- 世論調査の危うさ
今週は予定を変更して、小泉首相の訪朝を取上げる。今回(前回も同じ)の訪朝は、小泉政治というものの性格をよく表わしている。本誌はなるべくマスコミでこれまで報じられたことを元に論評を行ないたい。
今回の訪朝を考える上で最も重要なポイントは、米国の大統領選挙が11月に行なわれ、ブッシュの苦戦が伝えられていることである。米国の大統領選挙が終わるまで、北朝鮮の基本的な路線の変更はないものと考える。ブッシュが勝てば、これまでの延長線で新たな対応を考えれば良い。もし民主党が勝てば、二国間の協議の可能性が出てくるので、北朝鮮にとって有利な展開が見込める。
いずれにしても予定されている6カ国協議を適当に切り抜ければ、後は米国の大統領選挙の結果を待てば良いのである(後ほど述べるが、実質の伴わない目先の妥協はあるかもしれないが)。つまり今日、北朝鮮は当面何事にも譲歩する必要がない。強いて言えば、食料援助を得ることだけが課題である。
このような状況で小泉首相の唐突な訪朝である。北朝鮮にとっての関心事は人道支援という名の食料援助である。ただし北朝鮮は米以外の食料はほぼ足りており、それほど危機的な状況ではないという話である。一方、小泉陣営の狙いは、支持率のアップとイラク情勢の混迷や年金問題など、政権のピンチから世間の目をそらすことである。後者については何とも言えない所があるが、たしかにマスコミの関心は、一頃のようなイラクや年金問題からズレた。
支持率上昇に関しては、5人の家族の来日が実現し、思惑が当ったように言われている。ジェンキンス氏の説得に一時間も費やすと言った異常な行動も、支持率を気にしたからである。しかし筆者は、この点でも、小泉首相サイドは失敗したと見ている。支持率は多少アップしたが、前回のような大幅な上昇ではない。それも時間が経過すれば、一旦上昇した支持率もどんどん低下するものと見る。
支持率についてもう少し述べる。22日から23日にかけての新聞社の世論調査結果には、納得される部分と意外な面が混在している。「拉致問題に進展が期待できるか」「食料支援の評価」「国交正常化を急ぐべきか」という質問に対しては、否定的な回答が多かった。これでは訪朝は失敗と言うことになり、「今回の小泉首相訪朝の評価」「小泉内閣の支持率」も当然低いと考えられた。
ところが訪朝の評価は63%(読売)が肯定的であり、支持率も朝日の54%のようにアップ(9%)している(ただし読売だけは少しダウンして54.5%)。これには筆者だけでなく、多くのテレビ関係者も不思議に感じているとコメントしている。たしかに評価すると言っても、積極的な評価は21〜25%と極めて低く、大半は「どちらかと言えば評価する」程度である。そして後ほどまた触れるが、拉致被害者家族会の小泉首相訪朝に対する評価は、ご存知の通り、辛辣を極めたものであった。
客観的に解釈すれば、一般の人々にとって「とにかく5人の家族が戻ったのだから良いのではないか」という程度である。決して交渉の結果を支持しているのではない。ところが小泉首相サイドは、世論調査の結果で訪朝は支持され、内閣支持率もアップしていると解釈している。したがってこのままの路線を続ける方針である。食料と医薬品の援助には56〜61%も反対があるにもかかわらず、たんたんと援助は実行するという話である。10人の安否情報の回答があって始めて人道支援が実行されると誤解している人が多いが、小泉政権は何のこだわりなく援助を実施するつもりである。
小泉内閣の支持率についてもう少し述べる。筆者は、小泉内閣のこの程度の支持率は、選挙にほとんど影響がないと見ている。小泉人気と言われているが実態はない。筆者の推測では、小泉内閣の支持率は公明党支持者によってかなりかさ上げされていると見ている。特にこの種の世論調査の回答率は50〜55%であり、公明党支持者のウエイトはかなり大きくなる。おそらくこれによって支持率は10%以上高く出ていると考える。
しかし公明党支持者は、世論調査で小泉内閣を支持しても、全員が選挙で自民党に投票するわけではない。実際、先の衆院選の結果は小泉人気なんて何の関係もなかった。筆者は、小泉人気が選挙に影響を与えるとしたなら支持率が60%を大きく越えなければならないと考える。たしかに前回の参院選の時には支持率が70%を越えており、自民党の勝利に小泉人気が貢献したと考える。それを考えると今回の訪朝は、支持率が55%までしか上がらなかったことを考えると、リスクを犯した割には成果が小さい。したがって今回の訪朝は失敗と判断する。小泉首相がジェンキンス氏の説得にこだわったのも、このような事情があったからと考える。
今回の世論調査の結果に関しては、佐高信氏の「奥行きのない首相を奥行きのない国民が支持しているだけ」というコメントが的を射ている。5人の家族の来日をワイドショー的に歓迎し、国益という概念がスッポリ抜けている人々がそれだけ多いのである。このような思慮のない国民があっての小泉首相である。しかしこのような世論調査の軽薄な意見で国政を進められることは由々しきことである。それにも増して、小泉首相訪朝に成果があったと強弁している識者や政治家の存在が情けない。彼等の認識は「隣のおばちゃん」とほとんどかわらない。
- 底流に流れるもの
筆者は今回(今回に限らず)の小泉訪朝に大反対であった。そもそも国交正常化交渉自体に反対である。薄々ほとんどの人々も感じている思うが、日本側に国交を結ぶことのメリットが全くない。今回の小泉訪朝も金丸訪朝と何も変っていない。金丸訪朝の時も大きな援助の見返りに紅粉(べにこ)船長が戻って来た。この時には関係者に大きな見返りあったことが周知のことである。
また今後敵対関係を協調関係と言っているが、そもそも日本が北朝鮮に敵対行動を採ったことはない。事実誤認もはなはだしい。反対に日本は幾度となく食料援助を行なってきたが、北朝鮮の方が邦人拉致などの犯罪を引き起こしているのである。
だいたい今回の訪朝団も握り飯持参であった。とても敵対関係を協調関係にするような行動ではない。言っていることとやっていることがまるで違っている。要するに小泉首相は、支持率さえアップすれば良かったのである。当初、小泉首相の突然のイラク訪問というパフォーマンスが計画されていたと聞いていた。おそらく現地の治安悪化で、北朝鮮訪問に変更されたと筆者は推測している。
このようないい加減な訪朝団だから、北朝鮮側からも足下を見られていた。会談に同席した山崎官房副長官は、テレビ番組に出演し当初「小泉首相は言うべきことを言っていた」と発言していた。しかし回りからどんどん突っ込まれると「主導権は完全にあちら側(北朝鮮)にあった」と発言を翻していた。それにしてもこの山崎官房副長官のという人物のいい加減さにはあきれはてた。
どこの機関から食料援助を行なうのかという質問に対して、「国連やユネスコやユニセフなど色々あるでしょう」と答えていた。さすがに筆者も、ユネスコやユニセフと聞いた時には、イスから転げ落ちそうになった。このような間抜けなメンバーの訪朝団だから北朝鮮側からなめられるのも当然である。実際、訪朝前の官邸と外務省は大混乱しており、まさに「イラク」状態であったと言う。外交どころではなかった。家族会から「首相にはプライドがあるのか」と批難されていたが、もっともである。
それでも小泉首相はしたたかに北朝鮮側に食い下がっており、その成果(隠し玉)はそのうち明らかになると小泉首相を必死に擁護する発言がある。しかし前述したように会談は完全に北朝鮮ペースだったと山崎官房副長官が白状しているではないか。
たしかに日本政府が公表していない会談内容が、一つ二つあることは考えられる(単に北朝鮮側から口止めされているものの他に小泉政権にとってまずい事柄など)。あるとすれば6カ国協議に向けての北朝鮮側の懐柔策である。NPT(核拡散防止条約)への復帰やIAEAの核査察の受入れといったところである。しかしこれらは北朝鮮側が勝手に脱退したり拒否したものである。またこれらを受け入れるということである。しかしいずれにしても口約束だけであり、本当に実行するかどうかは、米国の大統領選の結果いかんによる。もしこれらがあったとしても小泉首相の成果ではなく、北朝鮮側の作戦の一環に過ぎない。
小泉訪朝に対して亀井静香氏の夕刊フジ連載(亀井静香これから勝負だ2004.05.27.http://www.kamei-shizuka.net/fuji/index.html)が核心をついている。これから抜粋すると
「空港での出迎えが、前回訪朝時に比べてランクが下がる金永日外務次官だったうえ、会談場所の大同江(テドンガン)迎賓館では、訪問した首相が金正日総書記を出迎えるという屈辱的な形式が取られた。
大体、核拡散防止条約(NPT)からの脱退宣言など、北朝鮮が一昨年9月に署名した日朝平壌宣言を履行していないのは明白である。
その宣言には「拉致問題の解決」という文言すら入っていないのに、拉致被害者の子供5人を返しただけで、わが国の重要なカードである経済制裁を事実上発動しないと約束したのは、どういうことなのか?前回訪朝時に、北朝鮮が「死亡」「不明」と説明した拉致被害者10人については、その後、死亡や不明を否定する情報や事実が次々に明らかになっているが 、金総書記から謝罪や釈明を受けることもなく、「再調査を行う」という抽象的な言葉だけで、事実上棚上げにされた。
それ以外に拉致された疑いのある100人以上とされる日本人についても解決に向けた道筋は付けられず、会談は金総書記によって、わずか93分間で一方的に打ち切られたという。これで、25万トンのコメ支援と1000万トン相当の医療支援を約束してきたというのだから、「子供5人の身代金のようだ」と言われても仕方ない。誇りある独立国家である日本がこのような外交をしていいのか?
以前にもこのコラムに書いたが、北朝鮮の脅威を現実的に防ぐ対策を取らないで、外交交渉に臨むからこうなる。防衛庁によると、北朝鮮の弾道ミサイルを撃ち落とすための、ミサイル防衛(MD)システムを全国規模で配置するには7000億円あれば足りるという。
ところが、政府は今年度予算で「首都圏防衛のため」として1000億円程度しか計上していない。首都圏以外の国民の生命や財産はどうでもいいのか。中途半端過ぎるのではないか。自国の領土と国民を守るのが国家の基本的な責務。そのための独自の防衛体制を取らないから、北朝鮮に足元を見透かされ、侮辱されながら交渉せざるを得なくなっている。極めて残念というしかない。」
最後に、拉致被害者家族会に抗議のメールとファックスが大量に送られていることを問題にしたい。「拉致被害者を救う会救う会」経由での抗議活動である。かなり組織的な嫌がらせである。匿名で、文面は「首相に対する感謝の気持ちがない」というものである。とんでもない話である。
家族会の人々は、長く運動を進める中で、拉致問題は個人の問題ではなく、国家と国家の問題と捉えることに気がついた。一部の拉致被害者が帰っても解決にならないことを知っている。したがって拉致問題の解決には、国家が威信を持って対処する必要を感じている。横田夫妻は、孫(キムヘギョンさん)の来日要請を涙ながら断念した。あくまでも娘(横田めぐみさん)の帰国を訴えるためである。
また家族会の人々は北朝鮮のことをよく熟知している。4年前の50万tの米支援についても猛烈に反対した。まさに家族会の主張通り、この時には日本人妻が一時帰国したが、それで終わっている。全てが北朝鮮ペースだったのである。
北朝鮮の支援には常に利権がからみ、拉致家族はらち外に置かれている。今回も過去の米支援に深く係わった政治家が関与している。このように日本の北朝鮮外交には、表面に現われない暗い影が常につきまとう。間抜けな日本のマスコミは、帰って来た家族の様子ばかりをワイドショー的(幼児的)に追いかけている。そしてマスコミはこのよう暗いな面をあえて避けており、家族会へのいやがらせもほとんど取上げない。しかしこのようなこそが今回の小泉訪朝と日朝関係の底流に流れる本質的なものである。
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