際、10年後のサウジアラビアの政治体制がどうなっているのか、正確に予想できる人はいないであろう。
日本が抱える大きな石油開発案件は二つある。イランとカスピ海である。しかしカスピ海の原油は直接日本に持込むわけには行かない。おそらくパイプラインによってヨーロッパに送られる。ところでカスピ海の周辺もチェチェンに見られるように過激派の活動が心配な地域(アフガンにも近く、そのアフガンではタリバンの巻き返しが報道されている)があり、決して安全地帯ではない。
イランの方は、品質の問題を別にしても、開発にまだ時間がかかりそうである。さらに輸送ルートがペルシャ湾ということになれば、大きなリスクがある。イランでは昔、三井物産の巨大な石油化学プラントが稼動前にイラン・イラク戦争で損傷を受け、投資が丸損になったことがある(当初、三井物産の民間プロジェクトだったはずなのに、いつの間にか国家プロジェクトに格上げされており、損失は国が負った)。今回の石油開発を三井物産の昔のプロジェクトに重ね合わせる人もいると思われる。
とにかく中東には、安全な地域というものがないと考えるべきである。イラクは危険だが、イランやサウジアラビアが安全ということはない。例えばイランは米国から「悪の枢軸」と名指しされた国であり、ヨーロッパが仲介して米国との関係をようやく保っている国である。このようにイランとカスピ海の石油案件は、日本にとって確実な石油の確保とは決して言えないものである。
その点有望なのは、ロシアのサハリンの石油・ガスと東シベリアのアンガルスク石油である。サハリンは既に開発が進み、天然ガスのパイプライン建設も計画に乗っている。ただ量的に大したことがないようで、大きな期待は持てない。注目されるのは東シベリアの石油である。産油地からナホトカまでパイプラインを引く計画である。
ただ腑に落ちないのは、東シベリアの石油に関して騒いでいるのが、政治家や政府の一部に限られていることである。日本の商社や石油会社がどれだけ関心があるのか不明である。昔、田中角栄総理がソ連に行って、チュメニ油田の開発協力と石油の輸入を約束してきた時と状況が似ている。
ところで東シベリア・アンガルスク石油なるものの実態がよく分らない。どれだけの産出量なのか詳しいデータに出会ったことがない。また原油の性状についての情報もない。原油には、パラフィン系、ナフテン系、混合系と様々な性状のものがある。また同じパラフィン系でも分子構造の違いによって性状はかなり異なる。
東シベリアの原油の性状が重要になるのは、パイプラインがシベリアという極寒の地帯を通るからである。シベリアのツンドラ地帯は、冬には気温がマイナス60度、70度になる。つまり原油の流動点の高さによっては、冬場に原油がパイプラインの中を流れなくなる事態が考えられる。途中で温めながら通すことも考えられるが、何千キロもそのようなことをしていてはコストがかかり過ぎる。チュメニ油田のプロジェクトが実現しなかったのも、このような事が関係していたかもしれない。どういう訳か、筆者は、この東シベリアのプロジェクト自体に何か胡散臭さを感じる。
- 国家百年の政策
当初、東シベリアの原油は、パイプラインで中国の大慶油田に運ぶ予定だった。実際中国は、ロシアのエネルギー会社ユーコスと契約まで交わしていた。これによって中国は石油需要の30%を賄う計画であった。ところがユーコスの会長ホドルコフスキーはプーチン大統領の政敵であり、プーチンはこのユーコスを潰しにかかった。今日ユーコスは巨額の脱税で訴えられ(最近、税金の追徴額がさらに引上げられた)、破産寸前であり、なんと中国との話はご破算になった。
政権が交代すると前政権で権力を振るっていたホドルコフスキーのような政商は追われることになる。ロシアはまるで「オセロ」のような世界である。昨日まで白だったものが、今日は黒になる。現在、ロシアのエネルギー利権は国策会社のガスプロムに集中されつつある。しかしプーチンも未来永劫的に権力の座にいるということはない。政権が交代すれば、また方針が変更されることがありうるのである。
原油の産出する地域が遍在しているだけでなく、各産油国とも不安定な政情を抱えている。特に9.11同時テロ以降、産油国はテロのリスクが増大している。しかしテロ組織は、分散化しており支持命令系統も判然としないため、誰を相手に交渉して良いのかも分らない(もっとも先進各国はテロ組織とは交渉しないと言っているが)。
石油を安定的に輸入するため、アルカイダなどの国際テロ組織に逆らわない政策を主張する人がいる。しかしそのようなことはあまり意味がない。例えばイラクに軍隊を派兵していないフランスもアルカイダのテロの対象国の一つになっている。フランス国内のイスラム教徒の移民の民俗衣装に、フランス人がクレームをつけていることが原因らしい。また自衛隊派遣前、日本が9.11同時テロの対象国のリストに載っていたほどである。
たしかに石油は優れたエネルギー源であるが、供給の安定性に欠けていることを認識すべきである。これまで日本が安定的に石油をずっと確保できたのも奇跡と考えるべきである。そして筆者は、本来安定的な供給が一番重要な使命のはずのエネルギーの大半を、本当は極めて供給が不安定な石油というものに依存してきたことが大きな間違いと考える。たしかに日本において石油は一次エネルギーの50%を切っているが、LNGやLPGを含めると、日本のエネルギーの中東への依存は際立って大きくなる。
ところが日本人はエネルギーへの危機感を全くなくしている。これには主に二つの理由が考えられる。一つは日本で省エネが進み、GDPにたいするエネルギーの原単位が小さくなったことである。もう一つは、円高によって石油価格が相対的に安くなったことである。たしかに日本は、二回のオイルショックや、昨年のデータ改竄が発端となった原発の全面的な休止をなんとなく乗り越えた。したがって第三次オイルショックが来ると言っても、心配する人は少ないのである。
第三次オイルショックが起るかどうかは、今のところアルカイダなどの原理主義テロ組織の動向にかかっている。しかしテロ組織がどれだけ活動を活発化させるのか予測が難しい。ただ今日、BRICsなどの新興国が石油消費を飛躍的に増やしているこの時代に、次のオイルショックが起ることが問題を大きくする。
筆者は、次のオイルショックが起るかどう別にして、日本は国策としてエネルギー対策を真剣に行なうべきと考える。まさに国家百年の政策である。政策は三つある。一つは政情が安定した地域での石油開発であり、二つ目は代替エネルギーの開発である。そして三番目が徹底した省エネの推進である。今の日本ならこれらは全て実現できると考える。
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