- バブル生成の本当の原因
連休前、日本における政府と家計の土地の売買状況とマネーサプライの推移を取上げ、土地取引の活発化に伴ってマネーサプライが増える様子を説明した。たしかに本誌は土地の売却額や、そのうち預貯金に回る比率について、残念ながら正確な数字で示すことができなかった。しかし日本経済のデフレに陥りやすい体質がこの巨額の土地取引が一つ大きな要因ということを何とか説明できたと思われる。
土地の売却が増えた場合、この売却代がなかなか消費や投資に回りにくく、マネーサプライだけが増え、その分有効需要の不足を招くのである。設備投資が活発な時には、このマネーサプライも使われ、そのことが分かりにくい。しかし設備投資が後退すると、とたんに日本のデフレ体質が表面化するのである。
土地の売買は常に行なわれており、デフレの原因は日々生まれている。したがって景気対策を行なっても、日本の場合持続的経済成長ということが難しい。先進各国が行なう景気対策は、まず金融緩和である。さらに大きな効果を求める時にもせいぜい減税までである。しかし日本では、このような政策では効果が小さく、とても有効需要の不足を埋めることができない。やはり日本では、公共投資などの財政支出を中心とした財政政策が必要になる。
日本の過剰貯蓄体質の原因は、土地取引以外にもある。一つは年金である。公的年金だけでも197兆円もの積立金が存在する(よく公的年金の積立金は147兆円と紹介されているが、この他に公務員共済の積立金が50兆円ある)。諸外国は、日本に比べ公的年金の積立金がずっと小さい。本誌03/12/15(第326号)「日本の公的年金」でも「厚生年金に限って言えば、積立金は年金給付の5.5年分もある。ドイツの積立金は1カ月分である。同じ社会保険方式の英国が1.2カ月であり、日本はこれらの国の60倍もの巨額の積立金を持っている。」と述べたように、日本の公的年金の積立額は異常に大きい。
本格的に日本の公的年金の制度が整備されたのは、高度成長期の頃である。過去の積立金がなかった代りに、受給者も極めて少なかった。特に団塊の世代が働き始めた頃から保険料がどんどん入ってきた。したがって保険料をそれほど納めていない受給者に対して、かなり気前の良い年金が給付された。しかしそれでも年金の積立金は増える一方であった。
公的年金の積立金はどんどん増えるが、使い道がない。そこで厚生年金の積立金を事業に活用しようということになった。72年、つまり30年以上も前の話である。そこで積立金を年金加入者のために使う方針が立てられた。一つが年金福祉事業団の住宅融資であり、もう一つが「グリーンピア」に代表され、今日問題になっている厚生年金施設の建設である。
当時、民間の銀行は住宅融資に積極的でなく、住宅融資と言えば、他には住宅金融公庫融資があったくらいである。年金福祉事業団の住宅融資は赤字になっており、今日新規の融資はなされていない。一方厚生年金施設の建設の方も、ご存知の通りさんざんな結果となっている。このように年金資金の活用は頓挫している。しかし積立金を経済の循環に戻すという当初の目論みは、決して間違ってはいなかったと考える。
このように日本経済は、家計部門の土地売却代(この利息も莫大な額になっている)や官の年金資金の積立金の累積と言った大きな過剰貯蓄要因を抱えている。さらにこの他にも高額の退職金の存在などがあり、これらが日本の貯蓄過多体質を助長している。つまり日本のデフレ体質は、バブル期のずっと以前に形成されたものである。
むしろバブルの生成は、このような日本のデフレ体質が元になっている。その様子を時代を追ってざっと述べる。73年のオイルショック後の不況で税収が減る一方景気対策が必要となり、財政が赤字となった。これにこりた財政当局は、景気の動向によって変動する当時の税収構造の改革を目指すことになる。具体的には欧州流の付加価値税(大型間接税、今日の消費税)の導入である。
この方針に最初に対応したのが大平内閣であった。しかし付加価値税の導入には、国民の抵抗が大きかった。新しい税金ではなく、まずは無駄な財政支出の削減が必要と叫ばれた。この頃から公共投資は悪者に仕立てられ、新幹線の建設もストップした。次の鈴木内閣は、わずか100兆円の財政累積債務で「財政危機宣言」を行ない、緊縮財政を行なった。この頃には日本経済のデフレ体質は既に定着していたと考える。
その次の中曽根内閣は「増税なき財政再建」を標榜し、行政改革を進めた。財政は「ゼロシーリング政策」で、引続き緊縮であった。このため日本経済は内需が縮小し、完全に外需に依存する形になった。しかし当時、レーガン(正確にはボルガーFRB議長)の高金利政策によって、米ドル高が続いた。日本は莫大な貿易黒字を記録していたが、米国の高金利政策によって多額の資金が米国に流出し、為替は逆に円安で推移した。つまり中曽根時代は緊縮財政を行なっていたが、外需の大きな増加によって不況は表面化しなかったのである。
しかし米国の経常収支の巨額な赤字と日本の大幅な貿易収支の黒字の状態はいつまでも続かない。95年のプラザ合意で円高への転換が決まった。この超円高によって、次が「円高不況」である。
これに対して景気対策が行なわれた。しかし財政当局は消費税導入をにらみ、財政政策に対して依然消極的であった。景気対策は勢い金融政策に重点が置かれた。さらに多額の為替介入資金が市場に放置されていた疑いもある。このため過剰流動性が発生し、マネーゲームが展開され、最終的にバブルが生成されたのである。このようにバブルの生成も、日本経済のデフレ体質を無視した歴代政権の緊縮財政政策が遠因となっている。
- 経済の体質を無視する財政政策
本誌03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」で貯蓄・投資均衡の理論を説明した。理論上、貯蓄が投資を上回る場合は、貯蓄が投資に見合うまで所得が縮小する。つまり景気が悪くなるのである。したがってこのような状況では、政府の支出を増やしたり、住宅投資の推進政策を行なうのが常識であった。
これに対して、伝統的な経済理論(古典派理論)は、貯蓄が大きいのだから金利が低下することによって、貯蓄が減り、一方、低金利によって投資が増えるはずであり、政府は何もする必要はないと説く。しかし現実は、金利がどれだけ低下しても投資は増えず、一方、家計の土地売却代金のように、金利水準に関係なく、ほとんどが貯蓄されているものがある。
古典派の流れをくむ狂信的な構造改革派は、投資が増えないのは、規制緩和が進んでいないからとか、銀行が不良債権を抱えているからと手当りしだいにデタラメを言い始めた。前段で述べたように日本の貯蓄過多・投資不足の経済の体質は、バブル期以前から続いているのである。規制についても、今日の方が以前よりもずっと緩和が進んでいる。また中国のように、日本より銀行の不良債権比率はずっと大きいが、貸出しがどんどん増えている国もある。
日本経済の本当の姿は「慢性的な需要不足」である。これは、筆者が指摘してきたように、日本の地価が異常に高いことや年金の積立金のあり方などが原因である。そして前述したような貯蓄が投資に見合うまでの経済の縮小を避けたいなら、財政支出を増やしたり、年金積立金を財政投融資で活用をする必要がある。
つまり民間がこのような巨額の国内の貯蓄を使い切れない時には、政府が財政支出を行なったり(国債を発行して)、財政投融資の形で、この過剰貯蓄を経済の循環に戻してやる必要がある。しかし不思議なことに、日本では財政支出を伴う景気対策はタブーになっており、最近では高速道路建設のための財政投融資の活用までが否定されている。しかも過去の財政政策が効果がなかったなどの「嘘」がまかり通っている。そして構造改革派の人々は、デフレは構造改革で克服できるといった的外れの主張をしている。ところが構造改革派が今日日本の主流派となっており、政府の経済政策はまことに中途半端なものになっている(2週間後に詳しく述べる)。
構造改革派は、日本経済の特殊体質(地価が異常に高く、土地の売却代金の大半が貯蓄されている現実や日本の年金の積立金が異常に大きいこと)を無視する。彼等が米国で学んだ経済学の教科書にはこのような事柄が載っていないのであろう。
ここまで日本の過剰貯蓄について、主に銀行のマネーサプライと公的年金の積立金に焦点を当てて話をした。しかし日本には、これらの他にも生保や簡易保険、そして厚生年金基金などの企業年金積立金がある。何しろ日本の個人の金融資産は1,400兆円もある。今回はここまで言及しなかったが、これらも日本経済が有効需要不足に陥りやすい要因となっている。
この結果、日本経済は慢性的に外需に頼る構造になっている。ところが外需に頼る日本経済は、いずれ円高を招く。そしてこの円高を阻止する方法が、外債投資の促進と為替介入である。今日の日本経済は、中途半端な赤字財政と常軌を逸した為替介入によって支えられているのが現実である。しかし「このような資金こそ、国内の需要を増やす財政政策に使うべき」ということが筆者の一貫した主張である。
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