- 活力・公正・節度
6月18日に、西部邁氏と亀井静香氏で対談を行なってもらうことを計画している。しかし参院選直前であり亀井さんはなかなか時間が取れず、西部さんも病み上がりにも拘らず執筆や講演で忙しい。このような状況なので、対談の時間は限られることになった。したがってあらゆるテーマについて徹底的に話をしてもらうわけには行かない。テーマは最終的にご両人の意向で決めてもらうことになるが、どうしてもテーマは絞られると考える。
そこで今週号では、対談の論点になるであろう事項を筆者なりに整理してみる。亀井さんの考えは、これまで多くの媒体で伝えられ、これに加え筆者達はこれまでのオフ会などで直接知ることができた。問題は西部さんの方である。たしかに筆者はメディアを通じ、ある程度の知識を得ている。また最近西部さんの講演を聞く機会があった。西部さんの著書も何冊か読んだことがある。さらに今回の対談の打ち合わせで西部さんと一時間くらい話をする機会があり、色々と質問させていただいた。したがってまことに中途半端であるが、西部さんのお考えの輪郭だけは解ったつもりでいる。
筆者は、本誌で何回か紹介した 自民党の「立党50年プロジェクト基本理念委員会」での講演http://www.jimin.jp/jimin/project/index4.htmlが西部さんの考えを適確かつ簡潔に伝えていると考える。この講演は始まりの部分こそ抽象的で難解であるが、それが過ぎれば話が具体的になり理解しやすくなる。
この講演の中味は「国家というもの」「歴史・慣習・伝統」「真の保守主義」「自由・平等・博愛といった近代主義」「保守政党が掲げるべき主義・主張」「アメリカという国の本質」「近代主義と左翼主義」「冷戦構造の本質」「ネオコンとネオリアリズム」「9.11同時テロとグローバリズム」「構造改革という破壊行為」など、実に多岐に渡っている。詳細はこのホームページを読んでいただきたい。筆者がこの中で特に重要と考えるのは、近代主義(フランス革命の自由・平等・博愛という考え)に対する西部さんの反発である。
『近代主義はよく自由・平等・博愛といったスローガンを唱える。しかし「自由」は放っておけば、放縦・放埒に舞い上がって行き、「平等」は画一化や標準化に凝り固まって行く。「博愛」は必ず偽善的なものに堕落する。そこで「自由」には規制が必要になり、「平等」に対しては格差を認めようではないかとということになる。また「博愛」に対しては競合するという現実がある。しかし規制は過ぎれば抑圧になり、格差は差別主義になり、競合は弱肉強食的で酷薄な争いごとに落ちて行く。』と西部さんは論じている。
たしかに自由・平等・博愛といった美しいユートピアを目指したはずの革命政権が、全く理想とは違った形になってしまうのが現実である。そこで自由という理想と規制という現実の間でバランスをとることが必要になると西部さんは指摘する。同様に平等と格差の間のバランス、博愛と競合の間のバランスがそれぞれ必要になる。
したがって「自由・平等・博愛」といった近代主義的なものに足を引張られることは問題と考える。そして自民党が真の保守政党を目指すのなら、「自由・平等・博愛」といった軽薄なスローガンではなく、「活力・公正・節度」といったものを掲げるべきと西部さんは主張する。この講演が「立党50年プロジェクト基本理念委員会」で行なわれたことを考えると、筆者はこの部分が最も重要な講演の骨子と考える。
ところで西部さんの「左翼国家」の話が面白い。西部さんの定義では、国家の歴史や価値観を否定する勢力が左翼である。したがって社会主義・共産主義だけでなく、過去の歴史を否定した所で成立っている米国も左翼国家である。ご存知の方も多いと考えるが、もともと「左翼」という言葉は、フランスの国会の左側に席を占めていた革命勢力であるジャコバン党にちなんだものである。国の歴史・伝統を否定し、不連続な体制変更を指向する勢力が左翼である。
したがって東西冷戦も左翼国家同士の衝突だったと西部さんは喝破する。たしかに米国にしてもソ連にしても、自国の歴史を否定するだけでなく、他国の歴史や伝統を無視して自分達の主義主張を輸出したり、押し付けることに熱心である。ソ連の場合には共産主義であり、米国の場合は自由主義・民主主義・市場経済・構造改革といったものである。「国家は計画的に建設や改造ができる」という考え方も共通している。
ところで本誌は先週号で「富の分配と公正」と「公正」という概念を掲げた。極端に平等を目指せば、毛沢東やポルポトのような農本主義に行き着き、かといって格差を放っておけば、差別主義が横行する。筆者は、格差が発生することを認めるべきであるが、これもバランスが必要と考えるのである。このバランスを「公正」という言葉で表現したつもりである。これも西部さんの影響があったのであろう。
世の中では、西部邁さんを極端な保守主義者と誤解している人が多い。中には「ネオコン」と言っている人がいることに驚く。これまでの説明で判るように、西部さんはいたって常識人であり、「ネオコン」と正反対の所に位置した極めて穏当な思想の持主である。むしろ西部さんが批難する対象こそが、「市場原理主義者」「小さな政府論者」「構造改革派」といった極端な考えの論者達である。
また「構造改革という破壊行為」に言及している。西部さんは「もともと構造というのはシステムと違い、容易に変えられないもの、あえて変えてしまったら大ダメージを受けるもの」と述べている。まさに本誌が「構造改革」についてこれまで述べてきたこととピタリと一致するのである。
- 大中東圏構想
前段で説明した西部さんの考えを踏まえて、対談のテーマを考えたい。実は西部さんと亀井さんは過去に何回か対談しており、今回は久し振りの顔合わせになる。つまりご両人は相手の考えを熟知している仲である。そこでテーマは今日的な問題を取上げもらった方が興味深いと考える。
第一に思い浮かぶテーマは「米国ブッシュ大統領の大中東圏構想」である。これは今回のサミットの中心テーマとなったものである。イラクの戦後復興のみならず、中東全体(米国は何とモロッコからパキスタンまで想定しているらしい)の政治・経済改革構想である。これによって米国は中東の近代化を実現するつもりと考える。具体的には、先進国の支援による経済改革と自由化・民主化推進による政治改革である。もちろん中東の実状を知っている欧州はこれに大反対である。したがって結果的に、米国と欧州の妥協によって、政治改革は控えめにして経済改革を優先するといった風に穏当な結論になった。
注目すべきは、大中東圏構想がまさに米国の日本に対する戦後の占領政策のポリシーと重なることである。戦後の米国の対日政策は財閥解体、教育改革など米国が考える近代主義の移植であった。保守派には、これが良かったと評価する人と、これによって日本は大事なものを失ったと批難する人に割れている。前者の人は、日本はなお一層構造改革や市場経済化を進め、米国に近付くべきと主張する。このように今回の大中東圏構想は、単に中東の問題ではなく、戦後の日本の改革運動を評価する上で大変参考になる。そして今後米国と付合うにあたり、米国という国が「このような国」と理解しておくことが大事と考える。
二番目はやはり北朝鮮問題である。まず国交交渉と拉致事件の関係が明確ではない。国交交渉を進めるには、どこまで拉致問題が解決されることが必要な条件なのか、政府ははっきりさせるべきである。なし崩し的に国交交渉だけが進められることには絶対に反対である。
また総連の総会に対して、自民党総裁の名で祝辞が述べられている。自民党は総連がどういう立場の団体なのか説明すべきと考える。さらに脱北者の問題がある。脱北者に関して、今後政府と自民党はどのように考え、いかなる対処をするのか明らかにすべきである。さらに今後の中国や韓国を含めた、東アジアとの付合い方を論じてもらいたい。これには経済だけでなく、どうしても安全保障の問題がつきまとう。
三番目は教育である。単に教育基本法の改正だけで済むものなのか論じてもらいたい。そして四番目には構造改革であり、五番目が公共投資である。公共投資については、西部さんは景気対策としての場当たり的な公共投資に反対である。しかし西部さんは、今日の日本では私的な欲求が一応満たされているなら、資源を公的な分野にふり向けることは当然であると考えておられる。つまりポリシーを持った公共投資には大賛成しておられる。
ところで世間で西部さんは「反米的保守派」と烙印が押されている。筆者はこれはちょっと違うのではないかと、ご本人に直接「西部さんは反米と言われているが、決してアメリカという国や国民が嫌いなわけではないですね」と伺った。すると即座に「反米とか親米とかいうこと自体が下らない」と答えられた。単純な二分方的色分けが嫌いなのである。ご本人のアメリカに対する考えは「これだから歴史・伝統のない移民国家は困る」といった極めて常識的なものである。
実際、西部さんは、湾岸戦争の時には米国を中心した多国籍軍の活動に賛成している。イラクのクウェート侵攻は明らかに侵略であると極めて明解である。たしかに湾岸戦争ではシリアも多国籍軍に参加していたくらいである。しかし今回のイラクへの自衛隊の派遣に関しては反対しているので、西部さんは反米とみなされている。ところで湾岸戦争の際、多国籍軍の活動に反対していたある学者が、今回の自衛隊派遣を積極的に評価している。今回は乗り遅れまいということであるが、西部さんはこのような学者を手厳しく批難する。
考えてみれば、湾岸戦争の時には多国籍軍の活動にマスコミは批判的であった。ところが今回の自衛隊派遣に対しては、少なくとも保守系のマスコミは「日本も国際的な責任を果たすべき」と総じて好意的であった。要するにこの学者はマスコミの動きに合わせて、自分の主張を調子良く変えているだけである。ちなみにこの学者は最近、小泉訪朝を手厳しく批難し始めているらしい。今度はマスコミが小泉批難を強めることを見越しているのであろう。一方、西部さんはいい加減なマスコミの動きに迎合せず、マスコミに持ち上げられている学者を批難するので、敵を作りやすいのかもしれない。
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