平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




04/3/29(338号)
規制緩和に飛びつく人々

  • 非科学的な研究成果
    先週に続き、もう一つの構造改革派の主張である「規制緩和の経済効果」を取上げる。結論から申せば「規制緩和の経済効果」はほぼ中立であり、規制緩和で景気は浮揚しない。これは本誌はこれまで何回となく本誌で説明してきたことである。

    一頃「規制緩和に経済効果があり、これによって景気が回復する」というデタラメ話が流行った。さすがに今日ではこのようなばかな話はあまり聞かれなくなった。しかし驚くことに論説副主幹土谷英夫氏の2月29日日経新聞の論説には、「規制改革で景気回復を確実なものにする」という文句が踊っていた。

    「規制緩和の経済効果」が囃(はや)された頃、これらを研究した論文集を読んだことがある。分析方法はほぼ共通していた。理論的には「規制緩和で競争が激しくなり、価格が下落し、これによって消費が増え、一方に消費者に余剰が生じ、他のものを買う余裕が生まれ経済が拡大する」と主張していた。しかし実際の分析では、規制緩和によってプラスの効果になる部分とマイナス効果の部分があり、両者の差引でプラスの方が大きいので「規制緩和には経済効果がある」という結論になっていた。これと理論面との間にはどうも整合性がないように思われる。

    典型例は大店法の改正である。大店法の改正によって大型店が建設されるプラスの経済効果と、これによって売上が減少する中小商店のマイナスの効果が発生する。大店法の改正の場合、プラスの効果の方が大きいので、差引でプラスの経済効果があると言った具合である。


    またほとんどの学者が取上げていたのが、携帯電話の買切り制の開始(それまではレンタル制であった)である。たしかにこの頃から携帯電話は爆発的に売れたためか、彼等はどうしても携帯電話の買切り制の開始を規制緩和の範疇に入れたがっていたようだ。筆者は、むしろ携帯電話の普及は、IT技術の急速な進歩や半導体価格の下落の影響と捉えている。実際、レンタル制であった段階でもポケベルはけっこうなブームになっていた。

    彼等の分析の一番の問題点は、プラスの経済効果はちゃんと算定されているが、はたしてマイナスの効果が全て網羅されているかという点である。携帯電話に関しては、携帯電話関連の消費支出と設備投資がプラス効果であり、固定電話の関連の消費・投資の減少がマイナスの効果としている。両者の差引がプラスであり、「規制緩和には経済効果がある」という結論である。

    しかし携帯電話の普及につれ、他の物の消費、例えば若者の音楽CDなどの売上が減少していることが観測されている。しかしこのようなマイナス効果はほとんど無視されているのである。たしかに両者の関係を調べることは難しい。おそらく分かりにくいものは「ない」ものと見なされるのであろう。

    以前、本誌でも携帯電話の普及に伴って売上が減少し、店を閉じた学生街の居酒屋の店主の話を掲載したことがある。若者の間に携帯電話が普及するにつれ、客数が減り客単価が下がったという話である。たしかに携帯電話の普及と居酒屋の売上の減少の間の相関関係を厳密に検証することは難しい。

    実際、一時は日本の経済の低迷はNTTのせいにされていた。構造改革派の人々は、さかんに「財政支出は不要であり、通信分野の徹底した規制緩和を行え」と言っていたものである。これもたまたま携帯電話の爆発的な普及があったことが影響している。

    しかし難しいと言って、このようなマイナス効果は全くないものと無視するのも乱暴である。プラス効果だけはきっちりと算定するが、マイナス効果の方は目立つものだけしか拾い上げないとしたなら、常に「規制緩和には経済効果がある」という結論が出るのは当り前である。他の規制緩和の項目も同様の分析手法である。時流に乗りたい政治家やマスコミは、盲目的にこのよういい加減な話に飛びつき、「景気回復のためには、財政支出ではなく徹底した規制緩和を」と叫んでいた。しかしその根拠はこのような非科学的な研究成果である。


  • 虚言・妄言の類
    消費には所得効果と代替効果というものがある。消費の可処分所得に対する割合が消費性向である。この消費性向の値は比較的安定している。つまり所得額が決まれば、自動的に消費額が決まることになる。これを消費の所得効果と呼ぶ。したがって国全体の消費額を増やすには、国民所得を増やす必要がある。

    そして所得が一定なら消費も一定になる。つまり所得が増えない状態では、何か消費が増えれば、他の消費が減っているはずである。このような消費の性質を代替効果と呼ぶ。よく消費はイス取りゲームに例えられる。所得の全部を消費している人のケースを考えれば分りやすい。このような人は、何かの消費を増やせば、貯蓄を取崩したり借金をしない限り、他の消費を減らしているはずである。

    このように所得が増えない限り、ある消費が増えても、代替効果によってその分他の消費が減っているものである。例えば旅行の支出が増えれば、他の物への消費が減っている。デイズニーランドの客が増えれば、ハウステンボスの客は減る。コンビニの売上が増えれば、スーパやデパートの売上が減少しているといった風である。

    このように国民所得が増えないのに、規制緩和によって、かりにある消費、例えば携帯電話関連の消費支出が増えておれば(携帯電話の普及を規制緩和の成果であると譲歩して)、他の消費支出が減少していると考えるべきである。音楽CDや居酒屋の売上が減少しているとしたなら、これも消費の代替効果である。このように規制緩和で、ある消費が増えても、他の消費が減っているのなら、規制緩和の経済効果は差引でほぼゼロになる。


    たしかに規制緩和によって新規の設備投資の方は増えるという指摘がある。具体的には携帯電話の基地局建設投資などである。しかし携帯電話関連の消費支出増によって、逆に売上が減少する消費関連分野への設備投資の減少が考えられる。前述の居酒屋も店を畳んでいる。このように設備投資の減少が一方にあり、中長期的に見れば、投資に関しても、規制緩和の効果はほぼ中立と考えられる。

    ここまで規制緩和の話だけをして来たが、規制強化を行なっても一時的に投資は増える。今日、規制緩和の一方で、規制の強化が行なわれている。例えば安全・環境の規制である。むしろ規制強化の方が経済効果が分りやすい。ところで筆者は「規制緩和で経済が活性化する」と盲信している人々に、からかい半分で「規制を強化した方が経済効果がはっきり分る」と説明する。すると彼等は「そんなばかなことはない」と引下がらない。たいていは世間知らずの構造改革派の若者達である。

    本誌も以前チャイルドシートの例を取上げたことがある。また昨年はディーゼル車の排ガス規制の強化が行なわれ、買い換え需要が発生し、メーカは好業績である。このように規制緩和より、規制強化の方が経済効果は目に見えやすい。

    もっとも規制強化によって排ガス規制対策のディーゼル車が売れても、これは運送会社などの経営に負担が増えることを意味する。このため運送会社などの企業の採算が悪化し、中長期的にはこれらの企業の投資が減る可能性がある。また安全・環境の規制をどんどん強化すれば、これが企業の海外移転のきっかけになる。つまり規制強化の場合でも、中長期に見れば、投資の減少を招くなど、マイナスの経済効果が考えられる。

    このように「規制」は、緩和しても強化しても一時的にプラスの経済効果がある。しかし中長期に見れば、マイナスの経済効果があり、両者を合計すれば効果はほぼゼロと考える。かりにプラスの方が大きいとしても、微々たるものである。このように「規制改革で景気回復を確実なものにする」なんて虚言・妄言の類である。


    たしかに世の中には大きなプラス効果が期待される規制緩和がある。人々が貯蓄を取崩したり、借金しても買いたいといった「モノ」への規制緩和である。具体的には、麻薬、売春、賭博、銃といった「モノ」の規制緩和である。実際、お台場のカジノ構想がある。しかし景気浮揚のために、このような公序良俗に反する「モノ」の規制緩和まで考えなくてはならないとは情けない話である。このようなことを行なわないでも、財政支出を増やせば、国民所得が増え、消費と投資は増えるのである。



先月はずっと為替介入を取上げたが、来週号ではこれからの為替の動向について予測する。

3月21日の日経新聞・半歩遅れの読書術で経済学者・松原隆一郎氏が経済思想史学者R・ハイルブローナーの現代経済学 ビジョンの危機」を紹介している。これが最近の経済学、例えば新古典派(サミュエルソンなどのネオクラシカルではなく、自分達をニュークラシカルと呼んでいる構造改革派の人々)やネオケイジアンの特徴を良く説明しているとのことである。ハイルブローナーは「彼等は正しく経済を分析することに主眼を置いているのではなく、分析以前の価値観すなわち「ビジョン」に重きを置いている。したがって現実の資本主義という社会の歴史性や現実を直視することを放棄するに等しいが、それでいて政府の働きを嫌うというビジョンにだけには固執している。」と説明している。適確な分析であり、筆者も一度この本を読んでみたいものである。

構造改革派、つまり今日の新古典派は、社会科学というより、一種のカルト宗教である。「無知な民衆に正しい資本主義のありかたを啓蒙する」と言うことが彼等の努めと思い込んでいる。彼等は学者というより宣教師である。しかし彼等にとって「正しい資本主義=天国や極楽浄土」が本当にあるかどかは大きな問題ではない。彼等は見たことも無いくせに「天国や極楽浄土」はすばらしいものであり、必ずあると言い張って、布教活動に励んでいるのである。

彼等にとって科学性というものは必要がない。ちょっとだけ科学性を装っていれば良いのであり、これによって一人でも多くの人々を洗脳できれば良いと考えている。このため非現実的な前提条件(例えば設備の稼働率が常に100%)の元で平気にシュミレーンもやってのける。分析が非現実的でも 一向にかまわない。彼等に都合の良い結果を出すことだけが目的である。そのことを指摘しても 無駄である。彼等にとって経済学は単なる布教の手段であり、最終的に人々を洗脳することが目的である。構造改革を行ない、表面的な財政支出の削減を行ない、政府の働きが小さくなれば、国民は「天国や極楽浄土」に近づくと彼等は盲信している。

「天国や極楽浄土」を実現するためには、彼等は手段を選ばない。宗教的な目的を実現するためには、人々が「痛み」を感じても関係がない。自殺者が増えても「少々の犠牲はつきものであり、構造改革はちゃんと進んでおり、経済は良くなっている」と全く取合わない。つまり彼等は、宣教師であり、むしろ共産主義革命時代の革命家に近い。当時の革命家がプロレタリアート独裁(構造改革によって小さな政府)が実現すれば、世の中の全ての問題が解決すると盲信していたのと同じである。まさにドストエフスキーの「悪霊」の世界である。恐ろしい時代になったものである。かろうじてこれに対抗しているのが抵抗勢力である。

亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。



04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー

日頃忙しいビジネスマンへのオンラインマガジン