- 異常なマスコミの論調
経済コラムマガジンは、創刊以来、6年半もの間一貫して「世間の常識」に反する論調を続けてきた。最初の頃は、橋本政権が始めた財政再建路線を批判的に論評していた。当時は、世間では財政再建が当り前ように考えられていた。
もっと正確に言えば、いつの間にか「財政再建」が常識にされてしまったのである。しかし当時、資産価格の下落は続いており、銀行に多額の不良債権が存在していることは常識であった。しかしとうとう97年の春に、消費税増税などによる緊縮財政がスタートした。当初、円安(外債投資による)が続き、輸出が増えていたため、夏場まではなんとか景気は持ちこたえていた。しかしこの円安が一因となり、アジアの経済危機が起った。さらに秋には拓銀や山一が破綻し、この頃から景気も急速に悪化した。はっきり言ってこの時期の緊縮財政への転換は気狂い沙汰であった。
当時、世論が財政再建に転換したのにはマスコミの働きが大きかった。日経新聞は「2,020からの警鐘」という特集を組み、連日、財政再建キャンペーンを行っていた。財界も洗脳されており、日経新聞の企業経営者のアンケート調査では、「財政再建」が政府の行うべき政策の断トツのトップであった。反対に景気対策を求める企業トップはほとんど皆無であった。そして財界のこの雰囲気は今日でも続いている。
では財政再建路線でちゃんと財政が健全化したかというと、これが全くの逆である。500兆円だった国・地方の累積債務残高は、ごく短期間のうちに700兆円を越えている(もっともこの数字は、公的年金積立額や外貨の準備高を差引けば変わってくるが)。この累積債務残高の急増は小渕政権の積極財政への一時的な転換によるものではない。明らかに税収が年々減っているからである。全体の所得が減っているだけでなく、銀行と企業の不良債権の処理も影響している。
失業が増え(数字に現われない失業も大きい)、多くの生産設備が遊んでいる。このような状態では、本来生産に使われるべき資源が無駄になっていることを意味する。無駄と言えば、すぐ地方の高速道路と言った的外れの意見が出るが、実際は、日本経済全体で壮大な無駄が生じている。しかし経済に弱いマスコミは、このことを全く問題にしない。
財政出動することによって、今日遊んでいる生産資源が活用される。生産が増えれば、所得も増える。そして所得が増えれば税収も増える。さらに経済活動が活発になれば、資産デフレもストップする。このような一連の経済の活性化こそが本誌のずっと主張していることである。
しかしこのような当り前と考えられる主張が、世間では長い間否定されてきた。一方、マスコミの論調に乗った政府の経済政策の結果は無惨である。最近、株価が少しだけ上昇した。すると改革派は「ようやく改革の成果が現われた」とばかな発言を行っている。これだけ財政赤字を大きく膨らませ、今年に入って前代未聞の9兆円もの米ドル買いによって、かろうじて日本経済は持っているのである。しかし米国のスノー財務長官が、政府・日銀の為替介入にクレームを付け始めている。外需依存もそろそろ限界である。
- 小泉ボンド
この6年半の間、マスコミの論調は実におかしかった。いやもっと前からおかしかったのである。政治改革運動の頃からマスコミの論調がひどくなった。政治改革と言われていながら、やっていたことは選挙制度の変更である。選挙制度には色々な考えがある。しかし小選挙区制に反対する政治家は、全部「守旧派」の烙印を捺され、マスコミから攻撃された。
前の中選挙区制にも問題はあったが、今日の小選挙区制の方がもっと大きな問題がある。これによって政治家が選挙民に耳を傾けず、マスコミの受けばかりを気にするようになった。また無所属での立候補が難しくなったことも、政界の活性を失わせている。いきおいどうしても世間知らずの二世、三世議員が増えることになった。そして小泉首相を盛り立てているのもこれらの議員である。
経済論議の混迷は、もっと酷かった。混乱は住専処理の頃から始まった。住専処理については、国費を使っても解決しろと言っていた新聞が、突然ある日から国費の投入に反対と言い出した。それ以降も経済学者やエコノミストのいい加減な発言、異常なマスコミの論調は続いた。あまりのデタラメさに、筆者も、これは世間によくある「陰謀説」の一つではないかとさえ疑ったほどである。そしてこれらを本誌はずっと取上げ、その都度反論してきた。概ね本誌の主張が正しかったことについては自負している。
そしてここに来て、ようやく世間の経済論議がまともになる兆しが見えて来た。まず政府が「日本経済がデフレ」ということを認めたのである。なさけないことに何をいまさらと思われるが、これは画期的なことである。そして最も重要な変化は、通貨の増発政策が是認される方向にあることである。
これから将来の年金資金などの財源が問題になる。財界や学者、官僚は消費税の増税を考えている。しかし選挙のことを考えると、政治家は簡単にはそうは行かない。どうしても通貨の増発が注目されることになる。
通貨の増発ということになれば、国債の日銀による買い切りオペの増額、日銀による国債の直接引受け、そして政府貨幣(紙幣)がある。既に毎月1兆2千億円の国債の日銀買い切りオペは実施されている。まずこれの増額である。次が日銀による国債の直接引受けである。
亀井前政調会長の持論は、10兆円のゼロ金利国債の発行である。金利がゼロということは、市中での消化ではなく、日銀の引受けが前提である。そして驚くことに小泉支持派にもゼロ金利国債の発行に賛同する者が出てきたことである。
先週のテレビ朝日系列のサンデープロジェクトに、小泉支持派の若手が出演していた。彼等は小泉首相に手渡そうとしたマニフェスト(公約・・ただし小泉首相は受取りを拒否)について説明していた。これには10兆円の小泉ボンドの発行が含まれていた。彼等は、これは従来型の公共事業ではなく、将来を見据えた国際空港建設などのインフラ整備に使うと主張している。財源の使途は別に、この小泉ボンドの金利をゼロに想定していると発言しており、このことが注目される。結局、財源については亀井氏と同じ政策であり、これは通貨の増発を意味する。
このように自民党の内部では、今日通貨の増発政策が当り前になっている感がある。ところで本誌が始めて広義のセイニア−リッジ政策の一つとして、日銀による国債引受け政策を提唱したのは、00/2/21(第151号)「もう一つの累積債務の解決法」である。実に3年半も前のことである。しかし当時は、これは唐突なアイディアとして受止められていた。ようやく世間が、本誌の考えに追いついてきてくれたという感想を持っている。
もっとも通貨の増発といっても政府貨幣(紙幣)まで踏込む人はまだ少ない。また国債の日銀引受けにしても、想定している額は決して大きくない。しかしまずこの種の政策が行われることが重要である。実際に行われ、問題が発生することがなく、良いことばかりが起れば、国民の納得も得られるはずである。
今日、財政に関しては、議論が袋小路に入っている。増税を行うか、歳出のカットを行うかしか方法がないようなことになっている。しかしこれだけ失業者がいて、仕事がなくパチンコしかする事がない人や、遊んでいる生産設備が沢山ある。年金などの負担と言っても、一方には生産を生み出す生産力が遊んでいるのである。
将来について何も心配がほど日本は豊かなはずである。両者を繋ぐ通貨の増発さえ行えば良いのである。そして国債の引受けも政府貨幣(紙幣)発行もともに実質的に国の借金にはならない。物価の上昇が顕著になるまで、通貨の増発を行えば良いのである。日本国民の財産はこの生産力である。長引く不況で人々がやる気を失ったりして、人材が劣化する前に手を打つ必要がある。その意味では、「通貨の増発政策」への注目は、長い経済論議の混迷に終始符が打たれる兆しとも受止められる。
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