- 「うるさい」存在
先週号で指摘したように、15ヶ月で35兆円もの巨額な政府・日銀の米ドル買いの為替介入によって、潜在的な米ドル売り要因(米ドル買い予約)も一応整理されたと見る。自虐的な為替観によって円を売って米ドルの買い予約を行なっていた人々は、政府・日銀の常軌を逸した為替介入(ドル買い)で命拾いをした。損失を最小限に抑えることができたのである。とにかくこの分だけは円高要因が小さくなった。
今後の為替動向を占う上でポイントとなるのは、経常収支と政府・日銀の為替介入である。まず先週号で述べたように、経常収支の黒字基調は変らない。そして仮に黒字幅が小さくなっても、黒字である限り、これは円高要因になる。
問題は政府・日銀の為替介入である。日本の経常収支はずっと黒字が予想されるから、放っておけば円高になる。円高は、外需に依存する日本経済を直撃する。特に急激な円高は、財政政策に頼らないことを建前にしている日本政府としては絶対に避けたい。
ところがここに来て、米国が政府・日銀の為替介入にクレームをつけ始めた。為替介入を行なわず、ユーロ高に甘んじていた欧州は、元々日本の為替介入に批判的であった。このように為替政策で、日本はとうとう孤立した。
以前からグリーンスパンFRB議長は、日本の為替介入に批判的であった。一つにはグリーンスパン議長自身が政府の市場への介入を嫌っていることが挙げられる。彼は、非常事態以外では市場への関与を避けることが政府の基本的なスタンスと考えている。
しかしグリーンスパン議長はこれとは別の理由で、政府・日銀の大規模為替介入に強い不快感を持っていると見る。中央銀行としてのFRBは、建前の上で政府から独立している。米国の金融政策は、一手にFRBが担うことになっている。ところがここ一年あまりの政府・日銀の為替介入は、米国の金融市場に影響を与えるくらい大規模であった。あたかも米国の金融政策を政府・日銀が行なってきたようなものである。政府を始め、全てのものから独立しているとプライドを持っていたのに、現実はFRBが政府・日銀の影響下にあるのと同じことになる。もっとも政府・日銀は鈍感だから、自分達が米国の金融市場に事実上影響を与えて、FRBの邪魔をしているという感覚に乏しい。
政府・日銀の為替介入がFRBの金融政策と合致している間はFRBもそれほど不快感を示していなかった。実際、昨年前半は、デフレ脱却には低金利が望ましく、介入資金の米国への流入は好ましいことであった。しかし米国経済は、一頃より状態が良くなっている。むしろ石油製品価格の上昇や貿易赤字の拡大の方が問題になっている。したがって今後、金融政策は穏やかな引締めに転じる可能性がある。この時にまた政府・日銀に大規模な為替介入を行なわれては、FRBの金融政策が打ち壊しになる。
日本を始めとしたアジアの為替介入は、米国の金融市場に一定の影響がある。しかしこれはそれほど決定的なものではない。まず各国が保有する外貨準備の米国債はFRBの管理下にあり、勝手に売ることはできない。また仮にアジアから介入資金が流入しなくなり米国の長期金利が上昇しても、FRBが金融緩和すれば良い話である。ただ不規則的な為替介入の規模が大きくなっているだけに、機動的な金融政策を行ないたいFRBにとって巨額の為替介入は「うるさい」存在なのである。
昨年9月、そして今年の2月のG7で、日本の為替介入に対しては、直接的な表現ではなかったが、各国からクレームがついていた。ところが日本はそれにもかかわらず、自分勝手な解釈を行なって、大規模な為替介入を続けた。さすがにこれに対して、グリーンスパンFRB議長だけでなく、スノー財務長官もはっきりと批判を始めた。
特に米国の自動車産業界は、徐々に日本勢にシェアーを食われており、対日批判を強めている。大統領選を控え、ブッシュ政権もこのような声を無視するわけには行かない。スノー財務長官の発言はこれを代弁している。そして米国自動車産業界は、具体的に適正な為替レートを1ドル92円くらいと主張している。
- 過度な政治的配慮
前段で述べた通り、政府・日銀の大規模為替介入に対して、欧米から批難が出ている。しかし今のところ国内からは強い異論が目立たない。おそらく巧妙な形で実質的な為替介入は今後も継続されると予想される(例えば年金資金による米国債の購入など)。とにかく円高を阻止する手段は、これしかなくなったのである。
ところで日本政府が為替介入で米ドルを手に入れても、それで米国債を買う他はない。8,265億ドル(3月末)の外貨準備の大半は、米国債や米国政府系の債券の購入に充てられている。しかし日本政府が米国債を買うことと、一企業や個人が米国債を購入することとは全く意味が違う。後者の場合、米国債は本当の意味で資産になる。いつでも売却できるし、売却代金を円に換える(円転)こともできる。
しかし日本政府は、大量に保有している米国債を売却することは不可能である。売却すれば米国債は暴落するし、売却代金を円転すれば、超円高になる。だいたい前段で述べたように、日本政府が保有する米国債はFRBの管理下にあり、勝手に売ることはできない。まるで「火星の土地」を買ったようなものである。当事者達は「いや米国債は利子を生む」と引下がらない。しかしその利息でまた米国債を買っているのだから、火星の土地がさらに増えるだけである。これが使えるようになるのは、おそらく円レートが40円以上にもなって日本の産業が完全に崩壊した後であろう。
では何故政府・日銀はこのような異常な為替介入を行なってきたかが問題になる。筆者は二つの理由を考えている。一つは「財政の支出を増やさなくても景気が回復する」と言う「嘘」の実現である。まさに小泉政権のキャッチフレーズである「構造改革なくして景気回復なし」の実現である。これは先々週号04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」で触れたハイルブローナーが喝破した構造改革派の「ビジョン」に通じる話である。端的に言えば、彼等は目的のためには手段を選ばないのである。
二つ目の理由は、想定外のことが次々と起ったことである。まず為替介入当局は、当初為替介入で簡単に円安を維持できると安易に考えいたふしがある。たしかに理論的には、日銀が限り無くお札を刷って、米ドルを買えば円高を阻止することができる。しかし米国の大幅な経常収支の赤字や、イラク攻撃、米国からの資金流出など、想定以上の米ドル安要因が発生した。
ところで想定外と言えば、日本が為替介入を実行することに対して、各国から批難が強まったことも想定外であった。「デフレ経済が続く日本をかわいそう」と見てくれると甘く考えていたのであろう。またブッシュ大統領は小泉首相の友達であり、多少のことには目をつぶってくれると考えていた可能性がある。実際、構造改革派の総本山であるIMFのケリー専務理事は、日本の為替介入に理解を示していた。
ところが日本政府は、国内向けに「構造改革が成功し、景気は良くなった」と宣言し始めたのである。これでは辻褄が会わない。ところで日本の為替介入に各国の理解を得られていない事実は重要である。過去の為替動向の転換時は、まず各国の理解を得られ、さらに協調介入が行なわれ、最終的に為替の動きは転換した。つまりこのような条件が整うまで、今回の円高が続く可能性が出てきた。条件として考えられるものの一つは「積極財政への政策転換」である。
筆者の想像では、外為特別会計に評価損が発生したことも想定外と考える。これまで為替介入を行なうとしても、政府・日銀は円高がかなり進んでから円を買い、円安が進んでから円を売っていた。このような介入方法によって、外為特別会計はかなりの評価益を持っていた。しかし今回の一連の為替介入は、かなりの円安の時点から介入を開始している。それだけに介入額がどうしても膨らんだ。
ついに評価益を吐き出すだけでなく、外貨準備に評価損が発生した。筆者の目からは、どうも評価損をカバーするために常軌を逸した為替介入が、追加的に行なわれたように見える。特に2月下旬から3月初旬にかけての押し下げ介入は、3月年度末の特別会計の決算を意識したものと解釈している。日本の米ドル資産の平均取得為替レートは115円くらいと言われている。ところが113円まで押し下げたところで、米国から待ったがかかり、それ以降為替介入は手控えられた。その結果円高が進行し、為替レートは3月末にとうとう104円台となって評価損が確定したしだいである。
当局は「外貨準備は評価換えを行なわないのが世界の慣例」と言っているが、たとえ評価換えを行なわなくとも評価損は公表するものである。実際、先日、欧州中銀は外貨準備の評価損を発表していた。また米国は、自国通貨が基軸通貨であり、基本的に外貨準備は不要である。つまり先進国で外貨準備の評価損を公表していないのは日本だけである。
最近、為替介入を始め、金融・財政政策全般に過度な政治的配慮を感じる。以前本誌では、今回の一連の巨額の為替介入を「稚拙な為替介入」と評したが、これもその影響と考える。特に昨年は自民党の総裁選が行なわれており、総裁選が終わるまでなんとか円安を維持していた。しかし政治的な政策(例えばどうしても積極財政を避けるといった)によって、経済政策はいびつになり、その矛盾(例えば経済の過度の外需依存)が大きくなっている。筆者は、最終的にこの矛盾を解消する方法の一つが常軌を逸した為替介入だったと理解している。
ところで米国債の大量買いの他にも、日本政府は気絶しそうなくらい変なことをやっている。一つは外国からの観光客の誘致政策であり、もう一つは海外からの投資の勧誘である。特に後者では小泉首相が自らコマーシャルに登場し、「どうぞ日本にどんどん投資を行なって下さい」と訴えている。米国などで130本のスポットが流れる予定である。円高阻止で為替介入をやりながら、一方で外貨獲得政策(外貨の乏しい国がやっている)を行なっているのである。米国政府関係者から「日本は一体何をやりたいのだ」とあきれた目で見られてもしょうがない。
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