- 自信のない保守派政治家
日本には巨額のマネーサプライ(民間と公共団体の持っている資金(現金と預貯金))が存在する。M3+CDで日本のマネーサプライを捉えるなら、マネーサプライは実に950兆円にもなる。このM3+CDは通常マネーサプライとして日本で公表されているM2+CD(650兆円)に、郵便貯金や農協の貯金などを加え、より実態に近付けたマネーサプライである。
本誌04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」で述べたように、先進各国のマネーサプライはGDPの半分くらいである。つまり一国の経済が循環するには、その規模のマネーサプライがあれば十分ということになる。ところが日本のマネーサプライはGDPの2倍にもなる。つまり日本はGDP比で他の先進国の4倍のマネーサプライがある。明らかに日本のマネーサプライは異常なくらい巨大である。したがって一見、日本には資金がダブついているように見える。
そこで日本の経済には資金が十分循環しているのか、それとも不足しているのかが次の議論になる。通常、これだけの規模のマネーサプライが存在すれば、資金不足ということはない。本来なら政府もマネーサプライの増加率などを気にする必要は全くないはずである。ところが量的には過剰といえる日本のマネーサプライに関して重大な問題がある。この大部分が凍り付いおり、ほとんど動かないのである。
マネーサプライを肝臓に例えることができる。そして日本のマネーサプライの大部分が凍り付いている。例えが悪いが、日本のマネーサプライは肝硬変の状態である。肝細胞は存在しているが機能していないのである。もっと言えば肝硬変でありかつ肝臓肥大の状態である。肝臓肥大は消費不足の結果であり、さらに肝硬変によって肝臓の働きが極端に悪くなっている。
日本政府も巨額のマネーサプライが機能するための施策を行なっている。世代間の資産の移動に関する税務上の優遇もその一つである。具体的には子供の住宅購入に対する親の資金援助(生前贈与)に対する非課税枠の設定などである。また投資減税によって企業の設備投資を刺激し、銀行借入を増やさせる政策もマネーサプライの機能を復活させる手段として行なっている。
しかしこのようなマネーサプライ全体を蘇生させようとした施策の効果がほとんど出ていない。凍り付いたマネーサプライが動き出す気配がないのである。むしろ企業の借入金の返済の流れは変らず、マネーサプライの機能の低下さえ見られる。
筆者は、これまでの日本の財政政策が緊縮財政一辺倒だったとは言わない。たしかに毎年多額の新規国債を発行している。実際、政府・地方の累積債務は既に700兆円にも達している。さらに何回かの円高不況やバブル崩壊後の不況に直面し、企業倒産や失業が増えると、政治家(主に地方選出の保守派)も景気対策を訴え、一段の積極財政が一時的にも実現した。しかし少し景気が持直すと、構造改革派や緊縮財政派が勢いを取戻し、緊縮財政にすぐに転換された。筆者は、異常なマネーサプライを抱える日本経済にとっては、積極財政をずっと続けるくらいでちょうど良いと考える。
今日、構造改革派の学者やエコノミストが主流派であり、官僚も緊縮財政派が力を持っている。そして重要なことは、構造改革派の言辞の方が理論的でもっともらしく聞こえる。一方、与党の政治家では、積極財政を唱える保守派の方が数の上では多数派である。しかし彼等の主張は決して理論的ではない。日本経済が慢性的に需要不足に陥る理論的根拠を示さないまま政策を決めている。保守派の主張は「地方の経済が大変」とか「倒産と失業が深刻」と時として極めて情緒的である。
日本ではこの構造改革派と積極財政派の力が拮抗しており、どうしても財政政策は中途半端な形に終始している。この結果、経済は最悪の事態は回避されるが、低迷したままの状態が続き、借金だけが増える形になっている。したがって両者の妥協の結果の景気対策は、なるべく財政負担の少ない方法が選択され、どうしても金融政策に偏重した。特にプラザ合意後の円高不況の対策は、過剰流動性を放置する形になり、これがマネーゲームの原因となってバブルを生成した。
筆者は、ここまでの5週間、日本のマネーサプライ大きくなった原因が莫大な土地の売却代金とその利息であることを指摘した。そして「土地の売却代金とその利息が日本のマネ−サプライの大きな部分を占めていることが、日本のマネ−サプライが凍り付いている大きな要因」という仮説を示した。
これは保守派政治家の積極財政の主張を理論面でフォローすることが目的である。たしかに公的債務が増えても、金利は上昇しないし、物価も上昇しない。このような状況では、保守派政治家が唱えるさらなる積極財政が正しい。しかし積極財政の理論的根拠が弱い。せいぜい「日本の場合、国の借金は、外国からでなく日本国民から借りている。ちょうど右のポケットの金を左のポケットに移すようなもの」と釈明するくらいである。しかしこのような説明で納得する人は少ない。「借金は借金」と言われればお終いである。正直にいって、筆者もこの説明にはピンとこない。
- セイニア−リッジ政策への道
筆者は、積極財政を行なうにしても、どの程度の財政赤字までなら容認されるのか、具体的に示す必要があると考える。今日、日本政府は「プライマリーバランス」の回復を財政の一つのメドとしている。しかしこれは、借金をこれ以上増やさないための財政赤字の限界であり、単なる数合わせである。日本経済の異常な体質を全く考慮しない非科学的な考えである。まずいことにもし「プライマリーバランス」の回復を目指す財政運営を行なえば、むしろ日本経済は確実に沈没する。これはこれまで橋本・小泉政権で証明されたことである。
筆者は、基本的に凍り付いているマネ−サプライに見合う額の政府(国・地方政府)の財政赤字は容認されると考える。むしろそれだけの財政の赤字が必要という考えである。つまり凍り付いたマネ−サプライに見合う資金を経済の循環に戻してやることが、政府の重要な役目と考えるのである。
具体的な方法は、03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」で述べたように、財政支出によって機能するマネーサプライの供給を行なうことである。これは肝硬変になっている肝臓に、機能する新しい肝細胞を移植するようなものである。
そして積極財政を続けることによって、むしろ肝硬変になっている肝細胞の一部が蘇生する可能性が出てくる。積極財政によって日本経済全体が浮揚すれば、銀行もリスクを取ることができるようになり、貸出しも増える。また企業も収益の改善が見込めるなら、将来に対する投資を行なう気運が生まれる。さらに現実に経済が良くなれば、将来への不安が小さくなり、一部の預貯金が取崩され消費に回ることが考えられる。
ただしこれにも問題がある。技術的に凍り付いているマネ−サプライの額を正確には見積もることができないことである。この程度だろうといった大雑把な数字を示すことは可能と考えるが、万人を相手にその数字で説得することが難しい。
筆者は、発想の転換が必要と考える。政策目標を財政赤字の規模ではなく、金利や物価上昇率にするのである。日本国民が容認できる金利水準や物価上昇率を定め、限度まで財政赤字の規模を拡大するのである。もっともいきなり長期金利を4%、物価上昇率を3%といった世界的に平均的な数値を限度目標にすることは無理と考える。段階的にそのような数字を達成するような財政政策を行なうこととし、最初は長期金利2%、物価上昇率2%くらいが現実的と考える。
またこのような積極財政を採ることによって、税収が増え、財政赤字が増えないか、あるいは逆に減る事態もありうる。つまりこの面からも、財政赤字額そのものを政策目標にすることは難しい。実際、米国も昨今の景気対策によって税収が増え、財政赤字が当初の予定より小さくなることが報じられている。
本誌は、以前から政府貨幣発行や国債の日銀引受による「セイニア−リッジ政策」を主張してきた。今週号で述べていることも、積極財政への転換という点では同じことである。以前は巨大なデフレギャップを前提にした「セイニア−リッジ」による積極財政政策であり、今回は巨額の凍り付いているマネ−サプライを前提にした積極財政である。前者が今日の日本では物価が上昇しにくいことを中心に説明したのに対して、今回は金利が上がりにくいことを中心に述べたのである。もちろん今回についても「セイニア−リッジ」による積極財政政策を考えても良い。
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