- 非科学的な研究成果
先週に続き、もう一つの構造改革派の主張である「規制緩和の経済効果」を取上げる。結論から申せば「規制緩和の経済効果」はほぼ中立であり、規制緩和で景気は浮揚しない。これは本誌はこれまで何回となく本誌で説明してきたことである。
一頃「規制緩和に経済効果があり、これによって景気が回復する」というデタラメ話が流行った。さすがに今日ではこのようなばかな話はあまり聞かれなくなった。しかし驚くことに論説副主幹土谷英夫氏の2月29日日経新聞の論説には、「規制改革で景気回復を確実なものにする」という文句が踊っていた。
「規制緩和の経済効果」が囃(はや)された頃、これらを研究した論文集を読んだことがある。分析方法はほぼ共通していた。理論的には「規制緩和で競争が激しくなり、価格が下落し、これによって消費が増え、一方に消費者に余剰が生じ、他のものを買う余裕が生まれ経済が拡大する」と主張していた。しかし実際の分析では、規制緩和によってプラスの効果になる部分とマイナス効果の部分があり、両者の差引でプラスの方が大きいので「規制緩和には経済効果がある」という結論になっていた。これと理論面との間にはどうも整合性がないように思われる。
典型例は大店法の改正である。大店法の改正によって大型店が建設されるプラスの経済効果と、これによって売上が減少する中小商店のマイナスの効果が発生する。大店法の改正の場合、プラスの効果の方が大きいので、差引でプラスの経済効果があると言った具合である。
またほとんどの学者が取上げていたのが、携帯電話の買切り制の開始(それまではレンタル制であった)である。たしかにこの頃から携帯電話は爆発的に売れたためか、彼等はどうしても携帯電話の買切り制の開始を規制緩和の範疇に入れたがっていたようだ。筆者は、むしろ携帯電話の普及は、IT技術の急速な進歩や半導体価格の下落の影響と捉えている。実際、レンタル制であった段階でもポケベルはけっこうなブームになっていた。
彼等の分析の一番の問題点は、プラスの経済効果はちゃんと算定されているが、はたしてマイナスの効果が全て網羅されているかという点である。携帯電話に関しては、携帯電話関連の消費支出と設備投資がプラス効果であり、固定電話の関連の消費・投資の減少がマイナスの効果としている。両者の差引がプラスであり、「規制緩和には経済効果がある」という結論である。
しかし携帯電話の普及につれ、他の物の消費、例えば若者の音楽CDなどの売上が減少していることが観測されている。しかしこのようなマイナス効果はほとんど無視されているのである。たしかに両者の関係を調べることは難しい。おそらく分かりにくいものは「ない」ものと見なされるのであろう。
以前、本誌でも携帯電話の普及に伴って売上が減少し、店を閉じた学生街の居酒屋の店主の話を掲載したことがある。若者の間に携帯電話が普及するにつれ、客数が減り客単価が下がったという話である。たしかに携帯電話の普及と居酒屋の売上の減少の間の相関関係を厳密に検証することは難しい。
実際、一時は日本の経済の低迷はNTTのせいにされていた。構造改革派の人々は、さかんに「財政支出は不要であり、通信分野の徹底した規制緩和を行え」と言っていたものである。これもたまたま携帯電話の爆発的な普及があったことが影響している。
しかし難しいと言って、このようなマイナス効果は全くないものと無視するのも乱暴である。プラス効果だけはきっちりと算定するが、マイナス効果の方は目立つものだけしか拾い上げないとしたなら、常に「規制緩和には経済効果がある」という結論が出るのは当り前である。他の規制緩和の項目も同様の分析手法である。時流に乗りたい政治家やマスコミは、盲目的にこのよういい加減な話に飛びつき、「景気回復のためには、財政支出ではなく徹底した規制緩和を」と叫んでいた。しかしその根拠はこのような非科学的な研究成果である。
- 虚言・妄言の類
消費には所得効果と代替効果というものがある。消費の可処分所得に対する割合が消費性向である。この消費性向の値は比較的安定している。つまり所得額が決まれば、自動的に消費額が決まることになる。これを消費の所得効果と呼ぶ。したがって国全体の消費額を増やすには、国民所得を増やす必要がある。
そして所得が一定なら消費も一定になる。つまり所得が増えない状態では、何か消費が増えれば、他の消費が減っているはずである。このような消費の性質を代替効果と呼ぶ。よく消費はイス取りゲームに例えられる。所得の全部を消費している人のケースを考えれば分りやすい。このような人は、何かの消費を増やせば、貯蓄を取崩したり借金をしない限り、他の消費を減らしているはずである。
このように所得が増えない限り、ある消費が増えても、代替効果によってその分他の消費が減っているものである。例えば旅行の支出が増えれば、他の物への消費が減っている。デイズニーランドの客が増えれば、ハウステンボスの客は減る。コンビニの売上が増えれば、スーパやデパートの売上が減少しているといった風である。
このように国民所得が増えないのに、規制緩和によって、かりにある消費、例えば携帯電話関連の消費支出が増えておれば(携帯電話の普及を規制緩和の成果であると譲歩して)、他の消費支出が減少していると考えるべきである。音楽CDや居酒屋の売上が減少しているとしたなら、これも消費の代替効果である。このように規制緩和で、ある消費が増えても、他の消費が減っているのなら、規制緩和の経済効果は差引でほぼゼロになる。
たしかに規制緩和によって新規の設備投資の方は増えるという指摘がある。具体的には携帯電話の基地局建設投資などである。しかし携帯電話関連の消費支出増によって、逆に売上が減少する消費関連分野への設備投資の減少が考えられる。前述の居酒屋も店を畳んでいる。このように設備投資の減少が一方にあり、中長期的に見れば、投資に関しても、規制緩和の効果はほぼ中立と考えられる。
ここまで規制緩和の話だけをして来たが、規制強化を行なっても一時的に投資は増える。今日、規制緩和の一方で、規制の強化が行なわれている。例えば安全・環境の規制である。むしろ規制強化の方が経済効果が分りやすい。ところで筆者は「規制緩和で経済が活性化する」と盲信している人々に、からかい半分で「規制を強化した方が経済効果がはっきり分る」と説明する。すると彼等は「そんなばかなことはない」と引下がらない。たいていは世間知らずの構造改革派の若者達である。
本誌も以前チャイルドシートの例を取上げたことがある。また昨年はディーゼル車の排ガス規制の強化が行なわれ、買い換え需要が発生し、メーカは好業績である。このように規制緩和より、規制強化の方が経済効果は目に見えやすい。
もっとも規制強化によって排ガス規制対策のディーゼル車が売れても、これは運送会社などの経営に負担が増えることを意味する。このため運送会社などの企業の採算が悪化し、中長期的にはこれらの企業の投資が減る可能性がある。また安全・環境の規制をどんどん強化すれば、これが企業の海外移転のきっかけになる。つまり規制強化の場合でも、中長期に見れば、投資の減少を招くなど、マイナスの経済効果が考えられる。
このように「規制」は、緩和しても強化しても一時的にプラスの経済効果がある。しかし中長期に見れば、マイナスの経済効果があり、両者を合計すれば効果はほぼゼロと考える。かりにプラスの方が大きいとしても、微々たるものである。このように「規制改革で景気回復を確実なものにする」なんて虚言・妄言の類である。
たしかに世の中には大きなプラス効果が期待される規制緩和がある。人々が貯蓄を取崩したり、借金しても買いたいといった「モノ」への規制緩和である。具体的には、麻薬、売春、賭博、銃といった「モノ」の規制緩和である。実際、お台場のカジノ構想がある。しかし景気浮揚のために、このような公序良俗に反する「モノ」の規制緩和まで考えなくてはならないとは情けない話である。このようなことを行なわないでも、財政支出を増やせば、国民所得が増え、消費と投資は増えるのである。
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