- 財務諸表の要件
道路公団藤井総裁解任劇は新しい展開を見せている。藤井氏が辞任を拒否したため、政府は解任手続に入った。事の発端は、文芸春秋の8月号の片桐日本道路公団四国支社副支社長の「藤井総裁の嘘と専横を暴く」という内部告発である。この中で片桐氏は、前年自分達が債務超過を示す財務諸表を作成し、藤井総裁はこの財務諸表のことを知っているはずと暴露した。また片桐氏は、財務諸表作成にあたって多額の予算を使い、組織的に作成されたことを強調していた。
しかしこれは真っ赤な嘘で、公団は膨大なデータを集める作業を組織的に行ったが、財務諸表は作成していない。藤井総裁の国会での発言の主旨は、従来の公団法に基づく財務諸表は作成しているが、民営化を前提にした会計基準さえなかったのだから、そのようなものが存在するはずがないということである。別に藤井総裁の発言に誤りはない。質問をした会計知識が乏しい国会議員やマスコミが、誤解して混乱しただけである。
これまでの経過を簡単に述べる。四ヶ月前の6月9日、日本道路公団は、資産34兆3千億円、負債28兆5千億円、つまり5兆8千億円の資産超過を示す新しい基準での財務諸表を公表した。公団は資産超過であり、高速道路の建設に支障がないと発表した矢先である。しかし文芸春秋の記事は、藤井道路公団が数字を自分達にとって都合の良い形に改竄しているような印象を与えた。藤井総裁は国会に呼ばれ、色々と喚問された。たしかに最初、藤井総裁は「債務超過を示す財務諸表はない」と突っぱねていた。
しかしそのうち藤井総裁は「道路公団内部の勉強会でそのようなもの(債務超過を示す財務諸表)」があったことを認めた。このような一連の発言が、マスコミで、二転三転したように報道されたのである(たしかに一、二度、藤井総裁の方も質問を誤解して、あるものをないと答えているかもしれない。しかしこれは勘違いであり、故意に隠そうとしたものではない)。これによってマスコミは、総裁更迭は必至と報道を始め、一時、小泉政権もその方向に傾いた。しかし最終的に8月29日に扇前国土交通大臣は、調査の結果、藤井総裁の主張を認めこの問題は決着した。ところが総裁選後の改造内閣で、石原氏が大臣が任命されるなり、突然藤井総裁を更迭すると言い始めた。これによって道路公団を巡る大混乱の第二幕が上がったのである。
しかし本誌は、表面的なハデな動きとは別に、もっと基本的なことから道路公団の財務諸表問題を取上げたい。ところで一口に財務諸表と言っても、商法(正確には商法では計算書類と呼ぶ)と証券取引法(上場会社だけに適用)では規定が異なり、該当する書類も違っている。まず債務超過が問題になっているというのだから、数ある財務諸表の中でも貸借対照表(B/S)が問題の核心である(しかし混乱を避けるため、今後、通称財務諸表と呼ばれているものは貸借対照表を指すものとして説明を行う)。今日、このような基本的なことも分らない人々が、マスコミを中心に「債務超過」と騒いでいるのである。
まず、財務諸表と呼ばれるものは、正式な手続きを経たものである。株式会社なら、取締役が作成し、監査役の監査を受け、監査報告書と共に株主総会に提出され、承認を受けたものが財務諸表である。
片桐氏達の言っている前年に作成された債務超過の財務諸表は、単なるメモである。したがって国会で債務超過の財務諸表があるかと問われ、藤井総裁が「そのようなものはない」と答えたのは当り前である。後で「勉強会でそのようなものを作っていたらしい」と答を変えたと言われているが、それは決して財務諸表として認めたものではない。形式は財務諸表でも、メモはあくまでもメモである。公団には株主総会はないので、少なくとも道路公団内部の意志決定機関(おそらく役員会)が承認したものが財務諸表と呼ばれものであろう。
ところで一般の人々は、財務諸表は、誰が作っても同じものが出来上がるものと誤解している。そして債務超過を示す財務諸表が本物で、資産超過の財務諸表は操作されたものとマスコミは断じ、藤井氏達は本物の財務諸表を隠ぺいしたとまで言っていたのである。
しかし財務諸表の作成方法は無数にある。たとえば棚卸品の価値を計算するには、評価方法や評価基準がいくつもあり、それらの組合せで幾通りもの違う結果が得られる。特に道路公団で問題になった有形資産の減価償却でも、定額法、定率法などいくつもある。また会計原則は、適切な方法で減価償却費を見積もることと定めているだけであり、具体的な方法を指定していることはない。このように財務諸表の作成方法は色々あり、この中からどの方法を採用するかは、道路公団内部の意志決定機関が決めることになる。したがって作成に当って、このような意志決定機関の考えが反映されていない計算書は、たとえ形式が財務諸表でも財務諸表とは呼ばない。やはり単なるメモに過ぎない。
もっとも一般の会社は、全く自由に会計処理ができるという訳ではない。放っておけば、粉飾決算を行う会社がどんどん出てくることになるからである。したがってもちろん商法や会計原則、そして上場会社なら証券取引法(財務諸表規則)が定める範囲で会計処理を行い、財務諸表を作成することになる。また民間企業では、納税の関係で税務会計も行われているのが普通である。しかし原則として税務が会社の会計処理を規定することはない。この点が重要である。あくまでも商法や証券取引法に乗っ取って財務諸表は作成され、もし税務が求める会計処理と異なる場合は、税務申告書上で修正するのである。
- 公共物の減価償却
道路公団が6月に作成した財務諸表で、片桐氏達が問題にしているのは、主に次の三点である。「建設中の道路の金利を資産計上している」「土地などの資産評価を、個別の資料がないと言って、再調達原価方式を採用している」「道路資産の中でもウエートの大きい土工(土盛など)の耐用年数を税務上の耐用年数の40年ではなく、70年にしている」の三点である。これらの操作によって、道路公団の財務諸表は資産超過になっていると指摘している。筆者は、この中で特に影響の大きい最後の減価償却費の問題を主に取上げる。
まず筆者は、たしかに公団の耐用年数の70年にも根拠が薄いが、片桐氏達が耐用年数を40年にこだわっていることにも疑念を持つ。税務の定める耐用年数は、多分に国の政策を反映している。日本の税務の耐用年数は、一部の例外(技術進歩の速いハイテク関連)を除き、実際より短く設定されている。耐用年数が8年の機械・設備でも、適切なメンテナンスを行えば、20年、30年でも立派に稼動している。これには税務上耐用年数を短く設定することによって、設備投資を促進しようという国の施策が背景にある。
片桐氏や改革派は、民営化を行い、もう新しい道路を造らないと言っておきながら、設備投資促進を前提にした税務上の耐用年数にこだわるのはおかしい。実際、日本で初めての高速道の名神高速道も40年以上経つが、十分に使用に耐えている。おそらく高速道路は、半永久的に使用に耐えるであろう。だいたい民間企業と比較するにも、道路を償却資産として保有している会社の例はまれである。そして来週述べるが、耐用年数を40年にしようが、70年を使おうが、本当の会社の価値計算の結果には影響はない。さらに金利についても、金利を建設仮勘定に計上しようが、期間損益で捉えようが、長期の会社の価値計算に大きな差は生じない。ただ一時点の財務諸表の数字が変わってくるだけである。
ところで国にも国道と言う資産がある。しかし2000年の秋まで、国も国民経済計算(GDP計算)の上では、道路の減価償却費を計上していなかった。道路だけでなく、ダムのような構築物も償却費を計上していなかった。資産のうち減価償却を行ってきたのは、庁舎などの建物だけである。しかしこれは日本特有の話ではなく、一部の例外的な国を除き、ほとんどの国は公共物の減価償却は行っていなかった。しかし公共物も減価償却費を考慮しようという気運が出て来て、国際連合でこの検討が始まり、他の事柄も含め最終的に93年に各国の国民経済計算(GDP計算)の集計基準が改定された。これが93SNAであり、準備が整った国から順次この基準が導入された。日本は2000年の秋からこの基準に乗っ取って国民経済計算(GDP計算)を行っている
よく道路公団は、減価償却費さえまともに計上されていなかったと批難があるが、このようなことを言っている人々は、公共物の会計の実状を知らないだけである。このように日本では2000年まで、道路などの公共物について減価償却という概念そのものがなかったのである。しかしこれは日本だけの話ではなく、世界中がそうであったのである。それはそうである。どの国もメンテナンスを行っておけば、大半の公共物は永久に使えるものとして建設している。日本の高速道路もこれに準じた会計処理がなされていたと考える。実際、何千年前の道路や堤防が今日でも立派に使用に耐えているのである。
したがって片桐氏達が道路公団を民営化するのだから、税務上の40年の耐用年数が絶対に正しく、70年は不正な会計と決めつけていること自体がおかしい。むしろ片桐氏達は、債務超過の財務諸表を作るため、色々と画策したのではと筆者は見ている。先週号で述べたように、道路公団には派閥があり、このような債務超過の財務諸表を作成したこと自体がこの派閥抗争の一つの現われと考える。
ところで民営化論議において、財務諸表(貸借対照表(B/S))を重視し過ぎること自体がおかしい。問題になっていることは、日本道路公団の価値を金額で示すことである。しかし、財務諸表(貸借対照表(B/S))で分る情報は、道路公団を清算することを前提にした価値である。これは静態的な価値計算である。しかし会社の価値を計るには、もう一つ、経営が今後も続くということを前提(ゴーイングコンサーン)にした価値計算が必要である。こちらは動態的な価値計算である。そしてこれらの両者を合計したものが、本当の会社の価値である。
このことを理解すれば、土工(土盛など)の耐用年数を40年にしようが、70年にしようが同じことと分るはずである。仮に片桐氏の主張認め一時点において債務超過になっていても、長い目で見れば、結果は同じことになる。
しかし日本においては、「債務超過」という言葉が異常な形で捉えられている。銀行は、少しでも債務超過という報道があれば、マスコミに「存在価値がない」「経営者は責任を取るべき」という論評が溢れる。債務超過と聞くと異常反応を示すマスコミ人が実に多い。田原総一郎氏などはその典型である。日本は「言霊(ことだま)の国」と呼ばれるが、それにしても異常である。銀行もこれだけ資本が毀損すれば、株価の動向だけでも債務超過になったりする。しかし株価は毎日動くのである。株価が動く度に銀行は、存在価値を毎日問われると言うおかしなことになっている。
このような「債務超過」という言葉が過敏に捉えられている日本の風潮の中で、「債務超過の財務諸表がある」と一方的な評価で作成したメモ(片桐氏達が作成した財務諸表)の存在を暴露することは、一種の謀略と考える。「債務超過」という言葉さえ出せば、マスコミや世間、そして野党が大騒ぎするときちんと計算していたのである。まさに作戦通り、藤井総裁は国会まで呼ばれ、国民の敵に仕立て上げられたのである。
「債務超過の財務諸表がある」という話を文芸春秋社に持込んだのは、道路民営化推進委員会の猪瀬氏と言われている。外資系証券会社のチーフエコノミストと関係が深いと言われている、この怪しい人物が今マスコミ界を跋扈している。驚くことに19日にサンデープロジェクトに出演した猪瀬氏は「債務超過の財務諸表の問題はたいしたことではなく、むしろ藤井氏の過去の道路行政が問題」と発言を大きく変えている。「債務超過の財務諸表」の話のいい加減さが段々人々に知られ、雲行きが怪しくなって来たからであろう。
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