- 日本の住宅の現状
先週号で述べたように住宅は、金額が大きいことから一国の経済に及ぼす影響も大きい。ところで話を進める前に、簡単に日本の住宅の現状について補足したい。 日本の住宅はあまり評判が良くない。外国からは、よく日本の住宅を「紙と木で出来ている」とか「うさぎ小屋」と揶揄される。本当のところはどうであろうか。次の表は各国の一人当りの住宅の広さである。
(単位:平方メ-トル)
| 米 国 | 64 .0 |
| イギリス | 40 .2 |
| ドイツ | 35.5 |
| フランス | 34.0 |
| 日 本 | 30.9 |
各国の集計方法が若干違うので(例えば米国の数字は共同建て・長屋建てを含んでいない)、正確には言えないが、米国を除けば、広さに関しては日本の住宅は、他の先進国と比べると、そんなに狭くはないのである。ただし、これは全国の平均である。都市圏、特に東京周辺の平均で、比較すると相当狭くなるであろう。また、日本の賃貸住宅は外国に比べ極端に狭い。つまり地方の持ち家だけを採れば、住宅の広さは先進国に遜色はないと言える。したがって地方の住宅に限れば、「紙と木で出来ている」と言うことは当っているが、かろうじて「うさぎ小屋」と言うほどひどくはないと言うことである。ただし、この数字は床面積だけであり、庭を含んでない。庭のことまで考慮すれば日本の住宅環境はさらに見劣りすることになる。 やはり、深刻なのは大都市部の住宅である。これを解決するには、都市圏における「土地問題」を考えなければならない。これについては長らく問題視されて来たが、今だに解決の糸口さえない。税金や借地権法の改正などで、土地価格を引き下げる施策を色々と講じられているが、とても決定打とは言えない。筆者はこの解決は宅地の供給を飛躍的に増やす他はないと考えている。そのためには都市圏への大きな社会資本の投入が必要と考える。
- 日本の住宅の資産性
日本の住宅の資産としての価値は、それを土地と家屋に分けた場合、土地には期待できるが、家屋にはほとんどない。この場合の価値とは市場で取引される時の売買価格である。さらに土地については、その物件がどこにあるかで随分違ってくる。それが都心にあれば、買い手も多くいるので評価価値での取引が可能であろう。しかし、それが地方にあり、そこでの土地取引が活発に行なわれていない場合には、公示価格などの評価を下回る価格でしか取引できないこともある。特に地方においては、一旦売れない場合には、まったく買い手が現われないこともある。この場合には土地としての価値(帳簿価格)があっても、市場価値は相当低くなるのである。 次に家屋であるが、先週号9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」で述べた通り、日本では、一旦人が住んだ物件については急速に価値が下落するのである。住んでいる者にとっては価値(耐用年数から算出した価格または帳簿上の価値と言ってもよい)があっても、売買を前提とした市場価値と乖離が生じることになる。 マンションなどの集合住宅についても、住むことによる価値の下落は起こる。また、帳簿上の価格と市場価格の乖離は、都心で取引が活発な所にある物件ほど小さいと考えられる。これは同じ価格の物件なら、都心に近いほど、土地の価値の割合が大きくなり、土地の価格が安定していれば、それだけ全体の価値を維持できるからである。バブル期までは、マンションは買った値段より高く売れるケ-スもあったが、今後はちょっと考えられない。バブル期までのこのような事例は、家屋としての価値の評価が増えたのではなく、マンションの土地に対する敷地利用権の価値が上昇したからである。土地の価格の上昇があまり期待できないとすれば、今後はこのようなケ-スはまず考えられないのである。 さらに、困ったことにマンションなどの集合住宅には将来、スラム化の危険がある。耐用年数が過ぎ、老朽化が進めば立て替える必要にせまられる。しかし、立て替える場合には区分所有者から同意を取り付ける必要がある。法律では、決議者の4/5以上の賛成が必要である。もし同意しない者がいる場合には、その権利(区分所有権と敷地利用権)を残りの者で買い取ることになる。しかし、これは難しい。立て替えたマンションに新しい入居希望者が現われると言う保証がないからである。阪神・淡路大地震の後、入居者の利害が一致せず、スム-ズに行なわれないことからもわかるように、マンションの立て替えは難しいのである。もし立て替えが行なわれない場合は、マンションが老朽化するだけである。それを嫌い、マンションを出ていく人が増えれば、そのマンションはまさしくスラム化することになる。都心から離れた、マンションが群立しているような所のマンションがスラム化する確率が高い。 「ロ-ンを払い続ければ最後にはマンションが資産として残りますよ」と言うセ-ルスト-クがあるが、ロ-ンを払い終えたころにはスラムのようになっているようでは資産としてての価値はないのである。また、前述したようにマンションが買った時より、高く売れると言った事態が今後は考えられないことも事実であろう。 このように、日本では住宅は土地としての資産価値はあるものの、住居としての市場価値はほとんどないと考える必要がある。今後、中古住宅の流通市場ができ、資産として価値を高めるためには、中古住宅の家屋の耐久性が増すことと、日本人の住宅に対する考え方が変わることが必要である。
- 米国の住宅の資産性と貯蓄
先週号9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」で述べたように、米国では住んでいる住居に資産性がある。現在売買されている物件の平均が12万ドルと言うことである。米国では毎年、GDPの4%、つまり約33兆円の住宅投資が行なわれている。そしてその6割が住宅ストックとして残れば、毎年約20兆円の富が蓄積されて行くことになる。これは米国人の可処分所得の3~4%に該当する。 米国人の貯蓄率は低い。たしかに最近では、これも4%前後から5.6%に若干上昇している。しかし、住居に資産性があると言うことになれば、米国人にとって収入の一部を住宅に投資することは、実質的には貯蓄と同じことになるのである。つまり、資産を住宅で持つかそれとも金融資産で持つかの違いだけである。そこでこれを貯蓄率にプラスすれば、米国の貯蓄率は実質的に10%前後と言うことになり、日本の貯蓄率17.5%に及ばないが、極端に低いものではないことが分かる。米国経済は過消費であると誤解されているが、実際は、消費の形をとりながら着実に資産を増やしているのである。 一方、日本は貯蓄率が高いが、その一部は住宅の価値の減価に応じた引当金である。ロ-ンを払い終えた頃には、日本では住居の価値がなくなっているが、米国では住居が資産として残っているのである。現時点においても、日米の住宅のストックには大きな開きがある。やはり米国は豊かな国である。日本がこの豊かさに一歩でも近づくには、繰り返しになるが、まず土地、特に大都市近郊の土地問題を解決する必要があると言うことが結論である。
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