- 加藤の乱
3年前、改革派だけによる政権の樹立を提唱した。本誌の00/11/13(第185号)「急がば回れ」である。もちろんこれは筆者が改革派の意見に賛同しているからではない。むしろ逆である。日本の改革派は一種の宗教である。「小さな政府論者」「創造的破壊論者」「供給サイド重視主義者」そして「財政均衡主義者」もこの中に含まれるであろう。
前回の00/11/13(第185号)「急がば回れ」を書いたのは、「加藤の乱」の時であった。森首相に対する野党の不信任案に対して、加藤紘一氏が「森政権があまりにも支持率が低い」という理由で、賛成票を投じようとした事件である。加藤氏は、側近の議員にたしなめられ、山崎氏と一緒に投票を棄権した。この事件で加藤派は分裂し、堀内派が生まれた。
話は遡る。小渕首相は当初、積極財政政策を押進めたが、不思議なことに一年くらい経つと、しだいにこれを否定する論調が世間で強くなった。「景気対策はもう良い。次は財政再建だ」という声が急に大きくなったのである。小渕政権を引継いだ森政権は、表向きは小渕政権の政策を引継いで、積極財政を掲げていたが、地方の緊縮的な財政運営を考えると、全体では緊縮財政に転換していたことになる。株価もこのような政策を反映し、下落に転じた。
誰が仕掛人なのか不明であるが、日本経済はまだバフルの崩壊の後遺症が癒えていない段階での、政策転換であった。マスコミも「景気より財政再建だ」と叫びはじめた。今日、振り返って見ると明らかにマスコミや世論の方が間違っていた。一方、このような空気の中で孤軍奮闘していたのが、亀井政調会長である。補正予算の編成をリードし、ペイオフ解禁をなんとか延期させたのである。
しかし多勢に無勢である。明らかに亀井政調会長はしだいに孤立していった。補正予算を編成できたといっても中途半端な規模であった。この時期、加藤氏などの反主流派(橋本政権の時の執行部)、政策新人類、小泉氏などの財政再建派・構造改革派の勢いがどんどん増していた。彼等は「橋本政権の時の財政再建政策や構造改革が失敗しのは、国民にしばらく痛みに耐えてくれということをあらかじめ言っておかなかったことである。」と口々に言っていた。驚くほどいい加減な言い訳であるが、当時はこれでマスコミに通用していたのである。
民主党は、もっと極端で、経済の不調は改革が進んでいないからと断言していた。さらに財界も、ほとんどが財政再建と不良債権の早期処理に賛成していた。どうしてこのような事態になったのか不思議であるが、とんでもない方向に政治は向かったのである。
この状況では、亀井政調会長一人が頑張っても、たかがしれている。大胆な政策など絶対に無理と思われた。どうしてもこのような人々と妥協するなら、実施される政策は中途半端なものになることは目に見えていた。この頃には既に、竹中大臣などは森政権の中枢に入り込んで、暗躍していたものと推測される。
筆者は、誰が主導権を握っても中途半端な政策しかできないことが予感された。そして筆者は、亀井政調会長は下野する他はないと見ていた。そして次の政権では、加藤氏などの改革派に政権を譲り、「自分達が主張している通りの政策」を行ってもらうことが良いと考えた。できるなら加藤、小泉、山崎のTKKと民主党の改革派が一緒になった政権が理想的と考えた。
もちろん彼等の政権が経済運営すれば、早晩経済政策は間違いなく失敗し、日本経済がガタガタになることは分っていた。しかし大きく現実に失敗してもらえば、世論やマスコミは目を醒すのではないかと考えた。このような社会の雰囲気の時に起ったのが、「加藤の乱」である。
これは財政再建派・構造改革派の勇み足のようなものであった。そこで本誌は、むしろ加藤氏に代表される、このような主張している政治家に政権を委ね、失敗したら潔く消え去ってもらうことを提案したのである。これが「急がば回れ」の意味である。そしてもう一つ重要なことは、このような政治家の考えのバックボーンとなっている経済学者、エコノミスト、各種言論人が、これらの政治家の失脚に合わせて、一掃されることを望んだ。もっともそれでは、日本には経済学者やエコノミストはいなくなると当時は言っていた。
- 改革派の敗北
日本の野党も問題である。民主党も自由党も、はっきり言って「改革派」である。むしろ小泉政権より、構造改革を重視しているように感じられる。両党は、今日の経済の不調の原因を「構造改革」がうまく行っていないからと主張しているくらいである。実際、このような話を聞いていると頭が痛くなる。日本経済の不調の原因は、単純に需要不足である。「構造改革」なんてまるで関係がない。
「急がば回れ」と言ったが、できるなら加藤氏や小泉氏と、この民主党や自由党が連立政権を樹立してくれた方が手っ取り早かったのである。筆者は当時これを強く主張していた。今日、小泉政権はだめであったという評価が下っても、次は民主党と自由党の合体した政党が政権を担うという事態になれば、さらに日本の経済の回復が大幅に遅れることになる。
筆者の感想では、民主党の全員が構造改革派ではない。しかし執行部には、このような考えに凝り固まっている人々が多い。そしてこれが党の看板になっており、これを簡単には変えることはできない。しかしこのような「改革」という政策スタンスでは、経済の再興は無理である。
たとえば民主党は、今年の始め政府案に対して予算の組み換え動議を提出している。しかし今日の経済の不調の原因はデフレである。予算の組み換えを行っても、デフレに対する効果はほぼ同じである。予算の規模を大きくするなら分るが、組み換えでデフレが克服できるはずがない。これは自民党にもいるが、予算の使い方によって需要の創出効果に大きな違いがあると固く信じている人々が結構いるからである。予算の配分を変えることによって、ほんの少しくらいは乗数値に違いが生じるかもしれないが、100兆円以上と言われているデフレギャップには全く影響はない。
この動議について、ある議員が「菅さん、そんなもの(予算の組み換え)が本当に効果があると思っているのですか」と聞いたらしい。それに対して菅代表は「さぁ」と答えていたという話を聞いたことがある。このような状態の政党が、小泉政権の後、政権を担っては、さらに日本経済は混迷するだけである。
改革すれば日本経済は復活するという考えは、間違いである。しかし改革を唱える政治家は人気がある。逆に、実態のはっきりしない改革に反対する政治家は、「抵抗勢力」「利権政治家」と判をおしたように批難される。
一層、構造改革を標榜する政治家は、一緒になって政権を担ってくれれば良かったのである。改革路線が間違っていると証明されても、「改革が進んでいないから。官僚と結びついた自民党では改革は無理だ。」と言い逃れされては、本格的なデフレ対策が遅れるばかりである。その間に日本の社会はどんどん荒れるのである。
ところで改革を標榜する小泉政権には、好きなようにさせるべきであった。「補正予算は不要」と言っていたのだから、補正予算は編成しない。「国債の新規発行は30兆円に抑える」と言っていたのだから、歳出をカットしたり、増税を行って、この公約を守らせるべきであった。もちろん経済は急降下するが、これでもっと早く人々の目が醒めたのである。今日のような中途半端な政策を続け、「構造改革の芽が出て来た」と誤解されては、いつまで経っても政策転換が行われない。まさに「急がば回れ」であった。
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