平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


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97/9/1(第31号)
労働組合と経済を考える
  • 組合組織の経済における位置付け
    先週号8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」で今後の先進国の賃金動向について述べたが、賃金について語るには「労働組合」のことに触れない訳にはいかない。また、組合と言えば、他に、農業協同組合つまり「農協」と、生活協同組合つまり「生協」がある。そして、これらの「組合」と言う組織が押し並べて、今日「曲がり角に来ている」と言われているのも決して偶然ではない。その理由は、これらの組織が今日の「大競争時代」の影響をモロに受けているからである。今週号では、特に「労働組合」を取り上げたい。
    そもそも「労働組合」と言うものは、実際に存在しているのに、通常、経済学の教科書には載ってこない。労働組合は資本家とか労働者のような経済主体の一つではないのである。唯一これが存在し得るのは、市場が完全競争ではない状態を前提した場合のみである。つまり、「労働組合」は労働提供側の一種の「カルテル」である。「農協」や「生協」も「カルテル」と言う点では同じである。生協は消費者のカルテルであり、農協は農業資材の購入と農産物の販売に係わるカルテルである。
    工業製品や各種サ-ビスの生産者側には、法律でカルテル行為を行なうことを原則として禁止されている。反対に上記の組合は法律でカルテル行為を行なうことが許されているのである。これは経済の市場が完全競争ではないと言う前提に立ち、大企業に対抗するには、弱者の労働者・農民・消費者の行動がかりにカルテル行為であっても、生活を保護することの方が優先されると考えているからであろう。業界にある多数の規制もこの考えの延長と考えられる。
    ところが、今日の経済のグロ-バル化により、市場がより競争的になってきたのである。競争が制限されていた時代を前提に存在していた組合は、これにより苦しい立場に立たされているのである。自分達の影響力を行使し、かりに大きな賃上げを獲得しても、そのことにより自分達の生産物の価格が高くなれば、輸入品との競争に負けることも考えられ、仕事自体がなくなってしまうからである。

  • 労働組合の理論的バッグボ-ン
    労働組合の主張は多分にマルクスに影響を受けた要素が強い。これは資本主義国つまり西側の労働組合でも同じである。労働組合が支持する政党も当初は社会主義を目指していたのである。これらの政党の経済政策の一つは企業の国営化であった。ベルリンの壁の崩壊後は、さすがに社会主義への幻滅もあり、社会主義政党も政策を180度方向を転換することにより、生き残りを図っている。現在、西側には社会主義を目指す政党はほとんど皆無であろう。ところが労働組合だけは考えを大幅に変えることができないのである。これを変えると「労働組合」としては存在できないのである。日本においても、かなり前から純粋に「労働組合」と言える「労働組合」はほとんど存在していない。ただし、スロ-ガンだけは依然として社会主義的である。つまり言っていること(スロ-ガン)と実際の行動が違うのである。このせいか、労働組合の幹部の本音と建て前はかなり乖離している。
    「労働組合」において団結のための一番大事なスロ-ガンは「同一労働同一賃金」である。現実には個人間においては同一労働と言うことはまれであるが、これが建て前とわかっていても、これがないと労働者の団結と言うことは難しい。かりに同一の労働を行なっていても、所属している企業が異なり、企業業績が違えば、賃金に差異が生じることは十分考えられることである。また、日本においては同じ仕事をしていても年功が違えば賃金も違うのが普通である。特に日本ではこの傾向が強い。むしろ本人の働きによって賃金を変えたいと思っているのは企業側の方であるが、組合側の本音ははっきりしない。このように日本の労働組合のスロ-ガンははっきりしているが、実際の行動はこれとは違う。組合の行動がスロ-ガンと矛盾していることはよくあることである。まるで経営陣と見間違うような労働組合の幹部もいる。
    そもそもこの「同一労働同一賃金」と言う考えはどこからきたのであろうか。筆者は、これは「労働価値説」から導き出されたものと考えている。「労働価値説」は「物の価値はこれに投入された労働量で決まる」と言う理屈である。つまりここから導き出される結論は、同じ労働を行なっている者の賃金は同じであるべきと言う考えである。「労働価値説」は経済学では古典派の教義であるが、マルクス経済学も骨格はこの古典派であり、この「労働価値説」も引き継いでいる。現在では、市場で実際に取引されている価格がその物の価値と考えるのが普通であろう。どんなに苦労して制作したものでも、買う人がいなければ、在庫に残るだけであり、価値はないのである。たしかに、昔のように技術的な水準も一定であり、生産物が単純な時代には、「労働価値説」がある程度有効であったかもしれない。しかし、今日のように知識や技術が集約された生産物が消費の大半を占める時代では、「労働価値説」は有効性をもたない。旧ソ連などの社会主義国が行き詰まったのも、このように消費の内容が時代と共に変わって来たことも影響していると考える。つまり中央集権の計画経済では、消費者のニ-ズにはとてもついていけなかったのである。ただ、組合員の団結のために、この「労働価値説」は労働組合のスロ-ガンの中に生き残っているのである。

  • 労働者と貯蓄
    もう一つ古典派やマルクス経済学で重要な仮説は「労働者は貯蓄をしない」と言うことである。そこまで極端に言わないまでも、「労働者は収入の殆どを消費する」と言い替えた方が良いかもしれない。反対に資本家は収入の殆どを貯蓄すると言うことである。これらの説では、つまり貯蓄すると言うことは労働者のすることではないと言いたいのである。収入を全部消費せず、貯蓄すると言うことは、この部分が資本になることを意味する。企業家の立場からは、それを銀行経由で他人資本として借り入れるか、直接投資してもらうことになる。直接投資をして株主になると言うことは、その労働者は資本家になることである。マルクス経済学では、資本家が労働者を搾取することになっているのであるから、労働者が資本家になってもらっては困るのである。これでは困窮した労働者階級が最後には立ち上がり、革命を起こしてくれなくなるのである。マルクス経済学では、「給料をもらったらパチンコ屋や競馬場に飛んで行き、有金を全部すってしまうような者」が典型的な労働者階級の労働者の姿である。
    昔から平均的な日本人の貯蓄率は高い。つまり、日本には、マルクスが想定している典型的な労働者はそんなに多くないのである。一方、欧州などのように階級と言うものがわりとはっきりしている世界では、階級間で考え方が違うこともありうる。特に移民で欧州に住み着いた貧しい人達は、マルクスが想定した労働者に近い存在であったのであろう。
    一般的に所得が高くなるほど貯蓄率が高くなると言う仮説は正しいであろう。そして労働者の貯蓄率は資本家の貯蓄率より低いことも事実であろう。マルクスが想定したように「労働者は貯蓄しない」と極論しないまでも、日本おいても労働者の貯蓄額は平均以下であると考えられる。したがって労働組合の代表と言われる「連合の幹部」が、度々公定歩合を高くし、市中金利を高くするよう主張するのもおかしな言動と思われる。
    ところで労働組合の根幹を揺り動かす事態が米国では進行中である。これは労働者に対するストックオプション権の付与である。こうなっては労働者と資本家の境目がなくなってしまう。特にこの制度を導入しているのは、今後の成長が期待されている企業に多い。労働組合の幹部にとって最悪のケ-スは、自分達が力を持つ伝統的な産業が衰退し、自分達も消え去ることである。

  • 労働組合が生き延びる分野
    前述したように労働組合が、本来の形を維持したまま残るのは、競争が制限されている産業だけである。生産物が「物」の場合にはこれは難しい。今後も一段と生産のグロ-バル化が進むとしたなら、一国の一産業が価格を維持することはできない。例外的に労働組合が力を持つ米国の自動車産業も、競争の激化により、今後は力が減退して行く可能性が強い。だいたい今日まで自動車産業の労働組合が力を持ち得たのも、自動車産業自体が政治力をもっていたことが背景にあることも見逃せない。
    このように「物」を作る分野では、労働組合は力を維持できないため、自ずと労働組合は今後サ-ビス産業に力点をシフトせざるを得ない。たしかにサ-ビス産業においては比較的にグロ-バル化が難しい。これは、サ-ビスと言うもの自体が国際間の移動に適さないからである。さらに、各国が移民や外国人労働者の受け入れを制限していることもグロ-バル化を阻害していると言える。
    労働組合が活躍するには、その産業の寡占化が進んでいる方が都合が良い。米国で最近行なわれた、UPS(ユナイテッド・パセ-ル・サ-ビス)のストもこのようなことが背景として考えられる。しかし、サ-ビス産業においても競争が存在するのであるから、UPSのようなケ-スが必ずしも定着するとは考えにくい。つまり労働組合がどれだけ活躍できるかは、その産業がどこまで寡占によって価格維持ができるかにかかってくる。
    同様の現象は日本でも起こっている。日本で労働組合が強い分野は、許認可で保護されている産業や競争のない公務員である。反対に競争の激しい業界では労働組合の力はない。最近、「ストライキを行なったと言うメ-カ-の話」を聞いたことはない。
    日本ではバブル経済崩壊前後から、価格破壊が進み、あらゆる物が安くなった。ところが、これに逆行するように価格が高くなったものがある。郵便料金を始めとした公共料金である。そしてこれらの分野の労働組合が強い。このように競争がないか、あるいは法律で競争が制限されているところが、労働組合の生き残る分野なのである。



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97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュ-」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レ-トの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レ-トの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レ-トを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」